豚の王・Ton-kingXの独り言
むらさき毒きのこ
第1話 トンカツがトンカツで無くなった日について
「できると思ったことを、できる環境にいて、試さずにいられる人間はいない。確か、そんな事を言ってたな、ある科学者が」
「誰ですか。危ねえ奴っすね、そいつ」
「俺たちの生みの親さ」
「へえ」
この国の人間には始めっから創造主がいなかった。だから、リバイアサンなんていう神の代用品なんか必要なかった。そもそも、何も考えちゃいねえんだからな。弱肉強食が自然状態だなんていう何千年も前の歴史書の言葉は、ここじゃ意味無えんだ。その証拠に、いくら苛め抜かれても暴動なんか起こしやしねえんだから、この国の小っさいお友達はよ。呑気なもんだぜ。
じゃあ、今こうしてこの国の片隅で危ねえ事を「企ててる」俺たちは何者なんだって話だけど、そりゃあ、そうだな……
「トンカツさん、ニューコーラお持ちしましたー」
「なあ。今、何つった」
「え? トンカツさんの大好きな、ニューコーラ」
「トンカツって言ったよな」
「……はい」
「その名前、イラっと来るんだよ」
「だって、トンカツさんはトンカツさんじゃないっすか、前から」
「気に入らねえな」
「はあ」
「おい、お前何て名前だよ」
「名前、……っすか。無いっすよ、奴隷に名前なんか無いっすよマジで」
「お前、今日からトンカツな」
「はあ」
「で、俺は……何だ?」
「あのう。トンカツさんは俺たちのキングなんで、キング、ってどうっすか」
「マジかよ、ダセえな」
「じゃあ、豚の王は」
「もっとダメじゃんよ。いや、豚の、王か。……Ton-king……俺たちの遺伝子に因んで、Ton-kingX……よし。俺今日から、Ton-kingXって名前にするわ」
「はあー。長いっすね。言いづらくないっすか」
「TKでいいよ、じゃあ」
「ああ、それなら大丈夫っすね」
そんなわけで、奴隷解放団の初代リーダー、Ton-kingXが誕生したってわけさ。そもそも俺にトンカツなんて名前を付けた、あのマヌケなカニオって野郎がよ。子豚だった俺を施設から連れ出したんだ。俺に知性があるって事にも気が付かねえ、頭の悪い男でな。二十八にもなるってえのに、女に興味が無いとか抜かす変な野郎でよ。ちっさい胸があってよ、食い合いが起きると足が震えっちまうような極度のビビりだぜ情けねえ。俺がいなけりゃ、外にも行けねえヘナチョコでな。Xが一個多いってんで、棄てられたんだよな、確か。デザイナーベイビー商売の、闇ってやつさ。まあ、俺には理解出来んがな、闇だとか何だとか。弱い奴は食われる。それだけじゃないか?
感傷的になっちまったが、そういうわけなんだよ。ええ? 何が何だか分かんねえって? そりゃあ、どこから話して聞かせたらいいんだろうな。まあ、今日はここまでとするか。そろそろ、カニオんとこ帰んないといけねえんだわ。「また女のとこ行ってたんだろ!」って、キーキー煩せえからな、アイツ。じゃ、またな。
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