最終節34項「遠くの君へ」

 幕切れは、呆気なかった。


 青空へ立ち昇っていく糸光たちは、第四龍礁を覆い尽くすカーテンを描いた。それはやがて揺らめくオーロラとなり、極光の中へ溶けていくノシュテールの姿を完全に覆い隠して、高まる術式音が最高潮に達した時、ふと消えた。


 後に残ったのは、耳鳴り。


 そして、まるで幼い時からずっとそこに在ると知っていた大樹が、突然無くなってしまった様な感覚。そこはかとない不安と郷愁が入り交じる喪失。


 初めからそこに在って、風の日も雨の日も嵐の日も立ち続けて、日差しから皆を護ってくれた拠り所で、寄りかかる者をしっかりと抱き留めてくれる、とても優しく、大きな樹。


 それが今はもう、無い。第四龍礁から、そして心からも去っていってしまった。

 

 しかし、それもまた自然の摂理、理の一部であるという悟り。


 マリウレーダ隊の面々は、厳かに終わった神事の、暫くの余韻に浸った。



 それはともかく。


 マリウレーダ隊にはもっと差し迫った現実的な問題がある。

 

 感動や感傷では、腹は膨れないのだ。


 そして更に事態をややこしくしたのは、それまで傍の草地で跪き、マリウレーダ隊と同様に空を仰いでいた二体のヤヌメットたちが、ずしーん!という地響きを立ててぶっ倒れたことだ。「!?」


 デトラニア陸戦隊との死闘で傷ついていた彼等も、相当な無理をしていたらしい。



 ―――――――――――――――――――



 という訳で。



「―—ちょっと、もう少し丁寧に手当したげなさいよ。ほんっとに雑なんだからアンタは。だからそんな無精髭なの?言っとくけどその髭、だっさいから」

「うるせー!いくらこいつらが命の恩人……恩ゴリラでもな、こちとらゴリラの看病なんてしたことねーんだよ!文句があるならてめーで『無理ですう』……なら黙ってろこのパンダメガネ!」


 結局、賢狒龍の兄妹『ヴィルト』と『ウクス』の手当ての為、マリウレーダ隊は丘陵の開けた草地で、また一夜を過ごす羽目になっていた。龍を救わずに居られないのが、やはり龍礁監視隊レンジャーだし、命を救ってくれた相手を無碍に放っておく訳にもいかないし。


 やいのやいの口を出す上に、途中で更に口を挟んでも来るレッタに、エフェルトがキレ散らかす。エフェルトも療術は得手ではない。あまつさえF/III級の龍は近付くことすらおっかない。それでも結構頑張って治療を試みているのに文句を言われる筋合いはない。


 というかマリウレーダ隊でまともな療術を使えるのはジャフレアムだけだ。誰もちゃんと訓練してこなかったツケである。そのジャフレアムも、負傷した手では充分な効果を発揮できないし、そもそもこの場には居なかった。


『グルルォァ!』

「ひえっ!?」

 エフェルトのテキトーな手当てを受けていたヴィルトが頭を上げて吼えた。


「『ゴリラじゃねえっつってんだろうがこのボケ。もう一度ゴリラと呼んだらその空っぽの頭を叩き潰すぞオラァ』だってさ」


 レッタの通訳は、三割ほど当たっている。


 


 ところで、肝心の食糧問題だが、それは割と早い段階であっさりと解決していた。


 詳細は省くが、色々と悶着(口論とじゃんけんによる死闘)があった末に、ピアスンとジャフレアムが共に、丘陵周辺の森へ入っていた。


 ジャフレアムは法術士の知見を活かして薬効のある香草などを見つけては摘んできたが、そんなもんではせいぜい茶を淹れるくらいしか出来ないだろうとブーイングを受ける。大体、調理器具もない。


 そして海の男、ピアスンはてっきり魚でも捕ってくるのかと思いきや、何処で見つけたのやら、撤退中に龍に倒されたのであろうデトラニア陸戦隊の兵たちのものらしき、血塗れの背嚢バックパックを幾つか拾ってきて、慄く一同の前にどさどさと放り投げてみせた。


 確かに彼等は長時間の作戦行動に備えた糧食類を携行しており、それは願ったり叶ったりなのだが――。


 ピアスン曰く「もう、連中には必要のないものだ」

 それはそうだし、それならそれでも良いが、流石に血がべったりなのはちょっと……。しかしピアスンに文句を言える者は居なかった。


 この元海賊の荒くれが、瀕死の者に自らトドメを刺して奪ってきた可能性も捨てきれない。


 その確率を、レッタは三割弱だと予想した。当たってたらこわい。




 しかし、そんなあれこれは、皆が薄々感じているティムズとミリィの安否への不安と恐れを誤魔化して、はぐらかしたいが為の虚勢。


 今のマリウレーダ隊に、レベルAに向かった彼等がどうなったかを知る由は無い。


 レッタは、ティムズ達が無事に帰ってくる確率は計算しなかった。



 ――――――――――――――




 翌朝、デトラニア陸戦隊の遺品で急ごしらえのキャンプを張り、冬の一夜を凌いだマリウレーダ隊は、まだ煙が燻っている昨夜の焚き火の跡を囲み。今後の方策を練りつつも、出立するかどうかを決めかねていた。


 負傷したヤヌメットたちは、軍幕の傍で身を寄せ合って眠っている。命に別状はなさそうだが、ここで別れていくのか、共に往くのか、それはヤヌメットたち次第でもある。話が出来れば、話は早いのだが。


 早々に判断を下さなければならないものの、今はまだとりあえずの一服。

  

「―—どんなに歩が速くとも、ティムズはまだレベルBの中央付近のはずだ。ミリィに何が起きたのかは想像する事も出来ないが、ただ、ノシュテールは去った。事実はそれだけ。期待も悲観もしないでおこう……」


 ピアスンはジャフレアムの淹れてくれた薬茶を啜り、苦面にがづらをする。


 ティムズたちの行く末を案じたからでもあるし、デトラニアの国旗が刻印された銅製のマグで飲む香草の茶がほぼ雑草の味がしたからでもあり。

 そして何より、今後の第四龍礁の辿る運命を考えると、暗澹たる予測しか浮かばなかったからだった。

 

「…………」

 ジャフレアムは自慢の薬茶に対するピアスンの反応に少しがっかりしてから、その手が持つマグに刻まれた国の印をちらりと見、そして焚き火が燻る跡を見つめて、思索に耽る。


 考えられる筋書きは余りに多過ぎる。第四龍礁の変革は各国の動向に直接影響するし、第四龍礁の運命もそれによって大きく変わる。今は考えても栓無き事か、とジャフレアムは空を見つめ「……デユーズ氏たちはどうしているだろうか、ラムタエリュト隊が緊急信号を察知して、彼等を救出してくれれば良いのだが………」と呟くも。


 その半ばで、そのまま固まった。

「…………」


「…………」

「…………?」

「どしたの、ジャフ?」と、レッタ。

「てめえで拾って来た雑草で腹でも壊したんだろ」と、エフェルト。


「…………ランス・リオだ。こちらに向かってくる」

「はい?」


 唐突に硬直フリーズしたのは東空から向かってくる影に気付いたからだった。「そんな馬鹿な話……」ジャフレアムの視線の先を半信半疑で見やった一同は溜息をつく。「あるのか」



 四脚から放つ跳躍術式で巧みに空を蹴り、駆ける濃紺の人馬の姿と蹄音は、確かに『F/III++(ダブルプラス)騎槍獅子ランス・リオ』。


 その畏怖を察知したらしいヤヌメットたちもはたと起き上がり、しかし警戒する様子もなく、ただその接近を見上げて、待ち受けていた。


 そしてそれはマリウレーダ隊も同様である。

 もういちいち驚くことには飽き飽きだった。


 レッタは平然と薬茶を啜りながら堂々と立ち構えていたし、他の者も似たり寄ったり。立ち上がりもしない。


 だが、程なく舞い降りた人馬型の龍の、馬部分の背中で寄り添うように眠っているティムズとミリィの姿に気付いた時は、やはりとんでもなく驚いた。


 レッタは茶を盛大に噴いたし、他の者も似たりよったり。立ち上がれないのは腰を抜かしたからだ。


「……!……!……!?」



 愕然としているマリウレーダ隊に向かって闊歩してきたランス・リオは、やおら背で眠っていたティムズの襟首を掴むと、やや乱暴に地面に降ろす。

「いッ……てぇ!」

 強かに尻餅をついて目覚めたティムズが、涙目でランス・リオを見上げた。

「もうちょっと丁重に頼むよ、フェルヤ……」


『是非も無し ヒトを背に乗せ運ぶなど 槍騎の名折れ』



「………!?」

 ティムズとランス・リオのやりとりも、マリウレーダ隊には全くもって意味不明。

 有体に言えば「何が何だかさっぱり判らん」。何をどうしたものか、動くに動けずにいた一同だったが、草地に突き出た人間大の岩に寄りかかるようにしているティムズの足の『傷』を目にしたレッタは、そのすぐ傍に立つランス・リオの威圧にも臆せず、弾かれる様に駆け寄った。


「どうしたの!?ティムズ、その足……!……ッ!!」

 

 その余りのむごさに、レッタは目を背けた。


 龍革のブーツはぼろぼろに裂けて崩れ、そして足はそれよりも尚、無惨で。

 最早原型を留めていない。どす黒く固まった血と焼け焦げた肉の塊にしか見えない。


 「……禁術……」

 続いて歩み寄ってきたジャフレアムも絶句し、俯いて首を振る。

 手の施しようが無かった。この状態で生きているのは奇跡に近い。


 だが、当のティムズは平気な様子で。

「俺は大丈夫。それより……」

 


 皆が見守る中、更に進み出たランス・リオ『フェルヤ』は、眠っているミリィを両腕で抱き抱えると、優しく丁重に、柔らかな草地に横たえた。

「扱いに差がありすぎない?」

『黙れ 此れなるおみなは いっときと言えど 王姫の器なれば』

 ティムズの文句やじに小声で応えながら。


 片やすうすうと寝息を立てるミリィの眠りは、穏やかそのものだった。

 仰向けで首だけを軽く傾ぎ、解かれた金髪が冬の小さな白花の間に散り、緑草の寝床に沈む身体を受け止められ、包まれて。そして、囲み立つ三体の龍に護られて。


 その完璧な寝姿は、何人たりとも起こすことを躊躇う程に可憐で、儚く。


 その光景自体も、見守る者にとっての夢幻で。彼女が目覚めれば終わってしまう夢を、いつまででも見ていたかったし、見させてやりたいと思わずにはいられなくて。


「ミリィなら大丈夫。無事……って、言えたら良いんだけど」

 ティムズは言い淀む。

 何があったか、全てを説明なんて出来やしない。


「ミリィはもう龍じゃない。心を棲み処にしていた龍は去った」

「龍脈との繋がりと一緒に。それがミリィの力の源で、苦しみや悲しみのもとでもあったから」

「だから……だから、ミリィは、もう龍礁監視隊員レンジャーでもない。龍礁監視隊員レンジャーでなくてもいい、普通のひとになったんだ」


 はっきりと告げられないティムズだったが、マリウレーダ隊の皆は、それでも悟ったようだった。


「……龍礁監視隊員レンジャーとしての記憶」

 レッタの眼言に、ティムズは黙って頷いた。


「聞いたことがある。龍性の剥離と共に一部の記憶を失う症例。龍礁監視隊員レンジャーの職を退いたものが晩年、在職中の記憶を少しずつ失くしてい……」

「黙ってろ、イアレース」

 ぶつぶつ唱えるジャフレアムを、ピアスンの凄みを利かせた呟きが止めた。




龍守人りゅうもりびと事語ことがたりは かく語れらりや』


 夢嘆に暮れるマリウレーダ隊への『フェルヤ』のひとこえと共に、一陣の風。


『是非も無し 龍の理は去り往く 其れは定め 風吹くように 雨降るように 花咲くように 花散るように』


 そう唱えると、ランス・リオは強まっていく風に振り返り、軽く二、三歩を踏み、また空へ駆け出そうと――


「待ってくれ、フェルヤ」

 岩にもたれて座ったままのティムズが、鋭く呼び止めた。


「まーたそうやって曖昧な言い回しで逃げようとする。俺自身、何がどうなってるのか良く判ってないままなんだ。ちゃんと説明していけ」

 そして、付け加えた。

「それに、古語だかなんだか知らないけどさ。あんた達は俺たちよりずっと賢い。俺達の言葉なんて簡単に使いこなせるんだろ?普通に話してくれよ」


 ティムズのちょっとした挑発に歩を止めたランス・リオ『フェルヤ』は、多少苛ついた様に向き直って、そして呆れたように頭を掻いてみせた。


『お前の方こそ相変わらずの小癪ぶり。聡いのは認めるが調子に乗るな。お前も送り届けてやったのは、あくまでも彼女のついでなのだから』

「どうも」


 『フェルヤ』の低く穏やかに響く女性の声は、多少の威圧を残しつつも、暖かく。そして何より、その流暢に語る口調は、誰よりも強く優しく逞しく、最も頼りになり続けてくれた仲間にも似ていた。もしくは、もしかするとの方が龍に近付いていたという事なのかも知れない。


 その何処か懐かしい響きは、マリウレーダ隊の耳を惹き付ける。


 『フェルヤ』は、空を見上げた。あれ程の戦いを経ても何一つ変わらない、全てを見届けても尚美しい、鮮やかな青色の広がりを。


『……私たちのあるじは去った』

『私の姉と妹も。そして多くの龍たちも。共にいってしまった。それがどれほどの数なのかは、最早私にも判らない』


『お前達が龍脈と呼ぶ律が失われた今、この地に幾多の龍を支える力はもう幾許もない。残る龍たちは力を失くすか、この地から巣立っていくだろう』

『私たち自身の意思で道を選ぶ時なのだ。龍脈は龍をこの地に封じる枷でもあり、あるじはそれを解き放ち、私たちに示した』

『ある者は共にいき、ある者はこの地に留まり、またある者はこの地を去る。山を海を越えて、その翼を休める憩いの地を探すために』


『人に狩られる運命にある者も居るだろう。人への報復を願い、戦う者も』

『しかし、それらもまた本来の龍の姿。龍たちは自由を手にした……前脚と言った方が良いかもしれないが』


 まさかのドラゴンジョーク。腕を見つめる『フェルヤ』は真顔。

 マリウレーダ隊は笑えばいいのか驚けばいいのか反応に困ったが、ただ、空気がふっと和らいだのは確かだった。


「……あんたは、どうして残った?」

 その中で一人だけ忍び笑っていたティムズが、問う。 


『……私にもよく判らない。ただ、この地の行く末を見届けたいと想っただけだ』

「……そっか」


 他にも尋ねたいこと、確かめたいことは幾らでもあった。


 しかしその全てを知ることは叶わない。第四龍礁は過去と未来の交錯点にあり、複雑に絡み合った世界を語り尽くすことは誰にも出来ないし、それに、それまで眠っていたミリィが目覚めたので、話を聞いてる場合ではなくなったからだ。


「……!」

 ティムズは思わず身を乗り出したが、それも傷付いた脚では叶わない。


 上身を起こしたミリィは、心配と緊張が入り交じった表情で見守るマリウレーダ隊を、二体のヤヌメットを、ランス・リオの姿をぼんやりと見渡すと、少し怯えたように身を竦めた。


「……ミリィ、だいじょうぶ?」

 少し躊躇いつつも歩み寄ったレッタがミリィの前に屈み、優しく笑う。「…………」ミリィは初めて観るかの様に、レッタの赤茶の眼を見つめ返していた。


「……ごめんね。びっくりしてるでしょう?私は――」

「……ううん、まだ、大丈夫」

「え?」  

「私の『おねえちゃん』。珈琲中毒の楊空艇オタク。ちゃんとすれば美人なのに、ちゃんと寝てないからいっつも隈が酷くて、機嫌も悪くて、頭もぼさぼさの……」

「……ミリィ?」


「ノシュテールが、もう一つだけわがままを聞いてくれたみたい」

 困惑したレッタに、ミリィは笑いかけた。

「皆に、お別れを言わせてほしいってお願いしたの」


 ミリィはレッタの顔をまじまじと見つめ、それからマリウレーダ隊をもう一度見回した。思い出はあるのに、その名前だけが出てこない事に戸惑い、そして納得した。確かにその願いは叶った。しかしそれは、ごく僅かの間だけなのだと。


 ミリィは制止するレッタを振り払ってよろよろと立ち上がると、一人一人の顔をしっかりと確かめて、独り言の様に呟いていく。


「……男気たっぷりの船長。普段はとっても優しいのに、怒ると怖い、元海賊のおじさん」

 ピアスンへ。


「頭が良くて、いつも気難しい顔をして近寄りがたいひと。かっこいいけど、そのぶんちょっと苦手だったかな」

 ジャフレアムへ。


「元密猟者のバカ。……うそうそ。だらしなくて面倒ごとばかりを起こしてたくせに、いつの間にか龍礁監視隊員レンジャーになっちゃったおっさん……ごめん、まだお兄さん?」

 くすくす笑いながらエフェルトへ。


「そして今はもう、居ないひとたち」

「折角可愛いのに男っぽく振る舞おうとして、でも結局それがとっても可愛いかった私のともだち……もっと色んな話をいっぱいして、喧嘩したりもしたかったな」

「私を鍛えに鍛えて龍礁監視隊員レンジャーにしてくれたお父さん。皆を騙し続けて嗤ってた最低最悪のバカ兄貴。それに、それに……」


 震える声。掠れていく記憶。


「真珠色の楊空艇に乗る仲間たち。最後は本物の龍になった私たちの楊空艇」

「花が大好きだった美人の男のひと。私たちをずっと助けてくれた地上警備隊ベースガードのみんな。最後まで自分らしく居ることを教えてくれた、みんな。みんな……」

 

 滲む涙。


 もう、全ては思い出せない。寄せては返す忘却の波が、彼等の名前と顔と思い出を彼方へと押し流していた。辛うじてまだこびりついているのは感情だけ。楽しかったこと。辛かったこと。浮かんでは弾けて消えていく泡のように、一つ一つがゆっくりと失われていく。


 ――ごめんなさい。みんな。みんなのことを忘れていく。

 私一人だけ忘れて、皆のことを置いていっちゃう。酷いよね。

 最初からそうだった。そして最後まで、こんな。


「ミリィ」

 罪悪感に身を抱いて震え、泣き崩れそうになるミリィを静かに呼ぶ声がした。


 ―—それなのに、こんな私をすきでいてくれたひと。



 ティムズは、静かに首を振った。



「…………」

 ミリィはその赦しを得て、頷き返した。

 その唇だけが音もなく、もう一度だけ名を囁いた。



 ミリィはおぼつかない足取りで少し歩き、開けた草地の先の、第四龍礁を見渡せる場所へ立つ。マリウレーダ隊と龍たちは、その後ろ姿をただ見守っていた。


 且つて美しかったレベルCと本部施設周辺は破壊と破滅に満ちている。ミリィは少し気を挫かれたように身を竦めたが、目を少し移せば、まだ地平まで広がるレベルB方面の、深い緑の森や湖、峡谷や川がまだ残されている。


 そこはもう、龍の楽園足り得ない。他の地でも見ることのできる『ただの大自然』でしかなかった。

 だが、それもやがては変わる。龍たちが去ったことで、この地を棲み処に選んだごく普通の生き物たちが集い、新たな豊かさで満ちていくだろう。


『―—!』

 鼻をひくつかせたヤヌメットたちが、南方の空を振り返る。

 地平から、暗緑色の楊空艇が近付いてきていた。

 他にも気付いた者は居る。しかし彼等は、ミリィの背姿だけを看取った。



「……さようなら、第四龍礁」


 別れを告げたミリィは、森と空と、その狭間に背を向けた。


 そして。


「いやーごめんね、皆。最後まで迷惑かけっぱなしで」


 金色の髪を風になびかせて、紫色の瞳を潤ませ、傷の残る頬を緩ませ。

 自らがその運命を背負った舞台を背後にして。

 やはり彼女らしい快活な声を上げ、可愛らしく笑った。


「こんな私のこと、時々は思い出してね!」

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