第64話

 そしてまるで逃げるように魔王の城を後にした私たちは、魔王城の近くにあるという街へと向かって飛んでいた。

 そんな最中私のことを抱えて霧の森上空を飛ぶカミルがほっと胸をなでおろしたように言った。


「いや~……魔王様にミノルが奪われずに済んでよかったのじゃ。」


「ホントよね~。その上魔王様にミノルはカミルの従者だって証明書も貰ったし……万々歳じゃないかしら?」


 カミルとヴェルは今回上手く事が運んだことにひどくご機嫌なようだ。


「あの証明書は妾の宝として宝物庫に大切にしまっておくのじゃ~。」


 ほくほくとした表情を浮かべながらカミルは言った。


「私がカミルの従者という証明書をもらったはいいが、魔王はこれから誰に料理を作ってもらうんだろうな?今まで勤めてきたダスティってやつはあっさり解雇しちゃったし……。」


「そうじゃな~……またどこからか適切な奴を見付けてくるのではないか?魔王様に料理を捧げたいという輩はごまんとおるじゃろうし、案外簡単に見つかるやもしれんぞ?」


「そんなもんか……な。」


 たしかにカミルの言うとおりかもしれないが……なんだろうな、このモヤモヤは。シグルドのあの言葉を聞いてからというものの、何か魔王のすべての行動に違和感を感じる。

 単に考えすぎというのもあるかもしれないが……何か引っかかる。だが、まぁ……今考えてわかることじゃないな。


 再び思考をリセットし、私は新たな話題を提供した。


「そういえば……ダスティの作ったやつの味はどうだった?二人とも真っ青な顔してたけど。」


「うぅっ!!思い出させるでない!!あれはこの世のものではないのじゃ!!」


「甘くて酸っぱくて塩辛くて……もう最悪よ。魔王様も今までよくあんなの食べてたわ。あんなの解雇して当然よ!!」


 ブルブルと二人はダスティが作ったものの味を思い出して体を震わせた。


「災難だったな。」


「まったくじゃ!!料理を食って苦しい思いをしたのは初めてなのじゃ!!」


「あの後に食べたミノルの料理ったらも~……ねぇ?美味しすぎて涙が出るかと思ったわ。」


「でも、案外二人はお代わり一回しかしなかったな?いつもならもっと食べるのに……。」


 そう、二人は一度しかお代わりしていない。量もいつもよりもかなり少なかったはずだ。


「だって帰ればまたミノルが料理を作ってくれるのじゃろ?今度は魔王様へ……ではなく妾達へ向けてな。」


「だからちょっと我慢したのよね~カミル~。」


「そういうことだったのか。納得したよ。」


 二人の思惑に納得してしまった私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 そんな会話をしながら空を飛んでいると……向こうの方に街が見えてきた。


「見えてきたぞ~ミノル。あれがこの国で最も栄えておる街……フィーネじゃ。」


 目の前に見えてきた街は、カミルが最も栄えている……と言うだけあってかなり大きい。今まで行ったライネルとか、ボルドに比べるとまるで比較にならないぐらいだ。


「流石に大きいな。」


 上空からまじまじと眺めていると、隣を飛行するヴェルがカミルの説明に付け加えるように言った。


「あの街の特徴は大きいだけじゃないのよ?あの街には上級魔族しか住めない決まりになってるの。」


「なるほど……。でも、普通の魔族でも入れるんだろ?」


「入れるわよ?永住はできないけどね~。」


 なるほど……そんな街もあるのか。前から薄々感じてはいたが、どうやら魔族という種族は完全に力関係で縦社会ができてしまっているようだな。

 力のあるものは地位を手にいれ、力のないものは何も得ることができない。


「そういえば……カミル達は何であそこに住まないんだ?」


「妾は同じ魔族がわらわらと集まっている場所が嫌いじゃ。故にあそこには住まぬ。」


「私もカミルと同じようなものね~。あそこに住めば確かに色々と便利なんだけど……ちょっと五月蝿すぎるのよ。」


 私の問いかけに二人は口々に言った。二人らしい尤もな理由だな。


 いよいよフィーネの大きな門の目の前に降り立つと、その辺を歩いていた魔族の人達がひれ伏すことはせずとも私達に中央の道を空けてくれた。


「ここの人達はあんまりカミル達のことを怖がらないんだな。」


「まぁの。魔王様の城に一番近い街……とだけあってここにいる奴らは皆、妾達のような存在には慣れておる。」


「それに私達がここで問題なんか起こしたら、速攻で魔王様が飛んでくるからね。ある意味安全が保証されてるのよ。」


「後ろ楯があるから……ってわけか。」


「そういうことじゃな。」


 そして街の中へと足を踏み入れ、色々と食材やら調味料やらを購入しながら歩いていたとき……私はふとあることに気がついた。


「なぁカミル。」


「ん?なんじゃ?」


「あれって……獣人族ってやつだよな?」


 私が視線を送った先には、首に鉄の鎖のようなものを繋がれた動物的な特徴がある人がいた。


「そうじゃ。あれは魔族の奴隷に堕ちた獣人族じゃ。そういえばお主はああいう類いのものを見るのは初めてじゃったな。」


「あぁ……初めて見たよ。」


 奴隷……か。穏やかじゃないな。


「奴隷なんかは上級魔族位にならないと従えられないからね~。まぁ言わばこの街でしか見られない物よ。」


「見るな……と言っても難しいかもしれんが、あまり直視しすぎない方がお主のためじゃぞ?」


「……わかった。」


 カミルに言われた通り……あまり彼らを直視しないように道を歩いていたが、道の先にとんでもないものが見えてきてしまった。


「チイッ、なんとも間の悪い……ミノルに目を向けるでないぞ。なんなら目をつぶっておれ。」


「あ、あぁ……。」


 私達の前に見えてきたのは「買ってください。」と魔族の言葉で書かれた看板を持ち、立ち尽くす何人もの奴隷達だった。

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