亜節20項「降りして臨んで」

「オワタ。無理ゲー。もう何でもいいよ、好きにしてくれ……ぶっ、はははは、あはははは!あはははははは!」

 広場の真ん中で仰向けになったダードフが空を仰ぎ、身も蓋も無いスラングを放って、腹を抱えて爆笑している。


 広場に散らばる他の者たちも気持ちこそ一緒だが、笑うどころではない。

 たった一体でも凄まじい力を振るった龍が今度は十七体も現れ、レーテマルド全域を――いや、広場を、自分たちを、見降ろしている現実から逃避などできないのだ。あまりの絶望的状況にぶっ壊れた一人を除いてはだ。


「……エルクリムト!撤退を進言する。これは無理……無理だ!龍縛錨りゅうばくびょう無しではもう……いいや、仮に有ったとしてもあの数は!」

「あははははは!腹いてぇ、腹いてーよ。ぶははははははは!!」

 ダードフの哄笑を遮るように、ロプタの甲高い絶叫が響く。

「エルクリムト、聞いているのか!!」


『グルルル……』

 低く唸るトラエヴストルは、防御態勢をとりつつじりじりと下がる騎士たちをじっと見据えている。

 あれだけの光術を行使したにも関わらず、トラエヴストルの開いた可現翼は僅かも揺らぐ気配がない。間近でまたあの術砲を放たれてはひとたまりもない――それも次の瞬間かもしれない。


 その時、街の方々から小さなどよめきと悲鳴が上がったのが聴こえてきた。

 広場から避難していた住人たちも、空を旋回する龍群に気付いたようだ。

  

『エルクリムト――』

「―—ああ、聞いているよ。皆も聞こえているな?状況は見ての通り、圧倒的な戦力差、装備類の損耗を理由として作戦を中止、撤退する。証拠の破棄は良い。全員速やかに離脱の用意。ポイント・チェータで集合だ」


 空を巡る龍たちの影に見惚れていたエルクリムトが、幾分穏やかさを取り戻し、応答した。


「…………」

 ラディオは必死に思索を巡らせていたが、複合式の術剣で無理をした挙句、光術砲の余波をまともに浴びて眩む頭では何もまとまらず、ただ身構えたままで居る。


 エルクリムトは少し歩き、石畳の上に転がっていた全面兜アーメットを拾い上げた。

 

 少しの間アーメットを見つめ、僅かに葛藤しているような表情を見せる。

 そして、意を決したように溜息をつき、アーメットを被ろうとして、その顔が覆い隠される寸前に、ラディオに向かって、限りなく爽やかな笑顔を向けた。


「不本意だが、仕方ない。いつかまた会えるといい――」

「イヤだよ」

 ラディオは食い気味に応えた。もうその程度の反抗しか出来なかった。


 エルクリムトが薄く笑って、アーメットを被る。


「各自、攪乱光術フレアを」


―――――――――――――――――


 



 閃光。





――――――――――――――――――



 エルクリムトの『許可』に応じた特務隊の全員が一斉に、忍ばせていた術符を取り出して握り潰し、そして地面に叩きつける。


 先ずは広場全域を満たすほどの膨大な白光、そして断続的に炸裂する光と音。

 

「…………ッ!」

 眼前で何十もの鐘を打ち鳴らすような衝撃音と火花の炸裂に、クーリド・ビーの面々は咄嗟に身を庇う。そして、これまでも数多の龍に使われてきた最も基本的な対龍兵装は、直近で浴びた旅星龍をも怯ませた。



―――――――――――――――――



 光と音が収まったとき、特務隊の姿は消えていた。


 広場に残されたのは、ありとあらゆる瓦礫の類と、呆然としているクーリド・ビーの面々と、ぶるぶると首を振って、目くらましから快復しつつある旅星龍―—。


「―—あ」目が合った。


「いや、今のは俺たちじゃない。むしろ助けようと散々頑張ったじゃねえか!」

 ダードフの身振り手振りを交えた弁解も、通じるわきゃない。


 アクゼルはへたり込んでいるヴェルを庇う様に赤熱の剣を構えている。

 アーリは龍縛錨の残骸に寄りかかるようにして座ったまま、状況のどうしようもなさを笑っていた。

「やー、頑張ったんだけどなあ、まさかこんな最期オチとは」



「……全くだよ、アーリ……」

 ラディオも笑いたいのか、警戒したいのか。不思議な気分のまま、その時ようやく始めて、旅星龍の風貌と、表情をきちんと見つめることができた。


 体躯に比べて小さい頭部、結晶質の捩じれた角。切れ長の金色の瞳。


 こうしてじっくり見てみると、あれ程の死闘を繰り広げた者とは思えない程に、穏やかで、涼し気な表情をしている。それは物語で語られるような邪悪の権化と全く違う、神秘を湛えた完璧な『龍』だと思えた。


 緊張が完全に解けた訳ではないが、きっとこの龍は『敵』ではない。

 何故か、そうだと知っていたような気がする。



 ――どれくらいの時間が経っただろうか。

 ずっと長い間、もしかしたらとても短い間、呆然と警戒するクーリド・ビーの様子を観察していたトラエヴストルが徐に、上空の仲間たちを見上げて『クォッ』と、小さく鳴いた。 


 旋回していた龍たちはそれを合図にしたかのように円列を崩し、各々が自由に降下体勢を取って、ゆっくりと降りて行く。

「……ここじゃない。何処へ……?」誰かが囁いた。

 龍たちの降下先は、レーテマルドの直近の、この湖水地帯で一番大きな湖だった。

 

 仲間の行き先を確かめたトラエヴストルはゆっくりと戦術翼を閉じる。

 禍々しい幾何学模様は消え、代わりに、飛翔時に用いていた美しく洗練された羽根―—まさしく鳥の羽根を模した幾つかの板状の術体を創り上げた。


 そして、本来の青翼の動きを確かめるように、数度羽撃はばたくと、ふわりと浮いて、街の上空へ舞い上がり。腰砕けになったクーリド・ビーの面々を残して、湖に着水していく仲間たちの方へと向かって飛び去って行った。


「………………」

「………………」

 当惑、困惑、混乱、倦怠、疑問、安堵、脱力。


 緊張が解けた時、代わりに襲ってきたのはその全部。


 何がどうなったらこんな事に?皆が突然の結末を疑い、唖然としていた。

 誰も口を開こうとすらしない。

 口を開いたら魂がそこから抜けていきそうな気分だ。



―――――――――――――


 ぱしん、と水を打つような響きと共に、跳躍術の駆跡を引く影が広場へと飛び込んでくる。


「―—皆、無事か!?今のは……」

 スラーテアを安全圏まで送り届けていたシィバが戻って来た。

 だいぶ急いだのだろう、息を切らしている。

 彼女もまたトラエヴストルが飛び立った瞬間を目撃していたようだ。


 惨憺たる有様の広場では、状況の終了を素直に喜んでいいやら何やらで放心しているクーリド・ビーの面々が散らかっている。


 座り込んで肩を震わせ、笑っているらしいラディオ。心底安堵してへたり込んだままのヴェルに寄り添い、過剰に心配した声を掛けているアクゼル。そこから程近い広場の真ん中で仰向けになり、死体の様に呆けているダードフ。だいぶ離れたところの鉄のガラクタに寄りかかっているアーリ。


「やーシィバさん。何処行ってたの。見たまんまよ。もうね……めちゃくちゃ」

 左肩を押さえたアーリがへらへらと、力無く笑った。



―――――――――――――――――



 飛来したトラエヴストルの一群は、レーテマルドに面する湖の浅瀬と次々と着水し、先程まで街で死闘を繰り広げていた『若い個体』も合流していた。


 若い龍は、一回り大きな個体の傍に寄り添って、まるで甘えるように身を寄せて、小さく鳴いている。

『母親』はそんな『子供』の首を軽く甘噛みし、少し厳しく唸る。

 少し怯んで頭を下げた子供の頭を、母親は首で優しく包み込むようにして撫でる。


「―—ねえママ聞いてよ、人間の街に行ったらイジメられちゃったの。痛いこともされたから追い払おうとしたんだけど、なかなか上手くいかなかったの」

「だから先に飛んで行っちゃダメって言ったでしょ。でも無事で良かったわ。これに懲りたらもう悪さはしないこと!良い?」

「うん、ごめんなさい。もうしないよう」


 その情景を裏声で演じるダードフの一人芝居アテレコは、如何にも人好きしそうなあざとい筋書だが――概ね当たっている。

 つまるところ、この騒動は経験の浅い龍が初めての長旅で興奮し、目的地のすぐ傍での騒ぎへの好奇心を抑えきれずに舞い降りてきた。そんな寓話じみたものでしかなかった。


「旅先で出くわした犬に吼えられて逃げ戻ったガキが母親に泣きついている感じ」というダードフの例えは正しい。



 クーリド・ビーの面々は、レーテマルドの街外れ、湖を一望できる斜面の草地に各々座り込み、湖の浅瀬で優雅に身をくねらせ、水浴びに興じる旅星龍たちの姿を呆然と眺めている。


「やめてよ、レン……ただでさえ気分が悪いのに」

「でも、きっとそんな感じよ?」

「それはそうだと私も思うけど、声色使いがキモ過ぎる」


 くすくす笑うヴェルの療術を受けるアーリが、懲りずに吹き替えを続けるダードフを睨む。


 その傍らで、シィバがぶつぶつと口惜しがっていた。

「うう、あの龍の暴れっぷり……高度な術技の数々を駆使したという姿。観たかった。観たかったなぁ……」

「気持ちは判るけど、本当に大変だったんだから……」

 溜息を吐いたヴェルの、いつも艶やかで美しい暗赤色の髪は、ところどころちりちりだ。


「まったくだわ。見てよこの怪我。ちょっとは心配してくれない?」

「あ。ああ、うむ、すまぬ。そうだな」

 アーリに睨まれてシィバがしゅんとした。



「……くそう、結局何の為だったんだよ、あの戦いは……俺たちのあれこれは何だったんだ」


「何でもなかったんだよ、少なくとも龍にとっては」

 仏頂面で湖を見つめて自問自答するアクゼルへ、草地に寝そべったラディオが軽い調子で応える。

「そうふてくされるなって、アクゼル。お前が居なきゃ詰んでた。皆が生きてるのはお前のおかげだよ……マジで」


「……ラディオ。てめえのあの術剣は……いや、いい」

 アクゼルは言葉を呑み込んだ。


 乱戦の最中、アクゼルは煙と炎の向こうでの、ラディオとエルクリムトの一騎打ちタイマンを垣間見ていた。

 ――こいつはやはり信用できない。あんな切り札を隠していた。もっと早くに使っても良かったはずだ。だが問い質したところでまともに答えやしないだろう。こいつはそんな奴だ。いけ好かない。何故ヴェルや他の連中はこいつを信用出来るんだよ?


「…………」

 アクゼルの悶々と渦巻く思索は、しかし、湖でくつろぎ、互いを労わり合う旅星龍たちの姿を眺めていく内に、少しずつ薄らいでいく――まあ、いいか。今日のところは。


「……見事な龍だな」

 湖に目をやり、ぽつりと、呟いた。

 こうして湖に身を委ねている龍を眺めていると、そんな厭いも小さく愚かなものだと納得したくもなる。


―――――――――――――――


 やがて、午後も深まり、陽が傾くにつれて、避難していた住人たちやジターニ商会の一味も、湖に群れる旅星龍を一目見ようと集まって来ていた。

 多少の怪我と火傷を負った者も少なくなかったが、ジターニ商会の尽力のおかげもあり、奇跡的に死者は出なかったと確認できた。


 旅星龍たちが戯れる度に、夕陽を映す湖面が揺れ、光が散る。

 街の住人たちはがやがやと歓声を上げ、歓び、興味深そうにどよめく。

 観衆の合間にはちゃっかり戻ってきていたスラーテアも居る。

 老婦人は相変わらずぼんやりとしているが、満足そうに頷いていた。


「……呑気なもんだよ。街にもかなりの被害が出たってのに。下手すりゃ大勢死んでたぞ。なのにこの野次馬具合と来たら」

「一生に一度見れるかどうかの光景だしな。目に焼き付けておかなきゃ勿体ないと思ってんだろ。俺達と同じ様に」

「まーな」

 ラディオの応えに納得したダードフが、どさっと横になる。



 ヴェルの手当てが終わり、アーリが腕をぐるぐると回してみ「あいたっ!」「ちょっと!」

「もう……療術はそんなに便利なものじゃないのよ。まったく、いつもあなたは無茶ばかり――」

 呆れたヴェルが、何かに気付いたようにくすくすと笑い出す。

「なあに?」

「ううん、別に」


 怪訝な顔をしながら、アーリはまた湖に目をやる。  

 怪我の痛みが和らぐことで、今日の出来事をようやくきちんと反芻できた。

 やはり、何もかもがめちゃくちゃだ。日記を書く習慣が無くて良かったと思う。

 

 レーテマルドへの旅路、ジターニ商会との大喧嘩、騎士との戦い、龍との邂逅。

 アーリは巡る全てをひとまとめにして、人生で一番大きな溜息をつく。


「……人間のことなんてこれっぽっちも気にしてない、って感じよね……結局、私たちの方だけが勝手に恐れて、疑って、踊っていただけね」

「どうかしら。きっとあの龍たちも同じなのよ。仲間が居て、家族が居て、無邪気な子が時々失敗しちゃう……そんなありふれた生き物。ただ、生きている世界がちょっと違うだけの」

「その”ちょっと”が私たちにとってはえげつないのよ……」

「あの子はただ、身を守ろうとしただけなんだと思うわ。でもやり過ぎなのは確かね。無茶をして事を大きくする……その辺りは、アーリ。あなたに似てるのかも」


 そう言ってヴェルはまたまたくすくす笑い出した。

「ああそう、それでさっきも笑ってたんだ……」

 


 こうして、レーテマルドに突然降って湧いたような、一番長い日はゆっくりと終わっていく。勿論これで一件落着とはいかない。現実的には広場周辺は壊滅、その他も至る所で戦闘の余波で何らかの被害を被っており、その対応の方がよほど大切だ。


 ただ、今暫くは。

 およそ三七〇年ぶりに降臨した、流星の子孫の華美な姿を。

 同胞と無垢に戯れる光景を。夕陽を浴びる影を。煌めく湖面を。

 想像の中でしか触れられずに居た者たちが、確かに目の前の現実として存在していることの価値に浸っていよう。


 人々は、山々に太陽が隠れるまで、ずっと龍たちの舞いを眺めていた。


 


――――――――――――






――――――――――――


 同刻。


「―—エルクリムト、全員の無事を確認した。ジェナンが重症を負ったが……まあ、いつも通りすっとぼけて笑っている。恐らくは平気だろう」


 撤退した秘匿特務隊は作戦要項に従い、予定していた集合地点に各々辿り着き、安全を確保したのち、損害の確認と休息に入っていた。


 しかしエルクリムトはそんな雑事を部下に任せて一人抜け出し、湖を遠くから視認できる丘へと赴いていた。

 夕闇に染まり始めた木立の間から、湖でくつろぐ龍たちの姿を無機質に眺め続けていた青年は、傍らに現れたロプタの報告にも反応しない。


 目を細め、銀髪が揺れるエルクリムトの横顔にロプタはわざとらしく溜息をつき、自らも全面兜アーメットを脱ぐ。

 

 ”秘匿特務隊”で唯一の女性の、滑らかな栗色の長髪がばらばらと散った。

 透き通るようなサファイアブルーを閉じ込めた、アーモンド形の眼。遺志の強さを表すような太目の眉。彫りが深く、筋の通った鼻筋。気の強そうな顔つきこそ凛としているが、厳つい装甲にはあまり似つかわしくない、細身の女性だ。


「本当にこのまま何もせずに引き下がるのか?閣下は納得しないぞ。せめて素材の一つでも手土産にしなければ――」

「アレを見なよ。幼龍一体でも手に負えなかったのに、あの群れにどうやって手を出す?」

「……確かに無謀だな。こうして自分の目で見ると実感できる」


 そう言うとロプタは、夕闇に包まれていく湖に、戯れる影に目を惹かれた。


 ―—E/III:『イデオルダレベル3:トラエヴストル』。

 アラウスベリア体系の龍とは異なる起源から進化を遂げた異邦の龍の一種。

 その未知の術式の驚異は、今日、目の当たりにした通り。その獲得はいずれ閉塞する法術系統樹の花を開かせるための呼び水になるだろう。新たな可能性、革新の道を往くには、あれらの力が要る。その為に私たちは――。


 思索に耽っていたロプタは、すぐ傍に歩み寄ったエルクリムトの気配に気付けなかった。

 

「っ!」

 驚き、顔を上げたロプタの唇を、エルクリムトがあっさり奪う。


「……」僅かの間。

 重なった唇と絡まる舌の合間に、くぐもった吐息が交じって。

「……なっ、なにをっ」

「決まってるだろ」

 突き離そうと身を捩るロプタを抱き寄せたエルクリムトはそっけなく言い捨て、器用に装具の留め金を外していった。


 幾つかの装板が外れ、草地へ落ちる。

 隙間から、手が内へと差し入る。

「え、エルクリムト。止めてくれ。こんな場所では……」

「今日は作戦以上に大事な出逢いがあったんだ。しかし邪魔が入って満足行くまで楽しめなかったんだよ。だから鎮める必要がある」

「またか。また……そんな、理由で」

「嫌いじゃないだろ?」

「…………」


 逃れる意思を失ったロプタは近くの大樹へ身体を押し付けられた。

 不必要なものは既に、外されている。

 必要な条件が、揃っていく。



 風に撫でられた梢のさわめきに交じり、かちゃかちゃと、揺れる鎧が触れあう音。


「だ、だめ……駄目だ、やはり、これは間違っている」

「相変わらず気丈だな。だが脚を震わせながら言っても説得力はないぞ。立つのがやっとな癖に」


 嘲笑ったエルクリムトが、樹に縋りつくロプタの背中へ覆いかぶさる様にして、耳元で囁く。

「そうだ、また皆を呼んでこようか」

「……っ」

「……正直だな。期待したか?でも今日は俺だけだ。ちょっとやそっとじゃ治まりそもない」

「あ、あなたは、獣だっ。実力は、あっ、認めるが、そんな振る舞いを、いつまでも、許されると思うなっ……!」

「許されるって、誰に?まだ判ってないのか。今、お前が許しを乞うべき相手は、俺だろ……!」

「っ!……!……っ!!」


「ほら、言えよ。許してってな。言えば許してやる。言え。言ってしまえ。お前は言える。そうでなきゃ、また仲間全員で、言わせてやるッ!」


 一段と激しくなっていくリズムに合わせ、エルクリムトは猛り、濁った咆哮を上げて、延々と、衝動を、吐き出し続けた。


――――――――――――――――――



―――――――――――――――――



 日が暮れて、夜闇に満ちるレーテマルドの街に、ぽつぽつと灯が灯り始めた。


 落ち着いたらしく大人しくなった龍たちの姿も闇に溶け、よく見えなくなってきたところで、集まっていた住人たちも徐々に解散していく。

 どうやら不幸にも家屋を破壊された家庭が今夜をどう過ごすのか、などの話し合いを始める様子だ。


 クーリド・ビーの面々はまた一安心していた。もしかしたら責任を問われて詰め寄られる可能性もあったし……。いやでもだからと言って何もせずに居るのも申し訳ない。多少なりともお手伝いさせて頂きます。あと、隅でこそこそしてるジターニ商会の連中。お前らもだぞ。


「―—遠征用の携行食はまだ残ってたよな?あれも足しにしてもらうか」

「あのクソマズレーションを?やめとけよ。それこそキレられる」


 クーリド・ビーの面々も三々五々立ち上がり、自分たちの方針を語り合う。

 少なくとも自分達は調査用の野営装備を使って野宿は出来るが、スラーテアの宿もだいぶ悲惨なことになっているし、その片付けも必要だ。

 本当に大変なのは後始末である。

 

「待てよ。あの龍はほったらかしで良いのか?あれが本当に人と敵対するものじゃないっていう確証はない。また飛び立って、人が大勢暮らす地へ向かう可能性もあるんじゃねえのか」

 アクゼルが仲間と湖を見比べながら言う。


「大丈夫でしょ。良く判らないけど、きっと大丈夫」

「アーリ、お前は楽観的すぎるんだよ」

「直感的って言ってほしいな。つーかアクゼルくん、あんたは神経質すぎ」


「ところで」

 アクゼルとアーリの口論が始まろうとした時、それまでずっと静観していたシィバが、徐に言った。

「あの龍たちは、いつまでこの地に留まるのだろう?」


「…………」

 皆が黙り込んだ。

 確かにそうだ。幻想的ファンタジックな雰囲気に浸り、誤魔化されて(して)いたが、それも重要だ。


「ああ、クソ。まったく、次から次へ問題が増えて……ちくしょう」

 ダードフが項垂れた。

  


 かくして『回遊龍の帰還』をその目で見届けた一行の旅は終わる。

 めでたしめでたし。

 ただ、それもまた新たな仕事の、始まり始まり。


 今日の鮮烈な戦いよりも、ずっと過酷で地味な事後処理が待ち構えている、明日が来るのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る