第37話 宗教抗争
カイロからテル・エル・アマルナのある中部エジプトまではストレートに走って車で4時間少しの距離だ。途中休憩を入れながらの移動で、もう少し長くかかった。
近くにある、ミニヤという町に宿を構えた。ここから遺跡まで毎日通うことになる。ミニヤはサトウキビや、その他野菜が豊富に取れる地域だ。香水の生産もしているという。エジプトの経済を支える重要な県ではあったが、観光には拓けていない。かつてこの地に、一神教をもたらそうとしたファラオがいたことも、さらにその昔、ここに知恵の神トト神を祀る神殿が存在したヘルモポリスという町があったことも、忘れ去られているかのようだった。
町に僅かしかないホテルの1つにチェックインしてまもなく、ムハンマドが部屋を尋ねてきた。
「ごめんね、ツインの部屋になって。流石にこの地域は偏見が強いから、念のためダブルは避けた。」
「気にしないで。ありがとう。」
「明日から遺跡へ出向く時、警察車両の護衛が付くことになってるから、明日の朝は少し早めにロビーに来て欲しい。」
「うん、護衛が付くのは聞いてたよ。早めに行くようにする。」
そしてムハンマドは少し申し訳なさそうに続けた。
「それとね...つい昨日、バスが武装グループに襲撃される事件があったらしいんだ。死者も出たらしい。ここの滞在は2週間の予定だったけど、安全を考えて、せめて1週間に短縮出来ないかと警察から打診があった。どうする?」
とムハンマドが言った。
「仕方ない。1週間で切り上げるよ。」
「OK。」
「宗教抗争なの?」
「多分ね。でも、詳しくはわからない。」
そして、さらにムハンマドは驚くことを言った。
「それから、この宿に、ナイルテレビの取材チームが泊まっていて、日本人がフィールドワークに来てると聞いて、取材を申し込んできた。君の大学の名前を聞いて飛びついたみたいだ。どうする?受ける?」
「取材って...何を聞かれるんだろう?」
「考古学のこととか、何故中部エジプトなのかとか、そういうことだと思う。」
「...あまり時間に余裕がなくなってしまったからな...遺跡で、こっちのやりたい事をしながらで良いなら受けるよ。」
「わかった。そう伝えてみるよ。」
ムハンマドが部屋を去った後、私達の会話を聞いていた楓が少し不安そうに言った。
「今、このエリア危ないの?」
「そうみたいだね。」
「詳しいところまで、ちゃんと理解出来なかったんだけど、何があったの?」
私はムハンマドに言われたことを要約して伝えた。
「宗教抗争...?」
「ああ...この辺りは、コプト教徒が多くてね。コプト教徒をねらったイスラム過激派組織の襲撃事件も多いエリアなんだ。私も詳しくはないんだけど。...エジプトはその辺、比較的穏やかだと思ってたんだけど、さすがにこの辺りはやっぱり荒れてるな...。まあ、仕方ないし、1週間でカイロに戻ろう。」
「うん...。」
「怖い?」
「うん、ちょっと。そういうの、今まで身近になかったから...。」
「そっか。そうだよね。...でもね、エジプトは観光大国だし、安全に思われがちだけど、そういう裏を持った国なんだ。今までも、襲撃事件やテロはあった。随分前だけど、観光に来た日本人のツアー客も亡くなったことがある。テロも、襲撃も、これから先、カイロでも、どこでも起こり得る。この国は日本みたいに平和じゃない。それは覚えてて。」
「うん...。」
私は楓を元気付けるように明るく言った。
「大丈夫だよ!私はそういうところは運が良いし、そんな事件に直面したりはしないよ。それに、殺しても死なないって言われてるくらいだしね?」
楓は、ふふっと笑って私を見た。私はまだ不安そうな彼女の頭に手を乗せて言った。
「大丈夫。楓は、私が守るから。」
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