第26話 砂嵐

  3月末、ハムシーンの季節がやってきた。ハムシーン、つまり砂嵐だ。砂嵐が来ると、エジプトは春だ。空が、周りの空気が、一瞬にして黄色く染まる。風に乗って街中に入ってきた砂漠の砂が舞い、サングラスをしていないと目は痛くなるし、スカーフで鼻と口を覆わなければ、その日ずっとジャリジャリと口の中で砂を味わうことになる。室内にも細かい砂は入り込み、テーブルの上にうっすらと積もることもあるのだ。

  そんな砂嵐の中、私達は学期末を迎え、テストに追われていた。これが終われば、砂嵐が過ぎ去れば、私も楓も1年間の自由を手に入れるのだ、とラストスパートをかけた。


  楓のテスト最終日。私は前日にテスト終了を迎えていて、午前中に日本人が経営するヘアサロンに行き、バッサリと髪を切った帰りだった。楓が終わったら迎えに来て、と言うので大学へ立ち寄ったのだった。彼女のテストが終わるのをキャンパスで待っていると、私が大学の中庭でのんびりするのが最近無かったせいか、同じ学部の仲間が集まってきて、ここ暫く付き合い悪いじゃん、と冗談めかして詰られた。

  クラスメート達が、私が休学することを寂しがってくれることを嬉しいと思った。クラスメートとは言っても全員卒業時期は異なるのが、海外大学の普通だ。私が居ない間に卒業してしまう仲間もいて、感慨深いものがあった。暫く彼らと騒いでいる間に、テストを終えた楓が中庭にやってきたことに気づいていなかった。

  クラスメートが去り、ほぅ...と息をついた私の背後から楓が抱きついてきて驚いた。

「楓、ここ、大学だよ。」

「大丈夫だって!女同士が仲良くはしゃいでるようにしか見えないわよ。あ、でも、レイが髪切ったから、男の子に見えちゃうかもね?」

「...テンション高いねぇ?」

「テスト終わったし!明日からの1年が楽しみすぎて?」

「で?楓のご希望通り髪を短くした感想は?」

座ったまま後ろにいる楓を見上げると、キスが降ってきた。

「だから!ここ、大学!」

「ふふふ。カッコイイじゃん。」

(これは、今、何を言っても止まらないな...)

ため息をついて諦めた。


  買い物に行きたいという楓に付き合って、近くのアルカディアモールまで足を伸ばした。モールに着くと、私の服やアクセサリーばかり選ぼうとする楓に、私の誕生日を意識しているとすぐにわかった。気がつかないフリをしようかとも思ったが、耐えきれず、途中、カフェでひと休みした時に言った。

「私の誕生日プレゼント選ぼうとしてるでしょ。」

「やっぱりバレたか。流石に今日の明日じゃね。」

と照れたように笑った。

「じゃあ...ピアスがいいかな。さっき見てた、シルバーのトカゲ。」

「ほんと?アレ気に入った?」

「髪切ったし、丁度良いかなって思うけど、どう?」

「じゃあ、アレにする!買ってくるから待ってて。」

「一緒に行くよ。買ってもらって、その場で付けたい。」

  帰り道、私の耳にトカゲが居るのを見る度に、買ってもらった私より楓の方が嬉しそうで、

(愛されてるなぁ...)

と思い、嬉しかった。


翌朝、目が覚めると隣に楓が居なくて、家中に甘い良い匂いが漂っていた。起きてキッチンを覗くと、楓がケーキを焼いていた。

「マジか、ケーキ手づくりしてくれてるの?嬉しい。」

オーブンの中のクッション生地を見ながら言うと、食べる時まで見ちゃダメ、とキッチンを追い出されてしまった。

  リビングに、ガーベラが活けられていた。私が眠っている間に買ってきたのだろう。以前、白いバラのことを奈津に言われたのを思い出し、

「何でガーベラにしたの?」

と聞いた。キッチンから声が返ってきた。

「ガーベラの花言葉知ってる?」

「知らない。」

「オレンジが冒険心、白が希望。今、ピッタリかなって思って買ったの。」

「赤は?赤もあるけど。」

「赤は...神秘の愛。」

「楓の気持ち?」

揶揄うように言ったが、返答に困っている様子だった。

「因みにだけどさ、この前白いバラ買ってたじゃん?あれも花言葉意識して買ったの?」

「そうだよ。」

「花言葉は?」

「...教えない!」

奈津の観察眼に恐れ入った、と思った。

(確か...私はあなたに相応しい、だったっけ?やっぱり、愛されてるなぁ...)

ニヤケそうになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る