第67話 日焼け

  日焼けには十分に注意していた筈だが、部屋に戻ってお互いの日焼け具合に驚いた。私はまだパラソルの影で過ごす時間が長かったからマシではあったが、プールに長くいた楓の肌はこんがりと焼けて、少し赤みを帯びていた。出会った頃は健康的に日焼けしていたが、冬になってから肌が白くなってきていただけに、日焼けが余計に目立っていた。

「ヒリヒリするかも...。」

「冷ためのシャワー浴びておいでよ。日焼け後のローション塗ろ?」

楓がシャワールームに消えて暫くすると、シャワーの音に混じって、痛い、と上擦った声が聞こえてきて、可哀想だなと思う反面、笑ってしまった。ダハブやシャルムで散々外にいたのに、最終日にしてあれほど日焼けするとは、油断したんだろうな、と思った。


  暫くして、少し疲れたような顔をした楓が、バスタオルを巻いた状態でバスルームから出てきて、

「タオルで拭くのも痛いんだけど。」

と言うから、私は思わず苦笑した。彼女が手に持っていたハンドタオルを受け取り、ベッドに座るように言った。余程痛かったのか、背中がまだほぼ拭けていなくて濡れたままだった。赤みを帯びた肌に水滴が見え、何だかそれが妙に艶かしくて、背中にそっとタオルを押し当てる指が照れた。このまま、バスタオル剥がしたら怒るかな、と何となく思った時、楓が声を発した。

「日焼け後のローション塗って。」

「え?あ、う、うん。」

変な返答になった。私の妙な返答に楓が含み笑いをしたから、考えていることを見抜かれたかな、と焦った。私はローションを手に取って、彼女の肩から背中に塗布した。肌が非常に熱くて驚く程だった。日焼けとは言え、本当に火傷だな、と彼女の肌の熱を痛々しく思った。

「レイの手、冷たくて気持ちいい。」

ローションを塗布し終わって離れようとした私の腕を楓が捕まえて言うから、

「...ちょっと本当に...駄目。」

と逃れた。傍にいれば、彼女の肌の熱と濡れた彼女の髪から滴る水滴や香り、さらに無防備な姿を晒されて理性が飛びそうだった。

「とりあえず、バスタオルじゃなくて、服着てくれない?」

鏡越しにそう言うと、楓は全てを悟ったかの様にニヤリと笑った。

「レイってば何を想像したの?男子高校生じゃあるまいし。」

「うるさいな。服着なさいよ。...襲うよ。」

「駄目駄目、日焼けで痛いんだから!」

楓は笑いながら慌てて寝巻き代わりにキャミソールに袖を通し、着ながら痛みに悲鳴を上げていた。髪にドライヤーをあてようと腕を上げた楓が、服が触れるだけで痛い、と顔をしかめるので、仕方ないなぁ、とドライヤーを受け取り、鏡の前の椅子に座らせた。

「髪乾かしてもらうの気持ち良い。」

鏡越しに笑う彼女を愛おしく思った。彼女の髪を乾かしながら、何だかこういうのも悪くない、としみじみ思った。


  その夜、楓はすぐに眠りについた。太陽に当たり過ぎて余程疲れたのだろう。私はベッド横のデスクでパソコンを開き、カイロに戻ってからの仕事の準備を進めていたが、寝返りを打った楓がうっすらと目を開けて私に手を伸ばしたから、私はパソコンを閉じてベッドに入った。楓は私に抱きついてまたすぐに、寝息を立て始めた。寝ぼけていても、私を求めてくれる腕が嬉しかった。日焼けで、肌の温度が高い楓をそっと抱きしめ、日焼けした肩に唇を付けた。熱が唇から伝わってきた。明日の朝もローションいるな...と思い、私は彼女の身体を抱きすくめたまま眠りに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る