「通り××」

U・B~ユービィ~

美香さん(仮名)

「私、足元を見ながら駅の階段を上るのが怖いんです」

そう語ってくれたのは「美香さん」という女性でした。


美香さん、その日は夜遅くまで残業をしていたそうです。

なんとか仕事を終えて、会社を出ました。

会社からの最寄り駅に着いた時、気づけば時刻は23時過ぎ。

改札にICカードをかざして、美香さんは階段に向かいました。


美香さん、ヘトヘトに疲れていたんですね。

階段に向かう途中、足元がおぼつかなく、何度か躓きそうになりました。


ヒヤヒヤしながら美香さんがたどり着いたのは階段。

全部で100段くらいの階段が目の前にそびえ立っています。

(気を付けて歩かないと)

美香さんは、足元を見ながら階段を上り始めました。


一歩一歩。確実に。細心の注意を払いながら。

順調に上っていて、階段の中段辺りに差し掛かかった時でした。

視界の上の方、そこに爪先が見えたそうです。

男性用の黒い革靴。



(あ、人がいるんだ)

美香さんはそう思って視線を上げました。

見上げた先には「気持ち悪い笑みを浮かべた中年の男」が突っ立っていました。



(なんで笑っているんだろう?いや苦しそう?)

美香さんは不思議に思いながら、右に数歩避けようとしたそうです。

その瞬間、「オエッ」という声の後に中年男性の口が開かれるのが見えました。


ゆっくりと。ゆっくりと。

まるでスローモーションを見ているかのよう。

どんどん、どんどん開かれていく口。

耳に聞こえてくるのは、スロー映像にありがちな「ウォォォォ」という低音の声。


なにやら嫌な予感がした美香さん。

彼女の頭に「今までの楽しい思い出」が「走馬灯」のように流れてきました。


気が付くと、中年男性の口から勢いよく放たれた「ドロドロの液体」が空中に浮かんでいたそうです。

放物線を描きながら美香さんに迫ってくる「ゲロ」。

美香さんは咄嗟に息を止めて目を瞑りました。


生ぬるくドロドロとした感覚。酸っぱい臭い。

美香さんの頭は、ゲロまみれになりました。


最初、美香さんは何が起こったか理解できなかったそうです。

ですが、すぐに男性が血相を変えて謝ってくる姿を見て、状況を理解しました。


美香さんの目には込み上げてくるものがありました。

(お母さん、お父さんごめんなさい。私、汚れちゃった…)

美香さんはそのまま泣いてしまったそうです。



この日以来、駅の階段を上る時、美香さんは上を向いて歩くようになったそうです。




みなさんも「通りゲロ」には、くれぐれもご注意ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「通り××」 U・B~ユービィ~ @Five-Seven-Five-UB

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ