第81話 合わせ鏡

街を歩いていて、急にお腹が痛くなった。


偶々近くにあった公衆トイレに駆け込み、事なきをえる。


ただトイレから出てきて、手を洗おうと思ったときに、ふと気づく。


合わせ鏡だ……。


鏡が向かい合わせに貼りつけられ、鏡の中に鏡、またその鏡の中に鏡……、


ずっと鏡がつづいていくように見えるのだ。


どうしてこんな造りをしているのか分からないけれど、不快だ。


合わせ鏡の、その十三枚目には自分の死ぬ姿が浮かび上がる、とされる。


勿論、特定の時間にだけみられる、とされるので今は見えない。


でも、何でこんなものがここにあるのか? それは不思議だ。


そのとき、ふと十三枚目の鏡に映る私だけ、表情が違うことに気づく。


決して死んだときの姿、というわけではないけれど、


憐れむよう、哀しむよう、そして滑稽さに呆れているように……。


そしてふと思い至った。


合わせ鏡といっても顔の正面だけが映るわけではない。


後ろの鏡には、自分の後ろ姿が映っているはずなのだから。


本来は正面の顔と、後ろ姿の映った鏡と、交互にならないといけないのだ。


でも、今この鏡には正面の私しか映っていない。後ろ姿の私がいないのだ。


私はふり返った。トイレの中で、私は死んでいた。


合わせ鏡の中に映っていたのは、十三枚目だけが、


生きているとすれば私が浮かべる表情、そのものだった。


だって、今は合わせ鏡に死者が映る、その特定の時間ではないから。

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