第43話 優しく
ピラミッドを照らす光が消えて暫くすると、辺りが一気に静かな夜に豹変した。先程まで目の前にあった、巨大なピラミッドは姿を消し、暗闇の中でホテルの明るさだけが浮かび上がって見えた。
楓がクフ王のピラミッドに入りたいと言うので、明日は早めに行動を開始することになった。ギザの三大ピラミッドのうち最も大きなクフ王のピラミッドは、1日あたりの入場人数に制限が設けられているから、ピラミッドエリアのオープン時間には入場ゲートにいる必要があるのだ。ピラミッドを見終わったら一度戻ってきて、午後は香油の店に顔を出すことにした。
「家のリビングに置いておきたいの。古代の王宮みたいに。だから、もし素敵な香水瓶やディフューザーがあったらそれも欲しい。」
楓はそう言って笑った。
「じゃあ、その香水瓶やディフューザーを楓の誕生日プレゼントにしようか。」
「高いの選んじゃおうかな?」
そんな話をしながら、私達は残りの赤ワインを空けた。とは言っても、楓はそれほどアルコールを飲まないので、ほぼ私が飲んだことになるのだが。
室内のテーブルに放置していた私の腕時計がピピッと鳴り、壁の時計を見ると夜22時を指していた。
「いつもより早いけど、寝室行かない?」
「あ....う、うん。」
少し楓は返答に詰まったので、不思議に思って彼女を見た。目が合ったが、直ぐに楓が目を逸らしたことで、その理由がわかった。
(そういう意味じゃなかったんだけどな...。)
と思ったが、私は、楓を揶揄いたくなった。
「何で目を逸らしたの?」
「逸らしてなんか...。」
私は寝室に向かって歩き出した楓の腕を捕まえて立ち止まらせた。丁度壁際に追い詰める形になり、好都合だと思った。
「緊張してんの?」
案の定、拗ねた声が返ってきた。
「別に...。」
「ふぅん...。」
ニヤニヤと笑ってしまう。
「期待したんでしょ?...そういうイヤらしい意味で寝室行こうって言った訳じゃなかったのに...楓は抱かれるの想像したんだね。」
「そんな...想像なんて。」
「しなかった?」
楓の返答に困ったような、恥ずかしがるような表情と仕草が可愛いと思った。
「もう、やめてよ...。優しくして。誕生日なんだから。」
「楓が想像したせいでしょ?それにまだ...誕生日になってない。」
「...レイ、意地悪。」
「それが好きなんじゃないの?」
私は追い詰めた体制のまま、楓にキスをし、そして耳を優しく噛んだ。掴んでいた楓の腕から力が抜けるのがわかって、ふふ、と笑った。
「ベッド、行く?」
楓はコクリと頷いた。
夜明けを告げるアザーンで目が覚めた。まだ外は薄明かったが、小鳥の泣き声がしはじめていた。私は身体を起こし、そっとベッドから出た。はだけたバスローブを正してバルコニーに出ると、ひんやりとした朝の空気が私の身体から一気に熱を奪っていった。ミネラルウォーターを飲み、夜明けのピラミッドを見上げて暫く過ごしたが、もう一度寝室に戻り、ベッドに潜り込んだ。
暫くすると、楓が寝返りを打ってこちらを向いた。私は彼女の長い髪に触れながら、寝顔を見ていた。私が長い睫毛と頬に触れた時、彼女は薄く目を開けた。
「...レイ?」
まだ、ぼんやりとしながら、楓は掠れた声で私の名前を呼んだ。楓の額にキスをして、言った。
「楓、お誕生日おめでとう。」
「うん...ありがとう。」
そう言って楓は抱きついてきて、私は素肌が丸見えになっている楓にブランケットをかけ、抱き寄せた。
「ふふ...幸せ...。」
楓は、そう笑って、また眠りに落ちたらしかった。
(今の、起きたら覚えてないんだろうな。)
何となく残念な気がした。そして私もまた、うとうとと微睡み始めた。
外が完全に明るくなった頃、モーニングコールの電話が鳴り、受話器を取った。朝食の準備も出来ているとのことだった。
「楓、起きて。ピラミッド、入るんでしょ?」
楓は目を開けると、ゆっくりと伸びをして言った。
「今日は誕生日だから、優しくしてよ。」
「私、いつも楓には優しいじゃん。」
「いつも、優しいけど意地悪だから。...今日の朝みたいなのがいい。」
「覚えてたんだ?」
「ちゃんと覚えてるよ?」
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