第61話
さて、遅れを取ったが焦る必要はない。別に制限時間を設けられているわけでもないしな。ゆっくり自分のペースでやらせてもらおう。
兎にも角にもまずは食材選びから始めねばならないな。無造作に並べられた食材に目を通しながら、私はチラリとダスティの手元を見た。
……使っているのはやはり肉か。であれば私も同じ肉を使って料理を作らせてもらうとしよう。その方が味の違いも分かりやすいだろうからな。
そう企てた私は並べられていた食材の中で、牛の赤身肉の塊を使うことにした。
「あとは
並べられた食材や調味料に目を通していると、一つの瓶が目に入った。その中には赤紫色の液体が入っている。
「これは……。」
瓶の蓋を開けて中に入っている液体の匂いを嗅いでみると、芳醇な葡萄の香りとわずかなアルコールの匂いが鼻を突き抜けていった。間違いない、これは赤ワインだ。こいつがあるのなら今回作る料理のソースはこれで決まりだ。
そしておおかた使う材料も調味料も決まったが……ここに並べられている中にはなかったものがある。それはバターと蜂蜜、この二つだ。一応無いものを使ってもいいか魔王に聞いてみようか。何も言わずに使って反則になったら嫌だしな。
「魔王様、ちょっといいでしょうか?」
「ん~?なぁに?」
「ここに無い調味料を使いたいのですが……よろしいでしょうか?」
「それってちゃんと食べれるやつ?」
「保証します。何なら今ここで私が口にしましょうか?」
「別にそこまでしなくてもいいよ~。食べれるならそれでいいや、許可しま~す。」
ぺこりと私は魔王の方に感謝の意を込めて一礼して、再び作業に戻る。
「蜂蜜とバターが使えるようになったならもう何も問題はないな。」
さぁ、調理開始だ。
「まずはこの赤身肉にきっちりと塩と胡椒を馴染ませる。」
大きな塊の肉にまずはしっかりと塩と胡椒を馴染ませる。そして塩と胡椒を馴染ませている間に野菜の処理をする。
玉ねぎと芋は極薄のスライスにして水にさらしておく。今回作る料理に付け合わせるのは玉ねぎのフレッシュサラダと、ポテトチップスだ。
「芋は後で油で揚げるとして……玉ねぎは辛味が抜けるまでこのままでいい。」
野菜の処理が終わったが、まだ肉に塩が馴染んでいない。なら先にソースまで作ってしまおう。
「まずは赤ワインを煮詰めて……。」
赤ワインを火にかけると揮発し始めたアルコール分に炎が引火してボウッ!!とフライパンの中に火が移る。俗にいうフランベってやつだな。
私が平然と調理を続けていると、隣でダスティがフライパンから上がる火柱を見て目を丸くしている。そして目を丸くしているのはダスティだけではなかった。
「ねぇねぇシグルドッ!!すごい火柱が上がってるよ!!」
「魔法か何かですかな?……いやしかし魔力は全く感じませんでしたな。」
どうやら魔王たちはフランベというものを見たことがなかったらしい。それはダスティも同じだったようで……私の方を見て一つ舌打ちをした。
「ちぃッ!!脅かしやがってあんなのただのコケ脅しに決まってらぁ。」
一瞬目を丸くしたダスティだったが再び自分の調理に戻ったようだ。
「っとさて、そろそろだな。」
驚くみんなの反応を見て楽しんでいたのも束の間、あっという間に赤ワインが煮詰まりトロリとしてきた。後はここに蜂蜜とバターを溶かし入れて、最後塩で味を引き締めたら肉に合う赤ワインソースの出来上がりだ。
「そろそろ肉に塩が馴染んだかな。」
ソースを作っている間に、肉に塩がきっちりと馴染んだので次は肉の表面にこんがりとした焼き色を付けていく。この時肉の中心まで火を通す必要はない。後でオーブンで中まで火を通すからな。美味しそうな焼き色がつけばそれで十分だ。
「後は150℃に余熱したオーブンでじっくりと中に火を通すだけだ。」
中の温度は大体53℃~55℃までが一番ちょうどいいぐらいの温度だ。それ以上になると肉がパサついて美味しくなくなってしまう。
ちなみに温度の確認方法は、肉の中心に鉄串を刺して確認する。最初のうちはただ熱いだけで温度なんてわからないかもしれないが、これも数をこなせばわかるようになる。何事も経験を積み重ねることが大事だ。
そして私は肉に火を入れている最中に、先ほどスライスした芋を油で揚げてポテトチップスを作ろうとした時だった……。
「魔王様!!こっちはできましたぜ!!」
いつの間にかダスティは既に調理を終えていたようで、魔王達審査員の元へ完成した料理を並べていた。
ダスティの料理は至ってシンプルで、分厚い骨付きのテール肉のようなもののステーキだ。ただ……味付けは何かしら工夫を凝らしてあるらしい。彼があの肉を焼いているときに何か胡椒以外の香りがしてきたからな。変わった味付けなのは間違いない。
「じゃあ皆、先にダスティの料理食べよっか。」
魔王に促されるがまま、カミル達はダスティの料理を口にした……その次の瞬間だった。
「「うっ……」」
一口食べた瞬間にカミルとヴェルの二人の表情が真っ青になる。シグルドは変わらず無表情で咀嚼しているが、魔王も少し表情が強張っている。
そして各々、なんとか口にしたそれを飲み込むと真っ先に魔王が口を開いた。
「なんか色んな味がするねダスティ?まぁいつものよりは幾分かマシだけど……。」
「へぇ!!今回は複雑な味付けをさせていただきやした。魔王様にもその意思が伝わったようで……。」
ペコペコとダスティは魔王の前で頭を下げながら言った。
……複雑な味付けねぇ。どんな味なのか想像できないが、少なくともカミルとヴェルの二人のあの青ざめた表情を見る限り美味しいものでは無さそうだ。
しかし、よく魔王はダスティを専属の料理人に仕立てたな。もっと腕の良い奴なら他にいるだろうに……。
「っと、あっちに気をとられてる場合じゃないな。」
ポテトチップスを揚げ終えた私はオーブンから肉を取り出し、鉄串を刺して温度を確認する。
「…………バッチリだな。後は冷まして一旦肉を休ませよう。」
滑らかな布で肉を巻き、肉に氷を当てて冷ます。本当は常温でゆっくりと肉を休ませるのが一番良い方法なんだが……カミルとヴェルが早くしろと先程から必死にこちらに視線を送ってくるからな。
そして一度完全に冷ました肉をまな板の上に置き、できるだけ薄く……薄く切り分ける。最後、皿にオニオンサラダとポテトチップスを盛り付け、薄く切り分けた肉を並べ、上から赤ワインソースをかけてやれば……完成だ。
私は完成した料理を手に魔王達の元へと向かう。
「お待たせしました。ローストビーフの赤ワインソースです。」
さぁ、本物の料理というものを魔王に味わってもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます