いたいのいたいのとんでいけ
蒼宙
日常
数か月も降り続く雨が孤児院の古びた屋根を打ち続ける。時折遠くで大きな稲光が聞こえるほかには、小動物の息遣いさえ感じられなかった。
それとは打って変わって室内では、子供たちのはしゃぐ声が響いていた。
「――こら! そこは走らない約束でしょ? ……ってほら言わんこっちゃない」
ベチャッという音とともに一人の男の子が転んで泣き出した。
ため息とともに子供より一回りほど年の離れた女性がその子に話しかける。
「あら、血が出てるじゃない。ほら、足見せて?」
「……うん」
うつむきながらそう言った男の子の傷口に手をかざして何かをつぶやいた後、「いたいのいたいのとんでけー」と言って手を振った。
すると彼女の手元から淡い光が漏れ出し、傷が跡形もなく消えてしまった。
「もう痛くないでしょ?これに懲りたら走らないこと。わかった? イワン」
「はーい。ごめんなさーい。……ねぇ、おねぇちゃん」
「どうしたの?」
「いつになったらおそとであそべるようになるの?」
「今回の雨は結構長かったけど、今週中には終わりそう、って聞いたからいい子にしてれば、明日にでも晴れるんじゃない?おっと、もうこんな時間だ、そろそろご飯食べよっか」
「はーい」
彼女の掛け声に続いてほかの子供たちも夕食に向けての用意を始めていった。
彼女──他の職員からはマルガと呼ばれている──の業務は子供たちを寝かしつけた後も続く。夕食や風呂の片づけだけではなく物資の管理や施錠、明朝の準備、そして……外部との連絡まで。
「今日はチャンネル05、色は黄色か。……ただいまテスト中、こちら第27支部マルガ、本部へコール中。繰り返します。こちら──」
そう、机の上の結晶状の物体に話しかける。すると淡く光り始め、人の影が浮かび上がる。
『こちら本部。第27支部──認証』
影が明るくなり、若い男性の姿が映し出される。
『今日もおつかれー。何か異常はあった?』
「異常なしです。雨の情報が欲しいのですが、いつ晴れそうですか」
『ならよかった。雨はーっと?お、明日晴れるじゃん。細心の注意を払ってくれよ?』
「はい。わかってます。何か連絡はありますか?」
『ないよ。……すまないね、マルガちゃん。そっちへはまだもう少しかかりそうだ。次の次の晴れまでには迎えに行くから。君だけに頼って申し訳ないけど、それまではあの子たちを頼んだよ』
最後に無念と後悔の混じった声でそう言って会話を打ち切った。
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