第38話 さとうきび
翌朝、出発予定時間よりも少し早くロビーに降りた。ムハンマドとムスタファが警察官の何人かと雑談をしていた。私達の姿を見ると、彼らは口々に朝の挨拶をしてくれた。私達の乗るアルファードの前後に警察車両がそれぞれ1台付いてくるのが普通だと聞いていたが、その日は前後に2台付き、物々しい警護だった。
途中、さとうきび畑の横にさしかかった時、楓が物珍しげに外を見て、
「何してるの、あれ?」
と聞いた。
「さとうきびを刈ってるんだよ。」
「あれがさとうきびなんだ!竹みたいな木に見えるね。」
その様子を見て、私はムハンマドに聞いた。
「このさとうきび、少しで良いんだけど、食べれないかな?買える?」
ムハンマドは持っていた無線に向かって何かを伝えた。早口で聞き取れなかったが、すぐに前にいた警察車両が止まって、警察官がさとうきびを刈っていたおじさんに声をかけた。さとうきびのおじさんが、笑顔で1束のさとうきびを警察官に手渡し、私達に満面の笑みで手を振った。警察官の1人が、受け取ったさとうきびを私達の車と前後の警察車両に配り、車はまた動き出した。
ムハンマドが、私にさとうきびとナイフを手渡して、
「ほら。食べて。」
「なんかおじさんに申し訳なかったかな?」
「いや、これがこの辺の普通なんだ。観光客や、研究者に優しい町ってところかなあ。」
「じゃあ、ありがたく頂く。」
「食べたサトウキビのゴミは窓の外に投げ捨てて良いからね。」
私はさとうきびをナイフで割り、割きやすい状態にして、はい、と楓に手渡した。
「レイ、どうやって食べるの、これ?」
「割いて、噛むの。噛んでると甘い汁がジュワッて出てくるよ。」
「レイ、よく知ってるね。」
「前に一度、食べたことあるんだ。」
さとうきびを噛んでいた楓が、甘い!と喜んでいて、頼んでみて良かったな、と思った。
前後の警察車両に乗っている警察官達も、ムハンマド達も食べていて楽しい光景だった。さとうきびで全員の手がベタベタになっていて、目的地、テル・エル・アマルナに到着してすぐ、全員がミネラルウォーターでワイワイ手を洗った。なんだか一体感が生まれたような感覚だった。
十数年だけ首都が置かれたアマルナの地、アケトアテン。現在はもう、大きな建造物は残っていないが、貴族たちの岩窟墳墓群と、北の宮殿と小神殿の跡地を見ることは可能だ。岩窟墳墓群の中でも、神官のメリラーの墓には、盲目のハープ弾きの絵や馬が引く馬車のレリーフが当時の彩色を残していて、美しかった。
アクエンアテンは死後、アケトアテンの東の岩山の墓に埋葬され、母ティイと、3人の娘が一緒に埋葬されたという。しかし、ツタンカーメンがアケトアテンを捨て、現在のルクソールであるテーベに首都を移した際に、遺体も共に移動させ、アクエンアテンの墓はルクソールの王家の谷に再度埋葬された。アケトアテンにあったアクエンアテンの墓の内装の大半はその当時に破壊されてしまっているが、お産でなくなった娘を、アクエンアテンと妻のネフェルティティ、他の娘二人が嘆き悲しむ絵が今も残されており、当時の悲しみを伝えてくれた。
「ファラオも、普通に、私達と変わらない人間だったんだなって思うね。」
そう言った楓に、私は静かに頷いた。王の生活、家族との風景がこうやって残されている、この時代の遺物は特別だ。他の王朝では見ることのできない、人としての生活なのだ。
アケトアテンを守るかのように、エリアを囲んで建てられた碑を確認するために高台に登るなどして時間を使ったこともあり、この日はそれで撤退となった。
「墓の壁画を読んで確認したいし、撮影をしたいから、明日もう一度ここに来たい。ベニ・ハッサンで更に時間がかかるはずだから、明日でここは終わらせる。」
ムハンマドにそう伝えた。彼は頷き、警察官達と明日の予定を組み始めた。
そしてその翌日、燦々と太陽の光が降り注ぐ中、再度同じ場所に足を運んだ私は、ひたすら撮影と壁画の確認作業に追われたのだった。
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