第36話

 ドロドロに溶けて闇に沈んだ意識の中……私の中で二つの何かが激しくぶつかり合うのを感じる。バチバチと激しくぶつかっていたその何かは、次第にぶつかる度に溶け合い混ざり合い始めた。そしてその二つが完全に溶け合い一つになった時……意識を覆っていた深い闇が一気に晴れ、心地よい風と暖かい空気が私を包んだ。


 この暖かい感じは前にカミルに生き血を与えられた時の雰囲気に酷似している。そしてこの風は……あの時ヴェルに瞳の奥を覗かれたときに体を突き抜けていった風と同じだ。

 カミルの時と同じならこの後声が……。


「目を開けて……。」


 きた……。またこの声だ。誰の声かわからない不思議な声。以前は確かこの声に従って目を開けたんだよな。

 これで目を開けなかったらどうなるんだろうな?少し試してみるか……。私は今度は声に逆らいずっと目を開けないようにしてみた。すると……。


「あ、あの~……き、聞こえてますよね?目を開けてください?」


 しばらく聞こえないふりをして目を開けずにいると、焦ったような声が聞こえてきた。どうやらこの声の主は意図的に私に話しかけているらしい。そこで私は対話が可能であると判断し、質問を投げかけてみることにした。


「目を開ける前に幾つか質問をしてもいいか?」


「あ~っ!!やっぱり聞こえてるじゃないですか!!もぅ……無視って一番人の心を傷つけるんですからねっ?」


「それについては謝罪する。すまなかった。」


 私がそう謝罪すると、その声の主は一つ大きなため息を吐きながら言った。


「はぁ~……まぁいいです。素直に謝ったことを鑑みて一つだけ質問を許可しましょう。」


「じゃあ……貴方はいったい何者なんだ?」


「私は生と死を司る女神エルザです。……どうです?驚きました?神ですよ?か~みっ!!」


 と言う言葉を妙に強調するエルザという名の女神。


「生と死を司る……女神?」


「そうっ!!それが私ですっ。それではしっかりと私は質問に答えたので夢の世界はここでお終~い。生有る者は目覚める時間ですよ~。」


「ちょ……まっ!!」


 次の瞬間急速に意識がはっきりとしていくのがわかる。そして強制的な目覚めが近づく最中、最後に一言だけ彼女は私に向けて言った。


「貴方はまだを果たしていない。生の境界線をまたぐのは、それを果たしてからにしてください。」







「~~~っ!!待ってくれッ!!」


「きゅ、急に起きたと思ったら何事?びっくりさせないでよも~。」


 目を覚ますと、隣にはびっくりした様子のヴェルが……。くそっ!!結果わかったのはあの声の主の名前だけか。

 

「どうやらヴェルの血も無事馴染んだようじゃな。」


「ヴェルの血?まさかあの時流し込まれたのは……。」


 意識を失う前の出来事が頭の中にフラッシュバックする。


「そっ、私の生き血よ~?甘くてトロッとしてたでしょ~?ふふふっ。」


 人よりも少し長いピンク色の舌をペロッと出しながらヴェルはにんまりと笑う。


「まったく、人には散々危ない危ないと言っておきながら自分はあっさりと生き血を捧げおって。」


「えへへ~でも、今回はミノル自身に親和力があったし?失敗するなんて微塵にも思ってなかったわ。つ・ま・り……全部計画通りってわけよん。」

 

「はぁ~……ま、妾はミノルが無事ならそれで良いのじゃ。」


 ケタケタと悪魔的に笑うヴェルにカミルは若干呆れながらそう言った。


 そして一段落着いたところで、私は二人に夢の中で会ったあの女神について問いかけてみることにした。

 

「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだが……いいか?」


「なんじゃ急に改まって、遠慮などせず何なりと言ってみるが良い。」


「それじゃあ……エルザっていう女神って知ってるか?」


「女神エルザって言ったらおとぎ話に出てくる有名な女神じゃない?」


「うむ、そうじゃな。妾もその話は聞いたことがある。」


 この世界のおとぎ話に出てくる女神……と言うことはこの世界に概念として存在しているって認識で良いのか。

 確か……最後意識がハッキリとしてくる直前に『貴方はまだを果たしていない。』って言っていた。そのとはいったい何だ?私がこの世界に来たことと何か関係が?

 ……そのおとぎ話を読んでみれば少しは分かるか?


「カミル、ここの書庫にそのおとぎ話って……。」


「あるはずじゃ。どこに埋まっておるかまではわからんが。題名は確か……『三人の女神様』じゃったかの。」


「それだけ分かれば十分だ。ちょっと行ってくる。」


 そして書庫に向かうためベッドから立ち上がり、一歩目を踏み出したその時だった……。

 突然背中を誰かに押されるような不思議な感覚が私を襲う。その次の瞬間には私の目の前に壁があった。


「っな!?ぶっ!?」


 私は思い切り顔面を壁に打ち付け、尻餅をつく。顔面が少しジンジンと痛むが、鼻血などは出ていない。よくよくぶつかった壁を見てみると、そこにはくっきりと顔の形をした穴があった。


「いつつ……いったい何が……。」


 一歩踏み出した瞬間、背中を押されたと思ったら目の前に壁があったぞ!?


 何が起こったのかわからずに混乱していると、ヴェルがその答えをくれた。


「あ~……それ風の制御ができてないのね。ま、仕方ないわ。突然私の力が使えるようになったんだし……。」


「か、風の制御?」


「まぁ、あれじゃ。ミノルお主、妾が血を与えた時に力余って扉を破壊したじゃろ?あれと同じことじゃ。」


 ヴェルの説明を補足するようにカミルが分かりやすく私に伝えてくれた。


「……つまり今度はヴェルから風の制御ってやつを学ばないといけないってことか?」


「そういうことじゃな。……と、いうわけじゃからヴェル。お主が責任をもってミノルに風の扱い方を教えるのじゃ。」


「はいは~い。それじゃあ今から簡単に風の使い方を教えてあげるわ。」


 そして私は今度はヴェルにとやらの扱い方を手取り足取り学んだ。


 最終的には何とか扱えるようになったから良いものの……ヴェルの教え方が抽象的過ぎて、理解するのに時間ががかかった。彼女には「不器用ね~。」と言われてしまったが、口が裂けても教え方が下手……とは言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る