第21話 幕間 4

「マティアスッ!」


 旦那様が叫ばれる気持ちもよくわかる。

私も声を大にして叫びたい。が、今は執事としての職務を全うするべきだ。

 一礼をすると、素早く厨房へと向かう。


 それにしても、ユールリウス坊っちゃまのなんてお可愛らしい事。

皆様と食べない事実に気がつくと、しょぼんとされて可愛らしい眉毛まで下がってしまう。

一日中見ていても、ストレスは全く感じない、どころか逆にストレスを解消してくれるのは間違いないですね。

 執事の職を辞して、ユールリウス坊っちゃまの侍従になりたいぐらいです。

本当にあのお可愛らしさは誰に似たのやら。


「ゴドフリー。プティングの追加です」


 厨房に着いた私は、早速料理長のゴドフリーへと指示を出します。

ユールリウス坊っちゃまを待たせるわけはいきませんからね。


「あー? 坊っちゃまのおかわりってわけじゃなさそうだな」


 気怠げな感じで言うゴドフリーが、この公爵家の料理長だとはいまだに信じられません。

しかし、ゴドフリーが作り出す料理は、どれも、全て、信じられない程に、美味しいのです。

信じられないほどにっ!!


「お可愛いらしい坊っちゃまがそんな我儘を言うものですか。坊っちゃま以外の方々の分です」

「あー。だと思ったよ」


 ニシシッと音が聞こえそうな笑い顔をすると、後ろを向いて「おい」と一言。

ですからゴドフリー。ここは公爵家で……。と、続きそうになる言葉を飲み込みます。

 ゴドフリーなんか、いつでも叱れますからね。

今はぷるぷると震えているであろうユールリウス坊っちゃまの為に、一刻も早くプティングを持っていかなければならないのです。


「ほーい。おまっとうさん」

「ゴドフリー!」


 ああ、なんて言葉遣い……。

こんな言葉遣いがユールリウス坊っちゃまに聞かれた日には……。

想像するだけで、血の気が引く思いがします。


「なんだよ。そんなにカリカリするなよ。なぁ、……ハニィー」

「っな!」


 そっと寄ってきたゴドフリーは、私の耳許で囁く様に言います。

近くに誰も居なかったから、よかったものを……。

その、私の腰を撫で摩る不埒な手は何ですかっ!


 わたしは直ぐにその不埒な手を掴むと、放します。

本当はつまみ上げて叩き落としたい心境ですが、料理人の手を痛めつけるわけにはいきませんからね。


「ゴドフリー。私は常々貴方に申しておりますよね? 公私は分けるように、と」

「あー。すまんすまん。つい、な。ここ三日まともに逢えてなかったせいで禁断症状が、さ」

「それは……。私が不甲斐ないせいですね。すみません」


 ユールリウス坊っちゃまがお倒れになられてから、特に忙しかった為に家には帰っておりませんでしたので、ゴドフリーが拗ねてしまうのも仕方がないのかもしれません。

ですが──。


「だからと言って、やって良い事と悪い事は分かりますよね?」

「おーこわっ!」


 ゴドフリーは大袈裟に私から離れます。

これも彼の中でのコミュニケーションの一種なのでしょう。

 私は溜息をひとつ吐くと、プティングを取る為に作業台へと向かいます。

すれ違い様に「今夜はお仕置きですね?」と、流し目をつけゴドフリー囁いて。


「だっ! あー……」


 何か喚いているゴドフリーを無視して、素早くプティングをシャリオに載せるとクロッシュを被せます。


 さあ、ユールリウス坊っちゃまが私を待ってます!

素早く丁寧に、颯爽と行きますよ!


 私の気持ちはもうユールリウス坊っちゃまへと向かってます。

 だから、私が去った後の厨房で「あー。本当敵わないよなぁ……。俺ばかりがマティアスを好きすぎてツライ……」なんてゴドフリーが呟いていたなんて知りませんよ?

 まあ、ただ「私の方が好きだと思いますけどね?」とその後に私が呟いたのは、偶然だったと思いますけどね?

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