第七節12項「光について」

 都市の廃墟で対峙した、二基の楊空艇と花龍要塞フラウ・テアの壮絶な射撃戦うちあいが始まった。


 フラウテアが放つ致命的な威力の疑似光術砲を、構築段階で阻止しようとする楊空艇マリウレーダとアダーカは、展開しようとする術式に向けて集中砲火を浴びせ続ける。


 それは確かに疑似光術砲の射出を防いだが、対するフラウテアは小規模な術式砲を無数に展開し、細い光線を乱射した。その一発一発は、大出力の光術砲の威力には劣るものの、楊空艇の防護結界を限界近くまで稼働させて、ようやく防げるというものだった。


 弾幕が止む度に、必殺の疑似光術砲の展開を試み、それを中断され、小威力の乱線を解き放つ。


 その戦姿いくさすがたは正に要塞。


 『花龍要塞』の異名を体現するフラウテアは、攻防を繰り広げながら、また一歩を踏み出し、進行を再開した。



 都市近郊の丘で、楊空艇とフラウテアの闘いを眺めるしかなかった龍礁監視隊員レンジャー達は、それでも今の自分達が出来る手を模索する。例えば地上から火を放ったり、光爆術符を仕掛けるなどだ。


 しかし、作戦はすぐに諦める事となった。


 戦闘に誘き寄せられて飛来したらしいロロ・アロロの群れが、フラウテアに襲い掛かったのだが、脚部の間から伸びた数十もの触手の様な根腕こんわんがそれらを絡め取り、”喰らった”のを目撃したからだ。


 楊空艇の砲火を掻い潜って接近出来たとしても、白兵を阻む能力をも持つフラウテアの要塞ぶりに、龍礁監視隊員レンジャー達は、為すすべなく、行く末を見守る事しか出来ないように思えた。


 しかし、これで花龍要塞の目的は二つである事も判った。


 出来るだけ広範囲を移動し、種を撒き散らす事と、その花を咲かせる為にを貪る事だ。

 喰らわれたロロ・アロロの末路は、フラウテアを阻もうとする者の姿でもある。



 ―――――――――――――――



 楊空艇と花龍要塞フラウ・テアの砲撃戦は、地下都市で彷徨うティムズとミリィの元へも、微かな音と震動となって伝わっていた。


「マリウレーダが、戦ってる……」

 薄闇の遥か高くにある亀裂に、微かに煌めく陽光を見上げ、石台に寄りかかって座るミリィが呟いた。


 二人が落下した周辺の構造物は全て崩れ落ち、とても戻れる状態ではなかったし、更に広まる破壊から逃れ、とにかく進むしかなかった。何度か伝信術符を開き、通信を試みようとしたが、法術機構を用いた構造物に阻まれ、それも叶わない。せめてもう少し深度が浅い場所ならば可能性はあるのだが。


 なんとか地上へと至る道を探そうとしているが、地表に近づくことすらできず、ティムズは一昼夜を掛けて歩き続け、ようやく安全だと思われる、頑強な石柱が支える石台場に辿り着き、そこでやっと休息を取る事ができた。


 聞き覚えのある術式音に、ミリィは心配と悔しさを滲ませ、手をぎゅっと握る。


 ――何が起きているんだろう。何と戦っているんだろう。

 皆が闘っているのに、何故私とティムズはこんな所に。

 いや、違う。こうなったのは私の所為だ。私がしくじったからだ。


「……っ」

 力を入れた拍子に、痛めた左脚が疼き、ミリィは軽く身じろいだ。


「……う……?」

 その気配に、少し離れた石台に寄りかかって項垂れていたティムズが呻く。


「ごめん、起こしちゃったね」

「……すげえ寝てた。どれくらい経っただろう」

「二時間ってとこかな」

「そうか」


 ティムズは目を擦りつつ、立ち上がろうとして、ふらふらとよろめいた。一日中歩いた疲労は、二時間程度の休息で取れはしない。


「まさか、もう出発とか言わないわよね」

「そのまさかだよ。ここもいつ崩れるか判らないし、すぐに皆の元に行かないと」

「ちゃんと休まないと体力が保たないわ。ここは安全よ、暫くは動かない方がいい」


 ミリィが制し、再びどさっと座り込んだティムズが、頭を抑えながら応える。

「……そうしようかな。きみ、見た目より結構重いし」

「なっ」


 不意の発言にミリィの頭に一瞬血が昇る。ティムズの表情は手に隠れているが、確実に薄く笑っているのが見えた。しかし、すぐにそれが、ティムズなりの、ミリィを元気付ける言葉だという事も判った。


「……覚えてなさいよ。怪我が治ったら、今のお礼をしたげるわ」

「そうしてください」


 ミリィもふっと笑い、それを合図にして、腹が鳴る。

「………!」

 顔を上げたティムズは、今度こそ爆笑した。結構長く。

「……ぐっ……」

 自ら恥の上塗りを決めたミリィは、真っ赤になってそいつを睨むしかなかった。


 ひとしきり笑ったティムズが、腰嚢から紙に包まれた小さな棒状のものを取り出し、ミリィに投げ寄越す。

「もう少し温存するつもりだったけど、そんな音を立てられちゃなー」


 ミリィが空で受け取った物は、野戦用の携行食。竜骨と野菜を煮詰めて固めた例のアレだ。

「きみには全然足りないだろうし、すげえ不味いけど、それで我慢してくれ」


 だが、ミリィはすぐにそれをティムズに向けて投げ返す。

「あなたの方が必要でしょ。見た目より重いものを運んでるんだもんね?」

「俺は燃費が良いから、少しで良いんだ。誰かさんに比べて」

「……ほんっと生意気になったわね、あんた」

「俺は元々こういう奴なの」

「そう言われると、確かにそうだったかも……」


 初対面の時、いきなり「君いくつ?」と尋ねられた事を思い出して、ミリィは腹立たしいような、可笑しいような複雑な感慨を持つ。成長し、性格が変わったのではなく、元々の性質を隠さなくなって来ているだけなんだ、と思った。


「……初めて会った時は、何の取り柄もないただの男の子、って感じだったのに、人って判らないものね」

「あの時は、その感想で合ってたんじゃないかな。自分でもそう思っていたし」


「………」

「ねえ、私の事はどう想っ――」「――俺は、きみの事を、羨ましいって思った」


 二人は同時に口を開いた。小さく呟いたミリィの細い声は、はっきりと言ったティムズの声に立ち消える。


「才能があって、皆に好かれて、自分が思っている事をはっきり言える人だって。きみは本当に凄い龍礁監視隊員レンジャーだよ。勿論皆、それを知ってる。だけどそれ以上に、俺が一番そう思ってるし、信じてる」


 ティムズは、本心を語る。間違いなく、嘘の欠片もない真実だ。ただ、言わない方が良いと思っている事を、言っていないだけだ。


 しかし、ミリィは、膝に顔を埋め、小さく応えた。

「それ、私がもし龍礁監視隊員レンジャーじゃなかったら、価値がないって事?」

「そんな事はない、きみは」

「きみは……」

 ティムズが思わず声を上ずらせ、ミリィは少しだけ顔を上げ、腕越しに見るが、言い淀むティムズは、言葉を選んでいるようだった。


 だが、やがて、伝えるべき言葉を決める。再び膝に顔を埋めたミリィに、ティムズは、ずっと想っている事を伝えた。

「きみは、素敵なひとだと思う」

「……ありがとう。嬉しい」

「だから、初めて会った時から好きだったし、これからも好きで居られると思う」


 そして、出来るだけ静かな調子で、言わずには居られなかった事を伝えた。



 ティムズにとって、これまでの人生で一番長い数秒だった。

 ミリィはそのままの態勢で動かずに居たが、やがて、小さい答えが返って来た。


「私さ、許嫁が居るの」


 ティムズは思わず笑ってしまう。ティムズ自身には、何故おかしいのかは判らなかった。ただ、心の何処かで、それで良いんだと思っていたのだろう。

「散々色んな龍と出くわしてきたんだ。それくらいじゃもう驚きはしない――」


「そして、ほんとは、そのひとと一緒になるつもりで居た」


 ミリィが顔を伏せたまま続けた言葉に、ティムズは応えられなかった。


「だけど、その前に、どうしても一度だけ、龍をこの目で見たかった」

「ずっと、いつか出逢えると信じていたから。それだけが私の希望で、夢だったの」

龍礁監視隊員レンジャーになったのは偶然。でも、そうなってから私は初めて、自分が自分であると信じられるようになった。だから、戻ろうと決めていたはずの決意を、裏切ったの」

「そして、家族も、メイメルタさんも、あのひとも裏切って、逃げた。でも、それすらも許してくれている事を、知ってしまった。私、どうすれば良いのかな……どうすれば良いと思う?」


「……俺にも判らないよ。でも、その話だけを聞くと、その人、良い人そうだ」

 ミリィの問いには答えず、自分の疑問を返すティムズ。


 そうであってほしくないと思っていた。只の傲慢な嫌な男で、ミリィが逃げ出しても当然のクズ野郎であってほしいと願った。それならば、何も考えずに、何も顧みずに、ずっと龍礁監視隊員レンジャーであり続けてほしいと言えたはず。


 だが、

「……うん、とても立派な人」

 ミリィは、本当の事を語り続けた。

「数回しか会った事はないけれど、身分や立場に関係なく、分け隔てなく人に尽くす事の出来る、私が思う、本物の貴族、って感じのひと」


「……そっか、そりゃ戻りたくなって当然だよな」


 ティムズの声の調子が変わり、はっとしたミリィは顔を上げる。

「違うの。戻りたい訳じゃない。私は龍礁監視隊員レンジャーで居たい。ただ……」

「それなら、迷う事はないじゃないか。自分で決めた道を進むだけだろ。立ち止まったりせずに」


 ティムズは笑ってみせる。

「本当の自分で居られると思う事は、良い事だしさ」


 ミリィは目を細めて、訝しんだ。

「……今私と話してるあなたは、本当のあなたじゃないの?」

「さあ、どうかな。自信はない」


 何気なく応えたティムズも、自分の言葉にはっとして、慌てて言い直す。

「いや、俺は俺だよ。俺もきみと同じ。龍礁監視隊員レンジャーになって初めて、本当の自分に気付けたと思う」

「それまでは誰かの為に役に立てるなんて思ってなかったからさ」

「俺の方こそ、龍礁監視隊員レンジャーじゃなくなったら全く価値のない人間だよ。ホントに」


「…………」

 暫くの沈黙の後、ミリィが口を開いた。

「ねえ、私、あなたの―――」


 その時、一際大きな音と震動が、神殿を大きく揺るがす。

 壁面から次々と剥がれた石片が、ティムズ達の要る台場のすぐ近くを掠めた。


 今すぐにでもこの場を離れる必要がある。しかし、それ以上に。


 ティムズは頭を振り、危機的状況にあるかもしれない仲間達の顔を思い出し、酷使した身体から疲労を追い出そうと頬を叩き、立ち上がった。


「……ミリィ」

 そして、自分を見上げる、共に闘うべき仲間に、言った。


「俺達は龍礁監視隊員レンジャーだ。だから、居るべき場所は、ここじゃない。この音は、マリウレーダの皆が戦っている証拠だろ。俺達は、少なくとも今は、逃げるんじゃなく、向かわなくちゃいけない」

「……ええ」

「脚は?」

「……少しはマシになってる。跳躍術はまだきつそうだけど」

「それじゃ、もう背負わない。良いよな?」

「わっ……」


 ティムズは、ミリィの返事を待たずに、抱き寄せて立ち上がらせる。そして、肩だけを貸し支え、共に、何処かにあるはずの出口の光を探す為、共に歩き始めた。



 ――――――――――――――――――――――


 依然歩みを止めないフラウテアの、強力な疑似光術砲と体表結界を破る事が出来ないまま、楊空艇マリウレーダとアダーカはじりじりと下がりつつ、それでも旧市街地へ押し留めようと、熾烈な火砲の横殴りの雨に耐え、応戦していた。


 一方で、街外れの丘で戦況を伺っていた龍礁監視隊レンジャーたちの元へも、激戦に呼応したロロ・アロロが次々と現れ、パシズ達も防衛態勢を取らざるを得なかった。その数は多くはないが、八方から飛来する、散発的な波状攻撃はなかなか止まず、低木に囲まれた丘の頂上を保持する事に専念する。



 長耳の亜人がつややかな黒長髪をたなびかせ、随一の優雅な剣舞で邪龍の首を断つ。既に数体を仕留めた彼が佩く幻剣は、曲刀サーベルを象る独自のものだった。

 目に入る範囲のロロ・アロロは撃滅したと見たゼェフは、これまた優雅な所作で幻剣を閉じ、辺りを見回した。


「ふう……そろそろ終わりかな?」

「やめてくださいよ。その台詞を吐いた直後に次が湧いてきてるんだから」

「三度目の正直だよ」

「二度ある事は三度あるとも言うでしょうが」


 カルツの方が正解だった。



「くそ……ッ!」

 術弩の術符再装填リロードを素早く終え、迫ったロロ・アロロの頭部を直前で撃ち抜いたアルハが歯噛みして、灰煙の中を進むフラウテアの姿を睨む。


 アルハは焦っていた。戦場は移り、フラウテアが最初に出現した地域は、今なら侵入出来そうだった。ティムズとミリィが行方不明になった地点も近い。花龍要塞に白兵戦を挑めない以上は、龍礁監視隊員レンジャーで打てる手もなく、それならばすぐにでも二人の捜索を行っても良いはずなのだが、この場の保持する命令を受けている。


 そんなアルハの背後に、何時の間にかエフェルトが寄ってきていた。

「おい」

「……何だ」


 例の件以降、初めて交わす会話だった。アルハはエフェルトを振り返りたくもない。あの件があったからこそ、ティムズとの一件もあったと思うと複雑だけど。


「あいつらを探しに行きたくて堪らねーって感じだな」

「そんな事はない。この場を維持するのが、今の最優先事項だ」

「自分自身は騙せても、俺は騙せねーぞ」

「……どの口が言う。何を偉そうに……!」


 怒りで拳を握り、思わずエフェルトを振り返り返るアルハ。人を殴りたいと思ったのは初めてだった。次にまた何かその口が不快な言葉を吐けば、間違いなく殴るだろう。しかし。


「良いから聞け。俺はあのガキどもを探しに行く」


「……何?」

 アルハの拳を握る力が緩み、エフェルトの言葉の意味を探る。

「どうやってだ。見つける手段もない癖に。発見できる可能性も低い」


「お前等の悪いとこだな。可能性だけを基準に物事を考えてんじゃねーぞ」

 黒キャップを弄りながら、エフェルトが嘯いた。

「ちょっとでも目があるなら、とりあえず賭けてみればいいじゃねーか」

「……あいつのことだってな」

 真面目腐った目をアルハに向けるエフェルト。


「……何を言っているか――」

「判ってんだろ」


 エフェルトは困惑するアルハに軽く溜息を付く。

「とりあえず、言うだけは言っておこうと思ってな」

 そして、アルハを残して、丘を下り始めた。

「じゃ、俺は行ってくる。探し物は見つけてきてやるよ」


「待て、なんで、そこまでする?」

 不気味で不審な振る舞いを見せる不信の男を呼び止めるアルハに背を向けたまま、エフェルトは答えた。

「お前に嫌な思いをさせた。まだ直接詫びを入れてなかったからな。その代わりだ」


「………」

「……判った、今度は信じる」


 アルハは、背後に他の誰も居ない事を確かめた。


 ――――――――――――――――――――――――――――



 パシズ達がアルハとエフェルトの不在に気付くまで、さほど時間は掛からなかった。ロロ・アロロの第三波を退け、全員の所在を確認した所で、二人が戦線を離れた事をあっさりと知る。

 ゼェフとカルツがまたかあの野郎、と激怒したのは当然の事であるが、パシズとメイメルタは、二人……特にアルハが、ティムズとミリィの行方を追ったのだと直感した。


 誰一人として、彼等の生存を疑っている者は居ない。それはただの希望的観測や願望ではなく、龍礁監視隊員レンジャー同士の絆がもたらす、結びつきだった。


 そして、その繋がりは、人と人だけのものでもなかった。


 もう一つの繋がりは思いもよらない形で、フラウテアを止める為に飛翔してきた。



 ――――――――――――――――――――――――



 交戦中の楊空艇隊とフラウテアが対峙する戦場、遥か高空より、天矢の如く降り立った幾本のもの雷柱。灰都市に堕つ打雷だらいは、花龍要塞の強固な体表結界を容易く砕き、その根体の一部が焼け飛ぶ。


 白昼を破る雷光と轟響ごうきょうが、戦場の人間の思考と動きを、数舜、完全に奪った。


 残響が空の彼方へと消え、全ての音が消えた時。


 二基の楊空艇、そして地上の龍礁監視隊員レンジャーたちが目にしたのは、青を切り裂く土色の渦翼龍、F/III級『エクリヴーズ』の急襲だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る