第8話 星空

  同じ家の中に、楓がいる。それが当たり前になるには、かなりの時間が必要な気がした。そもそも、誰かと暮らすのは実家を出てから一度もなかったし、彼女と顔を合わせる度に、あの夜が思い出されて、平常心を保つのは至難の技だった。

  あの夜から、私は楓に触れることは一切しなかった。ただのルームシェア、ただのルームメイトに徹することにしたのだ。もし、彼女が私を好きになってくれる日が来たら。そう決めたのだ。叶うはずもない、と思いながら。

  楓は、家に遊びに来る留学生達とも馴染んでいった。当然、男性達は彼女をチヤホヤし、私を毎度ハラハラとさせた。そして、彼女はほぼ毎日顔を出す女の子二人と仲良くなったようだった。奈津と桜子。私達とは別の大学で長期留学生として来ており、長い付き合いの二人だった。

  サバサバした性格でお母ちゃん的な性格の奈津と、酒癖は最高に悪い癖に普段は大人しくお淑やかな桜子。初めて楓を二人に引き合わせた時、奈津はニヤニヤと私を見て言った。

「ちょっと、レイ。こんな綺麗な子隠してたなんて怪しいなぁ?しかもレイの大学の後輩って...才色兼備じゃん。」

何も知らない筈なのに、まるで私の気持ちを見透かしたかのような口ぶりで私を焦らせた。


  大学が再開するまでの冬休み期間だからと、12月半ば、4人で砂漠とオアシスへのキャンプへ出かけた。砂漠キャンプをしている会社からドライバーを雇い、ランドクルーザーでバハレイヤオアシス、白砂漠、黒砂漠、シーワオアシスを巡る3泊4日の旅だ。私はエジプトに来た年に大学のツアーで行ったことはあったが、プライベートで行くのは初めてだったし、3人はまだ行ったことがないとはしゃいでいた。

  砂漠には必ず2台以上のランドクルーザーで向かう。片方の車が壊れたり、砂に嵌って出られなくなったりした時に助け出す為だ。積み込む水や食材も多めに用意するのが鉄則だ。そして、砂漠に泊まる夜は、空が明るくなるまで火を絶やさないよう、燃料を多めに入れる。そうでなければ、広大な砂漠の中で死を迎えることになってしまうからだ。そんな死と隣り合わせな環境で、この世のものとは思えないほどの美しい景色や、見たことのないほどの満点の星空を眺める。それが、砂漠ツアーの見どころだった。


  2台の車には、私と奈津、楓と桜子で分かれて乗り込んだ。当然のように楓と乗り込もうとした私を、奈津がニヤニヤと笑いながらズルズルと引きずって別の車に乗せたのだ。

「さあ、聞かせてもらいましょうか。」

砂漠へ向かう道すがら、奈津は私の顔をマジマジと見て、切り出した。

「何を?」

「楓ちゃんのことに決まってるじゃん。レイと楓ちゃん、どういう関係?」

(...バレ、た?)

ドキリとした。奈津は、偏見を持つような子じゃない。そう思う反面、やはり怖かった。日本にいた頃の周りの目。気持ち悪い、と蔑まれた過去がフラッシュバックした。


  ただの片思い。一度、彼女を襲ってしまっただけ。ただのルームメイト。だから、楓に迷惑はかけられない-。

「...どうして?」

「ルームシェアする気はないって言ってたのに、突然ルームメイト紹介するし。楓ちゃんを見る目、なんか優しいし。いつもギラギラして戦闘中って感じなのに。」

何も、答えられなかった。奈津の顔を見られなくて、窓の方を見た。そんか私を見て、奈津は聞いた。

「付き合ってんの?」

「違う、そんなんじゃない...!」

慌てて否定した。

「じゃあ、どんなの?」

「...私、が...好き、なだけ...」

吐き出すように言った。ふーん、と奈津は私の顔を覗き込んだ。

「ま、いっか。応援するよ。」

「...気持ち悪くないの?」

「何が?」

怪訝そうな顔をした後、ああ、と納得したように言った。

「気持ち悪くないよ?いいじゃん、女同士だって別に。」

驚いた。そんな風に言う人は初めてだった。

「...ありがとう。」

「楽しいネタができて私は嬉しい。付き合ったら教えてよ。楓ちゃん、性格も良いし、美人だもんねぇ...」

奈津は笑い、ニヤニヤとしながら言った。

「じゃあ、この旅行は狙い目だねぇ?」

「...本当にそういうの良いから!」

本気で照れた私に、奈津は楽しそうだった。


  旅に出て2日目の夜、オアシスを離れ、真っ暗で何も見えない中で、車のライトだけの中でキャンプの準備が始まった。ドライバー達が、火を起こし、テントを立て、夕食を作ってくれていた。少し離れた場所で、私はゴロリと地面に寝転がった。前に来た時にクラスメート達と寝転がって星を見たのを思い出した。地面はまだ太陽の温もりがあったが、空気はピンッと張り詰めるように冷たかった。仰向けになると、満点の星空が広がっていた。


「...レイどこ?奈津さんが、レイが呼んでるって...」

楓が近くにきていて、暗闇に慣れた私の目には姿が見えていたが、彼女に私の姿は見えていないようだった。

(奈津、早速企んでる...)

そう思いながら上半身を起こし、すぐ近くに立っている楓の腕を掴んで引き寄せた。

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