偽誕生日作戦 ②

 高級フレンチのフルコースとか、どうせならおしゃれなホテルのレストランでディナーなんていうのもいいかもしれない。

 それでいい感じになれたら、ディナーのあとは部屋を取って朝まで……などと、下心満載の甘い妄想までしてしまう。


「じゃあどこに行こうかな。せっかくだから奮発してホテルのレストランで豪華なディナーとかどう?もちろんお金は俺が出すし」


 俺がウキウキしながらそう言うと、葉月は少し困った顔をして首を横に振った。


「私、かしこまった店とか緊張するし、お上品すぎるの苦手やねん。フォークやらナイフやら、武器みたいにいっぱい並ぶやろ?何をどうやって使うか考えるだけで疲れてまうわ」

「えっ……ああ、そうなんだ……。じゃあどうしようかな……」


 葉月はもしかしたら俺の下心を見透かしていて、『ホテルのレストランのディナー』を断る口実でそう言ったのかも……。

 不安に思いながらそっと様子を窺うと、葉月はバッグからスマホを出して何やら検索し始めた。


「この店、テレビで見て前から気になってたんやけど……」


 葉月はそう言いながらその画面を俺に見せる。

 スマホの画面には、普通サイズの天丼と山のように巨大な天丼が並んだ画像が映し出されていた。


「デカ盛り天丼……?」

「うん、デカ盛り専門店やねんて。カツ丼とか海鮮丼とか親子丼とかもあるらしいわ」


 誕生日のお祝いをする店の候補に、まさかデカ盛り専門店が出てくるとは思わなかった。

 しかも雑誌から飛び出してきたモデルみたいに美人でスタイル抜群の葉月のチョイスということが、あまりにも意外すぎる。

 そのギャップがたまらなく可愛くてクラッときた。


「ここの天丼めっちゃ美味しいらしいから一回行ってみたいねんけど、女同士やと行きづらいし、一人で全部食べきれる自信ないから行ったことないねん。伊藤くんと一緒やったら食べきれるんちゃうかと思うんやけど……」


 単純に葉月が俺のことを大食いだと思っているからそう言っただけなのだろうけど、『伊藤くんと一緒やったら』という葉月の言葉にハートを撃ち抜かれ、俺はまたクラッときてしまう。

 そんなことを言われたら、何がなんでも葉月の前で涼しい顔して男らしく完食したい。


「へぇ……なんか面白そうだし、俺も天丼は好きだから、一緒に行ってみる?」

「うん」

「じゃあお昼の方がいいかな。そこで昼飯食べて、腹ごなしにブラブラしよう」

「そうしよか。楽しみやわぁ」


 俺の予定とはずいぶん違ったけど、葉月が楽しんでくれるのであればなんでもいい。

 それにうまくいけば『また別のデカ盛りにも挑戦しよう』なんて言って次の約束ができるかも知れないから、これはこれで良しと思うことにした。



 二人で電車に乗っているときに、もし葉月がこのことを誰かに話すと、俺の嘘がバレてしまうかも知れないということに気付いた。

 そうなると二人で会えなくなるだけじゃなく、嘘つきな男だと葉月に嫌われてしまう可能性もある。

 なんとかして口止めしておかなければ。


「そうだ……。二人でその店に行くこと、みんなには内緒な?」

「なんで?大勢に祝ってもらえた方が嬉しいんちゃうの?」


 葉月は不思議そうに首をかしげた。

 もし他の同僚が一緒に来てしまったら、俺の計画が台無しになることはおろか、俺の気持ちまでみんなに知られて、葉月に敬遠されかねない。


「いや、俺は木村と二人で行きたいから」


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