第55話

 そして城の中の一室を浴槽へと改装を始めて一晩が経った。その日は朝早くにマームが私の部屋を訪ねてきた。


「ミノル、ミノルっ……もう朝、起きて?」


 マームはユサユサと未だに夢の中にいた私の体を揺すり起こす。


「ん?ん~……マームか?こんな朝早くに……どうした?」


「昨日のあれ、終わった。」


「昨日のあれって……もう部屋の改装が終わったのか!?」


 私の質問にマームはコクリと頷いた。確かに明日の朝にはできるって言ってたけど……まさか本当にこんな早朝にあの大規模な改装を終わらせられるとは思ってなかった。


「だから早く見に来て?」


「わかった。今行くよ。」


 ベッドから体を起こし、ぐ~っと大きく背伸びをしてから私はマームの後に着いていった。

 そして昨日改装を始めてもらった部屋の前に着き、扉を開けてみるとそこには私の想像通りの光景が広がっていた。


「完璧だ……。」


 大きな木製の浴槽に溢れんばかりになみなみと張られた温泉……これが欲しかった。


「あの子達はミノルの思った通りに作ったって言ってた。どう?思い通りになってる?」


「完璧すぎて涙が出そうだ。」


 これが……これさえあればもうあの冷たい井戸水を被る必要はない!!

 今すぐにでもこの湯に浸かって体を暖めたいところだが、まず私よりも先にここの城の主であるカミルに一番風呂を味わってもらうとしようか。


「……?ミノル、これ使わない?」


「あぁ、まず私よりも先にカミルに入ってもらおう。私は後でいい。それともマームが先に入るか?」


 一番の功労者はマームだし、カミルかマームが一番に入るべきだろう。そう思ってマームに問いかけると、彼女は首を横に振った。


「私はミノルと一緒がいい。」


「ぶふっ!!」


 予想外のその言葉に私は驚いて吹き出してしまう。


「なっ……あ、あのなマーム。これは男と女は別々に入る物なんだよ。」


「そうなの?残念……。」


「あ、あぁ、だから入るならカミル達と一緒に入るといい。」


「わかった。」


 ふぅ……無知とは存外恐ろしい物だ。一先ずカミルとヴェルを呼びに行くか。

 改めて無知というものの恐ろしさを目の当たりにしながらも、私はマームとともにカミル達を起こしに行ったのだった。


 そして起きた二人に、私は新しくできた浴室の使い方をさらっと説明した。


「まぁ、簡単な話その姿のまま服を脱いで水浴びをすればいい。たったそれだけだ。」


「ふむ、なるほどのぉ~。」


「面白そうじゃない?早くいきましょ?」


「私も楽しみっ。」


 期待で胸を踊らせながら足早に浴室へと向かう三人に私は念のため、あの注意だけしておく。


「一応言っておくが……いくら気持ちがいいからって長く入り続けるのは厳禁だからな?」


「む!?なんでじゃ?」


逆上のぼせるって言ってな、頭に血がのぼって気分が悪くなる。お風呂に入ったあと、今日一日ご飯が食べれなくなってもいいんだったら……」


「「「それはイヤッ!!」」」


 注意している最中三人は声を揃えて言った。ちょっと話を盛ったが……これぐらい言っておけば自分でも心掛けるだろうからな。


「それじゃ、逆上せるのには気を付けて湯に浸かってきてくれ。」


「わかったのじゃ~。」


 そして三人は浴室へと向かった。それを見送った私は一人中庭へと向かう。

 気持ち良く晴れた外へと赴くと、私の姿をその目に捉えたピッピがこちらに猛ダッシュで近づいてきた。


「ピイ~~~ッ!!」


「おぅピッピ、おはよう……って、うわッ!!」


 この前よりも更に一回りほど大きくなったピッピに私は押し倒されてしまう。


「お、お前……大きくなるの早くないか!?」


 ピッピが喜んで翼を大きく広げると、更にその大きさがよく分かる。翼を広げた際の横幅はすでに私の身長を軽々と超えている。


 異常な成長スピードに呆気にとられていると、ピッピが突然私の服の裾を嘴で噛み、グイグイと引っ張ってきた。


「ピィ~ッ!!ピィ~~~ッ!!」


「お、おい!?な、なんでお前まで引っ張るんだ!?」


 こうやって引っ張ってくるってことは何かしら意味があるはずだ。それが、ただ単に遊んで欲しいだけなのか……それとも私に何か伝えたいことがあるのかはわからないが……。


「わかったわかった。お前に着いてくから引っ張らないでくれ。なっ?」


 そう説得するとピッピは大人しく引っ張るのをやめて、くるりと私におしりを向け歩きだした。

 そしてピッピに着いていった先には、立派な石像がゴロゴロと何体も転がっていた。


「ピィッ!!」


 私をそこまで案内するとピッピはその石像達の前で大きく胸を張った。


「これは……いったい。」


 その石像を良く見てみると、今にも動き出しそうな位リアルで細かいところまで作り込まれている。何体もある石像を眺めていると、その中の一つ……見たことがある魔物の姿のものがあった。


「こいつはあの時私のことを襲ってきた魔物に似てるな。……って待て、ピッピお前これどうしたんだ?」


 思わずそう問いかけたとき、ピッピに向かって一匹のハエが飛んでいくのが視界にはいった。そのハエにはピッピも気が付いていたようで、ピッピはギロリと鋭い眼光をハエに向けた。その次の瞬間だった……。


「ッ!!」


 突然ハエはピタリと飛ぶのをやめて地面へと落下する。そして私の足元に転がってきたそれを良く見てみると、それは完全に石になっていた。


「……それが石化の魔眼か?カミルから聞いていたが、とんでもないな。」


 ということは、この転がっている魔物達は皆ピッピに狩られた魔物達……ということか。


「頼むからそれを私に使わないでくれよ?もちろんカミル達にもな?」


「ピッ!!」


 私のお願いにピッピはコクリと大きく頷いた。どうやらわかってくれたらしい。


「っと、さて……今日はモーモーにも用事があるんだ。そこまで案内してくれるか?」


「ピイッ!!」


 くるりとこちらにおしりを向けたピッピの後ろを着いていこうとすると、ニュルリ……とピッピのおしりから生えている蛇が私の腕に絡み付いて来る。

 そして結局、私はピッピに引きずられる形になってモーモーのところまで連れていかれたのだった。

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