第86話

 私はアベルのその依頼を受けることにした。理由は極めて単純……まず私が提示した情報という報酬があること。アベル自身から色々な情報が聞き出せるのは、かなりこちらにとっては有益になる。

 そして次に……エルフとの同盟が成立すれば、今のこの暮らしをより豊かに、平和にできると思ったからだ。なんだかんだ私も今のこの生活を気に入っているしな。


「……さて、じゃあカミル。ちょっと書庫を借りるぞ?ちょっと調べたいものがある。」


「む?べ、別に構わんが詳細を聞かなくて良いのかの?」


「あぁ、問題ない。私に依頼された仕事は……ただそれだけだからな。」


 カミル達が食べたものの後片付けを終えた私は、書庫へと向かうため厨房を後にした。


 私が調べたかったもの……それはエルフの食文化だ。以前聞いた話ではエルフは肉や魚を食さないだと聞いた。もしそれが本当なのであれば作る料理は大幅に限られてくる。


 書庫に着いた私は早速エルフの食文化に関する本を漁り始めた。


「え~……エルフの食文化……食文化……っと」


 数多ある本の中からエルフの食文化に関して記してある本を探すが……なかなか見つからない。根気よく見逃さないように探しているのだが……見つからない。


「なかなか見付からないな。」


 まだたくさん本はあるし……これはなかなか骨が折れるな。


 まだ時間がかかりそうだ……と頭を抱えていると、私の前に不自然に本棚の一番上の段から一冊の本が落ちてきた。


「お?」


 この光景には妙に既視感がある。たしか前……初めてここに入ったときにも、本が落ちてきたな。あのときは頭の上に落ちてきたが。


 落ちてきた本を手に取ると、そこにはエルフの言葉で『エルフのための料理本』……と書いてあった。その本の題名を確認した後、私は誰もいないはずの空間に問いかける。


「誰か……いるのか?」


 まさか霊的なものじゃないだろうな……。たが、こんなに私が探しているものが勝手に目の前に出てくるってことは、それもあり得ない話じゃない。


 しかしながら、私の声に答えるものは誰もいなかった。……代わりに、本棚の隙間からひょっこりと見覚えのある尻尾がゆらゆらとはみ出しているのが目に入った。


「頭隠して尻隠さず……ならぬ頭隠して尻尾隠さず……か。」


 心のなかでほっこりとした気持ちになりながらも、私はそのゆらゆらと揺れている尻尾の方へと歩みを進めた。

 私の足音が近づくにつれ、尻尾がピクンピクンと反応している。そして間近に近付くと、尻尾はピンと立ってしまった。


「ノノ?いるんだろ?」


 そう声をかけると、本棚からひょっこりとノノが顔を出した。


「あぅ……お師しゃま。ごめんなしゃい。」


「ん?謝ることはないぞ?別に着いてきたらダメ……とは言ってないしな。」


 不安そうに私に向かってペコリと謝るノノの頭をポンポンと撫でながら私は言った。


「それじゃあせっかくノノもここに来たし……ちょっと今日見た事についておさらいしようか。」


 そう言うと、ノノはぱぁ~っと表情を明るくして大きく頷いた。


「は、はいっ!!」


「そういえば……ノノって字は書けるのか?」


「はいっ!!獣人語と……お師しゃま方の言葉は書けましゅ!!」


「2ヵ国語も書けるのか。凄いじゃないかノノ。」


 こんな小さい子供なのに既に2ヵ国語をマスターしていることに、感心した私はより一層ノノの頭を撫でた。


「えへへ……。」


「おさらいするって言っても何か書くものが必要だな。」


 メモ帳か何かがあればいいんだが……。そんな時、私がここに呼び出された経緯などが書いてあったあの本の大半が白紙であることを思い出した。


「これでもいっか。はい、ノノ……この本の白紙のページを使って今日見たこと……そして気が付いたこと、学んだことを記すといい。」


「え!?で、でも……これって。」


「いいんだ。私にはもう必要ないものだからな。」


 カミルに後でこの本の内容を教えてくれ……と言われていたが、カミル自身忘れているようだし問題ないだろう。


 まぁ、もし仮にその話題が出たときは……何とか誤魔化すとしよう。


「あ、ありがとうございましゅ!!お師しゃま!!」


「あぁ、それじゃあ私も私で本を読むことにするから……わからないことがあったら聞くといい。」


 日本でなら腐るほど料理の文献はあるから自分で調べろ……と言うところだが。この世界はそうもいかない。しっかりとしたことを教えてあげなければ、ダスティのように味というものがわからない奴に堕ちてしまう。


 そしてノノが何かを本に記し始めたのを見て私もエルフの料理本に目を通すことにした。一通りパラパラと目を通してみた限り、本当に肉や魚を使った料理というものは存在していないようだ。記されているレシピはどれもこれも野菜や果物を生のまま切って盛り合わせたもの。分かりやすく言えば……この本はフルーツ、サラダのレシピ本と言ったところだろう。


「なるほどな。どうやら本当にエルフは菜食主義の文化らしいな。」


 それならそうでメニューは組みやすい。だが、ただ野菜や果物だけと分かるようなものは面白くない。何かインパクトがあるものを作りたいな。

 さて……エルフの食文化がわかったところで、次はエルフの国周辺でしか取れない野菜や果物を調べたいところだが……流石にこの書庫にそこまでを記したものはないだろう。となれば……。


「ふぅ……また明日エルフの国に赴かないといけないな。」


 使う食材はエルフの国で取れるものに絞る。それらを見た上でメニュー構成を考えよう。


 

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