アパートが燃えた日

笠井菊哉

第1話

学校から帰ると、アパートが燃えていた。

自分の見ている光景が信じられずに呆然としていると、大家のおばあちゃんがやって来て

「ごめんなさい、ごめんなさい」

泣きながら謝ってきた。

大家さんに話を聞くと、スーパーで食料の買い出しをしていたら、御近所さんからLINEがあり

「おばあちゃんのアパート、燃えてるわよ」

と教えられたらしい。

御近所さんが消防署に連絡をして、消火活動をしているが、木造の古いアパートのために、全焼は免れないとの事。

泣き崩れる大家さんを慰めていたら、住人が続々と帰ってきた。

燃えるアパートに驚く彼らに、大家さんは俺にしたのと同じ説明をして

「ごめんなさい」

と、泣いた。

「どうなってるんだよ!」

「これからどうしたらいいの!?」

住人はやり場のない怒りを大家さんにぶつけて罵った。

それを見て、俺は、大家さんを責めても仕方がないのに、と思った。


その晩は、アパートの近くのマンションに住む親友の家にお世話になった。

気の良い彼は、新しい住まいから見つかるまでいていいし、不動産業を営む親戚を紹介するから相談しろとも言ってくれた。

その言葉に甘えて、当分の間、親友に世話になる事にした。


アパートに掃除に行くと、大学入学のお祝いとして祖父母と両親が買ってくれた家具や家電類も、趣味で購入した本や漫画の単行本もおじゃんとなっていた。

食器類と数枚のCD、DVDだけが残っている程度。

掃除を手伝ってくれた大家さんに、火事の原因を訊くと、何と放火されたという。 

だが手掛かりになりそうなものはすべて灰となってしまい、犯人は特定出来ないと警察に言われたと、大家さんはまた泣いた。

「大家さんのせいじゃないですから」

俺は大家さんを励ますと、

「お世話になりました」

長年、世話になった彼女に頭を下げて別れた。


数ヵ月後、親友が紹介してくれた不動産屋の親戚のお陰で、今まで住んできたアパートよりも住み心地の良さそうなアパートに落ち着く事が出来た。


荷物の整理をしていたら、燃えたアパートの住人で、仲良くしていた若手のOLさんからの連絡が来た。

放火犯が逮捕されたという。

心臓が高鳴る。

俺の大切なものを燃やし、大家さんを泣くほど悲しませた、憎い放火犯は誰なのだと犯人を訊くと、なんと大家さんだと言うではないか。

亡くなった御主人の借金返済に苦しみ、火災保険目当てで火をつけたらしい。


怒りがこみ上げて来た。


あの時、大家のババアを責めた住人、大正解じゃん!!


なのに俺は泣き崩れるババアを慰め、掃除を手伝ってもらい、最後に燃えたアパートの前で「最後の記念撮影」をした。


あのババア!

彼女に心配した、俺の気持ちを返してくれ!


畜生ーーー!!!!


あれから十数年が経ち、起業して成功し、結婚した今でも、あのババアを思い出すと腸が煮えくりかえる思いをしている。

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アパートが燃えた日 笠井菊哉 @kasai-kikuya715

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