第125話
そして、なんとか三枚下ろしを終えたノノが緊張しながら私の方を振り返る。
「お師様……どうですか?」
満面の笑みでそう問いかけてきたノノに、思わず私は聞き返してしまった。
「………………いつ、練習した?」
「ふえ?」
私の言葉に、意味がわからないといった様子で首をかしげるノノ。
私がそう問いかけたのには、ある理由があった。
それは……あまりにもノノの三枚下ろしが綺麗だったからだ。初めてでここまでできる筈がなかったから、思わず驚いて問いかけてしまった。
「えと……ずっと頭のなかで練習してました。」
俗に言うイメージトレーニングというやつか。普通、実際に本番をやらずともここまで完璧になるものか?
そんな疑問を抱いていると、付け加えるようにノノが口を開く。
「少しでもお師様と同じ動きをしようって、頭の中で何回も何回も練習したんです。」
なるほどな。
「あ、あの……それでなんですけど。ノノは上手くできてましたか?」
「あぁ、このぐらいできてるなら文句なしだ。それじゃあその調子で、残りのも全部やってしまってくれ。」
「……!!はいです!!」
私はその間に何品か料理を仕上げてしまおう。
「さて、じゃあまずは……さっさと柵取りしてだな。」
柵取りからやっていかないと、大きすぎて料理に使えない。だからまずは適度な大きさに柵をとって、そこから皮を引いて切り分けていこう。
大きな身を柵取りして皮を引く。
そして柵取りを終えた身を今回作る料理ごとに切り分け、下準備をする。
「今回は……カルパッチョと、カツレツ、バターソテー、白子のカプレーゼ。」
葡萄酒に合わせるのはこのぐらいで大丈夫かな。後はノノが下ろした魚は刺身にして……だな。
となればまずは冷やさないといけないカルパッチョと白子のカプレーゼからやるか。カツレツ用とバターソテーは温かいものだから後でいい。
「カプレーゼに使う白子は一回湯通しして……氷水で冷ます。カルパッチョ用の切り身は薄切りにして大皿に盛り付ける。」
そんで冷ました白子は斜めに切って、トマトの間に挟み上から植物の種から抽出した油をかけて……
塩、胡椒を振りかけたら後は冷やして完成だ。
カルパッチョは刺身みたいに薄く切って並べたら、ライムルの果汁と塩をブレンドしたドレッシングをかけて……これまた冷やして完成。
「次は……。カツレツ用とバターソテー用を切り分けて塩を振っておこう。」
ある程度塩を馴染ませておかないと、下味がつかないし……魚の余計な水分が抜けないからな。
淡々と調理を進めていると、厨房の空いた空間に亀裂が入った。するとそこから……。
「ふあ~……今日も疲れたぁ~。お腹ペコペコだよ~……。」
「今日もお疲れだなアベル。」
「いや~、今日はちょっとね~結構魔力使っちゃったから、余計にお腹減っちゃった。」
亀裂からひょっこりと顔を出しながら、アベルは苦笑いを浮かべる。
そんなアベルが顔を出している亀裂の先から、彼女とはまた別の聞き慣れない声が響いてきた。
「アベル殿!!あちきを何処に連れていくつもりでありんすか!?国際問題でありんすよ~!!」
「ん?アベル、他に誰かいるのか?」
「あはは~、今日はね~ボクの客人を連れてきたんだ。ほら、早くこっちに来てよジュンコ~。」
空間の亀裂からぴょんと飛び出てきたアベルの手には、他の誰かの手が握られている。そしてずるずるとアベルによって引きずり出されて、その輪郭が露になった。
金色の髪にピコピコと忙しなく動く狐のような耳、そして腰から生えている、これまた狐のようなもふもふの尻尾。
外見的な特徴からして獣人なのは間違いなさそうだ。
「あいたたた……あちきをこんなところに連れてきてどうするつもりでありんすか?」
ジュンコと呼ばれた彼女はキョロキョロと辺りを見渡しながらアベルに問いかける。
「だから~言ったでしょ?今日はボクと一緒にご飯を食べよ?ってさ。」
「ひっ!?まさか、またあのこの世のものとは思えないほど不味い料理を食べさせる気でありんすか!?」
全身の毛を逆立てながら、彼女はイヤイヤと首を必死に横に振っている。どうやらダスティの被害者の一人らしい。
「今回は違うって、ほら見てよボクの新しい料理人。彼が今回は、この世のものとは思えないほど
「……確かに料理人は変わったようでありんすね。」
まったく状況が飲み込めずにいると、隣で魚を捌いていたノノがジュンコという獣人を見て固まってしまっているのに気がついた。
知り合いだろうか?
「ノノ?あの人を知ってるのか?」
「あ、お、お師様……あの人はノノが産まれた国の…………。」
ノノに教えてもらっていた途中で、アベルが彼女のことをこっちに引っ張ってきて、私に彼女が誰なのか紹介を始めた。
「ミノル、彼女はジュンコ。現獣人族女王だよ。」
「は!?」
「連れてきちゃった☆」
連れてきちゃった☆じゃないだろ!!どうすんだよ!!
とんでもないことをしでかしたアベルに、心の中で激しいツッコミを入れる。
波乱の予感を感じずにはいられないぞ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます