幕間3:人物来歴及び評価報告「ミリィ=シュハル」

 これは、とある失われた書物に隠されていた情報を復元し、再編集したもの。


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 第四龍礁第六楊空艇隊・人物略歴及び評価資料3

 正名、ミルエルトヴェーン=Y(イェルテ)=シュハル

 現在二十一歳。

 聖アトリア歴一一九六年、十二月三十日生。


 ロンカサートの没落貴族、シュハル家の一人娘。


 うだつの上がらない龍学者の父と、且つてロンカサートで名を馳せた"シュハル"の名を継ぐ母の間に生まれる。


 ありふれた馴れ初めと恋愛の末に結ばれた両親だったが、仕事に没頭する婿養子の父親と、家柄に執着する母親の価値観の相違は、ミルエルトヴェーンが生まれた事で決定的なものとなった。


 且つての名家の復活に心血を注ぐ母親は、あらゆる手段を使って、娘を『一流の貴族』に嫁がせる為に育て上げようとする。


 幼少時に忍び込んだ父親の書庫で、龍に関する書籍と出会ったミルエルトヴェーンだったが、それを認めない母親の虐待や厳しい躾により、その想いをずっと封じ込めたまま、表向きは母親が望むままの淑女として成長していった。



 そして母親の願いと、政治的な根回しが実る日が来た。

 当時十五歳になったばかりのミルエルトヴェーンは、ローエン家の豪華な屋敷に連れられ、当主であるデルアリューヴと直接『接見』する事になったのだ。

 

 当初、デルアリューヴ自身にその気は全くなかったようだが、明らかな虐待の跡を残しながらも、気丈で利発に振る舞うミルエルトヴェーンに心を奪われ、以後は陰ながら彼女の保護に努め、ローエン家付きの女執事、メイメルタ=ソーンを教育係として送り込む。

 それは、彼女を母親の折檻から守る目的でもあった。


 しかし、ミルエルトヴェーンは、想像以上の権勢を誇る『貴族』そのものを恐れていた。友人として、姉として接するメイメルタだけでは、数々の虐待と躾の記憶を拭い去れなかった。


 デルアリューヴは彼女自身が決める事を待ち続けていたが、三年という月日が経ち、ミルエルトヴェーンが十八歳になった時、遂に正式な求婚を決意する。


 デルアリューヴが非の打ち所の無い男だという事は、ミルエルトヴェーンも数回の会話で充分に理解していた。しかしその妻に求められるのは、同じ位に完璧な、自由など一切無い暮らし。


 そう悟ったとき、遠い昔、幼い胸を焦がした龍たちへの想いが蘇った彼女は、シュハル家に永く仕えてきた老使用人の助けを借りて、アラウスベリア最多の龍種が生息するという積年の夢であった第四龍礁の地へと『大家出』をしたのだった。



 培った教養は何も役に立たず、未知の世界に迷い出たミルエルトヴェーンは、初めて出逢った F/ II龍を思わず追い、怯えて怒った龍に逆に追い回され、救助に来たパシズ=バルアに出逢う。


 その才覚を認めたパシズに龍礁監視隊員レンジャーとしての道を示されたものの、積年の夢である龍との出会いを果たしたミルエルトヴェーンは、その思い出を胸に、ロンカサートへ戻り、デルアリューヴの伴侶として生きる覚悟であった。


 そんな折、侵入した密猟者とヤヌメットの交戦に偶然遭遇し、力尽きたヤヌメットの死を見届けた彼女は、第四龍礁に残る事を決意。以降、新設されたマリウレーダ隊の船外活動員タスクフロントとして、目覚ましい成長をする事になったのだった。



 様々な龍種や仲間と出会い、一時期は、オリアート隊の男性に仄かな想いを寄せていた時期もあったようだが、一二一六年十月のエヴィタ=ステッチの襲撃により彼の乗る楊空艇オリアートは撃墜され、それ以降、特に男性に対しては必要以上の感情を抱かぬように振る舞っている模様。


 配属当初は大人しく、礼儀正しく装っていたものの、生まれ持った性格は活発らしく、マリウレーダ隊の仲間たち……特に、実の姉の様に慕うレッタ=バレナリーに色濃く影響を受けたことで、"おてんばミリィ"の二つ名を冠するのに、さほど時間は掛からなかった。

 

 現在は、マリウレーダ隊に新たに配属されたティムズ=イーストオウルの姉弟子として、パシズと共に師事を受ける日々を過ごしており、中途半端な実力の弟弟子に対して、必要以上に厳しく当たっている。





 ――第四龍礁の主戦力、楊空艇を狩る龍礁監視隊員レンジャーの中でも異質の経歴と、群を抜いた才能を発揮する女性。確証は無いが、龍脈と特別な結びつきを持つ兆しを見せている為、監視対象に加える事を進言する。


 単独での戦闘能力は目を見張る物もあるが、まだまだ若く、自分の才能と理想に酔い、夢見ているだけの乙女とも言えなくもない。政治的な思想は無きに等しく、"おてんば"の仇名が示す通り、短絡的かつ直情的で、一旦火が付くとなかなかにやかましい――。


 話が逸れた。扱い辛いが、レベルB及びレベルAの調査の戦力としては充分に役立つ駒である。楊空艇マリウレーダと共に、必要な情報を提供してくれる事は間違いない。




「……以上。一二一七年、六月十日」

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