第三節12項「律動と旋律」

 ラテルホーンの身体から現出する術式光が、まるでオレンジの炎の様に揺らめき、燃え上がる。通常の術式光は青色で、力と精度を増すごとに赤みを増して、最終的に深紅に染まる…それ以上の事は起こせないはずだった。

 ティムズもミリィも、エフェルトもモロッゾも、この様な現象は見た事も聞いた事もない。ただ、それが圧倒的な力を持つものであるという事だけが理解できた。


「がアあァあああァぁぁ!あああ!あアァア!!」


 ラテルホーンが激しく叫ぶ。オレンジの炎光に身を焼かれているかの如く、身を焦がす様な激痛に声を上げられずに居られないようだった。


 ミリィは呆然と、エフェルトは地に伏せながら愕然と、その様を見ている。

 アカムは離れた木陰で驚愕していて、モロッゾは見ていない。気を失っていた。


 ティムズはゆっくりと身を起こし、立ち上がった。

 先程の体当たりで、術符の霊基はほぼ使い切ってしまっていた。恐らくあと一回跳べるかどうかかもしれない。それでもまだ闘えると、強い闘志を、敵に向ける。


 しかしその表情は困惑の色も浮かべていた。目の前で起きていることが理解できない、という表情かおで、ラテルホーン…を見つめていたが、その目の焦点は合っていない。恐らく痛みでティムズもまた混乱しているのだ、とラテルホーンは思った。


 ラテルホーンはあまりの痛みに錯乱状態になりかけていたが、立ち上がったティムズを見て顔を綻ばせる。殺意が彼の痛みを和らげ、胸を幸福が満たした。


(ああ……私に、私に、立ち向かってきてくれるんだな。なんて良い男なんだ。ありがとう、ありがとう)


 何度も立ち上がるティムズを凝視し、ラテルホーンは心から感謝した。

 そんな気の緩みや、痛みによる混乱で、ラテルホーンは自分の背後でティムズと全く同時にゆっくりと立ち上がったもの、の気配を感じ取れなかったのだった。



――――――――――――



 ラテルホーンの術爪で致命傷を負って倒れたはずのF/ II緑象龍の胸に、淡く青い光が灯っていた。緑象龍は、小さくひと呻きして脚を何度か動かし、目を開いて、そして、ゆっくりと立ち上がった。

 

 背後を向けて立っているラテルホーンの姿を認め、脚にも青い光を纏う。


 闘った人間たちが使っていたものを、緑象龍も認識していた。


 F/ II緑象龍が、足元から術式光を発し、バシン!!という音を立てて、跳んだ。



―――――――――――――――――


(……!!)


 ティムズの眼前を、凄まじい勢いで宙を舞ったラテルホーンの身体が通り過ぎる。

 緑象龍が脚に術式を展開して、ラテルホーンに突進する一連の動きをティムズは目にしていた。


 ラテルホーンは緑象龍の術式音を聞き、避けようと身を捻るも時既に遅く、もろに緑象龍の突進を喰らっていた。加速した緑象龍の巨体での突進の衝撃は強力で、ラテルホーンは軽々と弾き飛ばされて地面を何度も何度も転がった。


 (ばかなっ…!)突然の衝撃で、まだ痛みを感じる前の一瞬の間に、ラテルホーンが理解しようとするが、すぐに苦痛が全身を襲い、まともな思考はできなくなる。

 

 ――F/ II高位種、緑象龍の跳躍術を援用した突進。

 人が扱う法術と全く同じものを肉体の特性として自在に行使する生物。

 それが、龍。


 地面に突っ伏したラテルホーンが激痛に涙を流し、這う。


「あ、ぐ、ぐぅっ…、ゲはッ」血を吐きながら、それでも逃れようとする。

 突進の衝撃で身体の至る部位の骨が砕かれていた。まともに動けない。

 そのラテルホーンの足を、ゆっくりと迫ってきた緑象龍が踏み砕く。

「ぎゃあああああアアアァァァッッ!」ラテルホーンの絶叫が木霊する。


 その場に居るもの全員が、ラテルホーンが命を乞う姿を見つめていた。

 誰も止めに入ろうとはしない。そして止めようと思っても入れなかった。

 力も心も尽きている。


 足を砕かれた後も、ラテルホーンは必死に這い、足掻いていた。

 しかしもう為す術はない。ただ思考だけが虚しく巡る。


 牙でひっかけられ、転がされる。

 からだが仰向けになり、止まった。

 「こんな死に方のはずではなかった」

 龍を殺して死ぬはずだった。そしてそれは、一つは果たしたはずだったのに。

 目の前に愚鈍な龍の足裏が迫ってきている。

 ああ、目の前が暗くなる。こんな――


「だめだ、やめろ、こんな、やめてくれ、やめヴブッ」



――――――――――――――



 ラテルホーンだったもの、の胸から上が潰れる嫌な音と、呆気ない断末魔の声がして、緑象龍の足元に血飛沫が撒き散り、雑な放射状の図を描く。


 残された脚部がまだびくびくと痙攣していた。


 龍が脚を上げると、足の影からラテルホーンの成れの果てが現れた。


 ティムズは目を背ける。

 筆舌に尽くし難い有様の、それ、をとても直視できない。



 だから、ミリィがずっと目を見開いてそれを見つめていたことには気付けなかった。


――――――――――――――


 緑象龍はラテルホーンを斃したあと、眠そうに目を閉じ、ふらふらと身体を揺らしていた。それでも何処かへ向かおうと、何処かへ帰ろうと、ゆっくり足を踏み出していく。


 もう安全っぽいかな、と判断したらしいアカムがおどおどと森陰から出てきて、気絶しているモロッゾの元に向かう。そして手加減なくゆっさゆさと揺さぶり、彼が呻き声を上げたのでとりあえずはほっとした。


「モロッゾさん、大丈夫っすか、生きてます?……あ、生きてた。よかったっすね」


 エフェルトは痛みに耐えながらなんとか、ぐぐぐ、と立ち上がって、ティムズとミリィの前にやってきた。

「よう……無事か。ガキんちょども」


 事が終わり、身体中から緊張と力が抜け、座りこんでいたティムズがエフェルトを見上げ、礼を言う。

「……ありがとう。……ええと……」「ハインだ。エフェルト=ハイン」

「ありがとう。……エフェルト」


「……ありがとう……」

 呆然としていたミリィも小さく礼を呟く。だがその視線は、森へと戻ろうとしている緑象龍に向けられていた。

 緑象龍は、身体中の傷から大量の血を流していた。先程より目に見えて酷くなっている。瀕死の状態で法術を行使した事が原因だったようだ。



 足取り重く、眼を瞑りながら歩いていた龍が、地響きを立てて倒れる。

「あっ」とミリィが声を上げて、駆け寄ろうと立ち上がった。しかし龍が向かっていた木立の先から、小さな緑象龍――もしかしたら、先日ミリィ達が送り返した幼龍なのかもしれない――が、歩き出てきてたのを見て動きを止める。


 幼龍は倒れた緑象龍の傍へと、おずおずと歩み寄って行き、倒れて動かなくなった緑象龍の傍らに寄り立った。


『うー』と小さく鳴き、倒れた緑象龍を口先で突いたり、撫でたり、舐めたり。眠っている親を揺すり起こすような仕草で、目覚めを促している。

 

 緑象龍はふっと目を開け、自分を起こそうとする幼龍の姿を見ようとして、頭を持ち上げたかった様だが、それは叶わず、やがて眠る様に目を閉じた。



 それを見たミリィが顔を伏せ、肩を震わせる。彼女の嗚咽が漏れ始めた。

「……っ!ごめん……私がっ、わたし、まにあわなかった……!」


 ティムズもエフェルトもアカムも、ミリィに掛ける言葉を見つけられず、幼い緑象龍が、か弱い鳴き声を上げながら、既に息絶えている緑象龍にすがる様を見ていた。


 幼龍は最後にもう一度『うー……!』と大きく鳴いた。

 そして親龍がもう二度と動かない事を悟ると、森の方へと向き直り、そのまま振り返る事もなく、その場を去っていった。




「…………」


 去っていく幼龍の姿を見送った全員が、それぞれの立場で何かを想う。皆多かれ少なかれ身体に傷を負っている。何かをしたいと思っても、出来る事はなかった。


 やがて、立ち尽くしたまま嗚咽を嚙み殺して静かになったミリィが、唐突に手首の伝信術符を展開し、事務的な口調で報告を入れる。


「こちらデアボラ4、死後間もないF/ II緑象龍の……遺体を発見。状態は良好。座標58-5-70。回収を申請」


「!?」

「ミリィ!?どういうつもりなんだ!何も…今すぐじゃなくたって!」

「今の…見たろ?なのにどうしてそんな…!」


 ティムズがミリィの突然の報告に驚きと抗議の声を上げる。

 ミリィはティムズの顔を見ず、冷静に緑象龍の屍を見つめたまま応えた。


「言ったでしょ。見つけたら、すぐに報告するのが、決まり」


「死後間もない物なら、血や肉も利用できる。肉は、病人や旅人に役立つ食材になるし、血は色んな薬になる」

「それは新鮮な内でなければ使えない。痛んだら使い物にならない。だから、今すぐじゃなきゃ、駄目」


「でも……」

 理屈は理解できても、あの光景を見た直後でそれを実行できるのか。

 ティムズは言い返そうと口を開くが、言葉を繋ぐことはできなかった。



 ミリィはティムズの方に向き直り、まるで自分に言い聞かせるようとするかの様に、言葉を放ち始めた。


「じゃあどうすれば良い?このまま放っておいて自然に帰す?お墓を立てて花を供える?」

「それも良いわね。でも」

「でも、で助かる人が何人か居るとしたら?をずっと待っている人たちが居るとしたら!」


 声を荒げたミリィは、息を大きく吸って吐いて落ち着こうとする。

 そして静かに言葉を続けた。


「武器や防具や兵器だけじゃない。そうやって人を助ける事も出来るから、この仕事は必要なのよ。……密漁なんかじゃそんな高度な処理は出来ない」

「だから密漁者を私達は止めるの。命を無駄にしないために」


 ミリィは、ティムズだけではなくエフェルト達に語り掛けているようだった。


 ティムズもエフェルトも押し黙り、それ以上何もう返す事は出来なかった。

 そして、そのまま黙り込んでしまった全員を、緊急事態の報を受けて飛翔してきた楊空艇……『アダーカ』の影が覆った。



――――――――――――――――



 楊空艇『アダーカ』により、緑象龍の遺体は龍礁本部の素材管理部に輸送され、解体作業が行われた。ティムズはそれを手伝うべきかどうか迷ったが、ミリィの「専門の知識と技術を持つ人達に任せるべき」という言葉を聞き、断念した。


 パシズはティムズとミリィに、命令無視を叱責する事はなかった。

 痛む足を引きずり、なんとか辿り着いた合流予定地点で事態の行く末を案じていたパシズの元へティムズ達が戻ってきて、事態の経緯を話すと「そうか」とだけ呟いた。

 ラテルホーン……パシズが出会った中でも最強の男だった。それを考えると二人が無事で戻ってきたことは僥倖ぎょうこうだったと言える。


 そしてエフェルト達は結局逃亡する事なく、龍礁本部へと戻って来ていた。ティムズとミリィを救ったのだからマリウレーダ隊による『懲罰』はチャラだろうと思っていたようだが、そもそも『逃亡』を企てた上、色々と窃盗をかましていた事を忘れており、法務部により、もう一度捕らえられて拘禁室に逆戻りしてしまった。

 

 ただ、二人を救った事も事実ではあるので、その辺はジャフレアムがなんとか上手く取り持ったらしい。結局、彼等の処分は「また保留」。今後の彼等の更生次第、という状況のまま決着し、すぐに釈放された。



―――――――――――――


 二日後の夜。


 龍礁本部施設の中裏庭で、人間の為に犠牲になった龍たちを祀る為の祭事さいじが執り行われた。定期的に行われているもので、祭祀とは言っても形式ばったものではなく、軽く黙祷を捧げる程度のもので、多くの者が参加して祈りを捧げた。


 儀典が終わった後は、裏中庭のあちらこちらで野外での食事や談話などを楽しむ者達の姿があった。火を囲んで語り合ったり、笑ったり、星空の下で思い思いに満喫している。中には歌を唄ったり、踊ったり、楽器を弾いている者も居て、普段の静かな夜とは打って変わった賑やかさが満ちていた。


 祭事の後という事もあり、様々な国、民族、人種の者がそれぞれの文化に則した礼服を着て集っている光景は、龍礁という多国籍団体の名に相応しいものだった。


「………」


 裏庭の片隅で、エフェルトがぼうっと座ってその様子を眺めている。


 その姿を見つけたティミズが、話し掛けるかどうかどうか少し躊躇っていたが、やがて意を決した様に声を掛ける。


「こんばんは、エフェルト」

「……おう」

エフェルトはティムズを横目でちらと見て、ぶっきらぼうに返事をする。


「おとといは本当に助かった。ありがとう」

「それに、ごめん。あの時は……言い過ぎた」


「……ティムズ、だっけ?気にすんな、別にあれは間違ってねえよ。俺らはクズ。そう言われてきたし、自覚もしてる」

「それでもあの野郎に比べたら全然マシだったけどな」


 騒いでいる龍礁職員たちを眺めたままエフェルトが応え、ティムズは答えに詰まる。エフェルトが自嘲するのを肯定も否定もできなかった。

 そしてラテルホーン…くずという言葉では生温い男。ティムズにとって最悪の出会い。ミリィと二人掛かりでも手も足も出なかった。

 またあの様な人間に出会ったら、と考えずには居られなかった。


 エフェルトは黙り込んだティムズの様子を感じ、話題を変える。

「……そういや聞いたぜ。俺らの『保留』を提案したのはてめーだって」


「……まあね」ティムズが頷く。


「感謝はしねーぞ」エフェルトが小さく呟く。


「…随分長く押し込まれてたと思ったら、いきなり出されて『ここで働け』。訳わかんねーよ。でも、ま、故郷くにに帰っても碌な目に合わねえし、もう成り行きに任せちまってもいいか、って気にはなってきた」

「そして龍礁ここの仕事がどんなに重要なのかって事は判った。危険があるって事もな」


 ♪――集まって騒いでいた職員達の間から、太鼓とタンバリンを打ち鳴らす音が響いてきて。わっと歓声上がる声がした。ゆっくりとした三拍子の律動リズムがどんどん大きくなっていく。その周囲の者達がそれに合わせて足踏みや手拍子でリズムを取っていた。

 

 ♪そこにまた別の男が、オーボエを吹き始め、音節フレーズを重ね始めた。

 ♪ティムズにとっては聞き慣れない異国の音楽だった。

 ♪男が軽やかに音を奏でるのを聞いた男が

 ♪ギターを持って近寄ってきて、音階を確かめるように音を重ね始める。


 にわかに盛り上がり始めた龍礁職員たちの騒ぎに、エフェルエトが呆れてみせる。

「だからこそ不思議だぜ。よくもまあこんなに呑気に騒いでられるもんだ」


「大変だからこそ、こういう時間を目一杯楽しむんだよ」

 ティムズも演奏を始めた者達を見つめる。


 ♪ギターが参加してきたことに、オーボエは笑い

 ♪今度は低い音で調スケールを変えた旋律メロディを奏でた。

 ♪『これに合わせろ』と言う表情で。

 ♪ギターも笑みを浮かべ、彼の国のものであろう旋律を重ねる。


「……誰の言葉だったか忘れちまったけど『どんな時代、どんな国、どんな者でも、人が集う場所には歌と踊りと酒がある』……まさにそんな感じだな」

「俺は酒くらいしか楽しめねえけど」

エフェルトが自嘲して笑う。


「俺は全部駄目だ」ティムズも笑う。



 ♪フルートを持った男がその軽く高い音を乗せる。更に

 ♪ビオラを持った女性も低い音階から駆け上がっていく力強い旋律で参加した。

 ♪リズムはずっと同じ拍子で続いている。

 ♪その律動は少しずつ、確かに強さを増していく。

 ♪お互いの旋律を理解した男女たちが、一気にその音量を上げた。

 ♪国も民族も違う者達が、一つの曲をその場で創りあげようとしていた。


 エフェルトはその様子を見ながら、自分の感情を推し量れなくなってきていた。

 目の前の光景の中で、楽しそうに笑い、歌い、踊る者達と、自分の人生をどうしても比べてしまう。


「俺は、まともな生き方なんてしてこなかった。色々やってきた。間抜けなアホどもを騙して、頭の悪い女を抱いて、クソ不味い酒をかっくらって、そんなくそったれな生活から、いつか、抜け出したくて、更に酷え事を続けてきた」


「……なのにどういう訳か、今はこんなとこにぼけっと座って、連中を見てる。連中の音楽を聞いてる。不思議なもんだな」


 ♪それぞれが思い思いに、それぞれの旋律を全力で奏でる。

 ♪その旋律に全く統一性はない。音量もばらばらで、どの旋律がこの曲の

 ♪主旋律なのかは、演奏している本人たちにも判っていないようだった。

 ♪調和の無い音楽。でもそれは演奏している者同士の勝負でもあった。

 ♪お互いの音を潰し合い、時に共存し、お互いの旋律かちかんをぶつけ合う。

 ♪それでも、共通の律動リズムと共有する『コード』に合わせて演奏を続ける。

 ♪何処か物悲しい短調の調しらべ。だけどそれは力強くもあるものだった。

 

 ティムズが曲に負けないように少し声を張り上げる。


「これも、誰かの受け売りだけどさ!『思いがけない所で、思いがけない人が、思いがけないチャンスをくれる事がある』」

「『大事なのは、その時にちゃんと自分の力を全て出せるようにしておくことだ』」

「『だから日々を正しく生きることに価値がある』」

「『いつか、を待たずに、今日を生きるのだ』って。」


「あんたが今ここに居るのも、そういう事なんじゃないかな。たぶん」

「……俺が居るのも、多分そういう事なんだと思ってる」


 エフェルトは眉をしかめた。ティムズの言葉に納得できるのか、出来ないのか。

 どう考えていいのか判らない。目の前の龍礁の者たちが、どうっと笑い、囃し立てている周りの輪から、次々と様々な楽器を持った人間が、即席の楽団に飛び込んでいく姿を見ていた。


「……外では戦争がおっぱじまるかも、って噂してんのに、よくもこんなに仲良くしてられるよな……」


 

 ♪やがて、その曲がティムズも知る旋律を交えたものへと変わって行く。

 ♪曲に合わせ、その場に集った者たちの中から、唄う声が響き始めた。

 ♪アラウスベリアの地に生きる者たちが知るうた

 ♪若い、老いた、男の、女の、そして子供の声もする。

 ♪その声を聞いた『楽団』の者達が、それに合わせて徐々に曲調を合わせる。


「……でも、ま、だからこそ、こんな場所があってもいいのかも知れないな」

 エフェルトがぽつりとつぶやき、ティムズも応える。

「…そう思える場所があるって事は良いことだよ」


 ティムズとエフェルトは、高らかに謳う龍礁職員達の姿を、いつまでも眺めていた。



 ♪合唱は次第に大きくなり、一つの旋律を繰返リフレインするものになった。

 ♪その場に居る殆どの者が声を上げ、足を踏み鳴らし、まるで龍が

 ♪地を踏みしめるような地響きにようにも聴こえる。

 ♪その中にも、最初にオーボエが吹き鳴らしていた旋律は確かに残っていた。

 ♪そして、乱雑で適当で、それでも全員が全力を尽くした曲は、最後アウトロに、誰もが知る讃美歌の響きを上げた。



――――――――――――――――――




 ――さかのぼり、ティムズ達がラテルホーンと相まみえた日の夜。


 ミリィは自室の浴室の浴槽で湯に浸かりながら俯いていた。

 ラテルホーンから受けた傷は幸い大したことはなかったが、首には掴まれた後のあざが浮かんでいた。


 そして、左肩…以前のF/II科莫多龍の尾撃で受けた傷と同じ場所に、複数の同じようなあざの跡が残っている。


 母親が躾、と称して棒で幼いミリィを何度も打ち付けた痕だった。

 泣いても、謝っても、哀願しても懇願しても嘆願しても、それはずっと続いた。

 家から逃げ出した直接の理由ではないが、それは今でも夢に見る記憶でもあり、身体に刻まれたしるしだった。


 しかし、今のミリィにとってはそんな過去の事はどうでも良い。

 考えていたのはあの男…ラテルホーン。


 彼の事を知っていたモロッゾから、彼がどういう人間なのかを聞かされた。

 自治兵団の団長として数多の人間を殺してきた男…そして今日に至り、目の前で龍を殺し、自分を…皆をも殺そうとした男の、最期の姿。


(…どうしよう…私は…)


 龍も人も両方とも守る、という決意でこの仕事を続けてきたミリィは、ラテルホーンが緑象龍に潰された瞬間に、自分のこころに浮かんだものを畏れていた。


 ラテルホーンの上半身が緑象龍に踏み潰され、その無残で惨たらしい死体が露わになり、それを見た時。


 ミリィの胸はすっとした。


 心の底から



 ざまあみろ。



 と、思ったのだ。











            


        第四龍礁テイマーズテイル  

          第三節『龍脈律動』

                   了

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