第三節4項「守り、守られ、守り合う」

「!!」


 ティムズは、F/ II龍の出現を報じる龍礁局員の方を見上げて身を強張らせた。

 突然の急報に意識が向いたが、それまで自分の左腕を掴んでいた力が、ふっ、と消えるのを感じ、その主…ミリィの方を振り返ると、彼女は既に駆け出していて、ティムズにその小さな背中を向けていた。


 「何を呆気ボケっとしている!行くぞ!」


 パシズが鋭く叫び、ミリィの後を追って駆け出し、ティムズもそれに続く。

 ……今度は、ヘマなんてしない。ティムズが今感じている緊張は、龍と対峙する、という事とは別の理由にも起因していた。


 ―――――――――――――—


 ミリィはレンジャー用の装備庫に飛び込んで、その後暫くして追いついてきたティムズの腕の中に、対龍戦闘用の装備を次々と放り投げていく。本来は一つ一つ、きちんと名称と数を相互復唱するという手続きが必要なのだが、火急の事態であったので、その規定手順チェックリストはすっ飛ばしたのだった。


「術符確認っ!跳躍術符、六,幻剣術符、三っ。ええとあと……!ええい!これとこれとこれっ!」

「復唱省略!さあ行くわよ!」


「跳躍ろく……ええ、良いの?規定の手続きなんじゃ」


「ゆっくりしている暇があるならね!……それ、掛けて」


 ミリィの眼が、ティムズの手元に投げ込まれていたゴーグル、を差す。

 ミリィの物とは形式が違うが、龍礁監視隊員レンジャーが任務中に使う、防塵、防風、防光、防術仕様のゴーグルだった。


「……」


 黙って頷くティムズ。

 前回とは違う。このゴーグルは、彼が初めてレンジャー、として出撃する証だと言うことをミリィは言いたいのだろうし、ティムズ自身も、それを確信していた。


 ―――――――――――――――――


 パシズは、地上の通常警備と、F/ IIクラス以下の人的被害を及ぼす龍、及び魔物、野生動物から施設と職員を直接守る任務に就く『地上警備隊ベースガード』の老隊長、カーライル=バリナスと話をしながら、本部施設に隣設された馬舎へと続く渡り廊下を歩いていく。バリナスはパシズより大分背の低い、年老いた白長髪しらなががみの男性で、第四龍礁の設立当初から警備兵として働いてきていた、龍礁最古参の人物であった。


「先日のF/ II龍の件で、北東部の農耕地にも警戒線を張ったのじゃが、応急的な措置ゆえ、粗末で精度が悪いものしか配置できず、龍種は確認できなかった」


「北東部……周辺に農林関係の従事者の居宅は?」


「古い家屋が二つ程あるが、現在居宅者はおらん。耕作中の畑があるのみじゃな」


「状況は判りました、座標をください」


「C-40-5-23」


 早足、早口で必要な情報をやりとりする二名の後ろに、装備類を引っ張り出してきたミリィとティムズが追いつく。訓練中からずっとゴーグルを掛けたままのミリィと同じく、ティムズもゴーグルを既に装着していた。パシズがそれを目で振り返り、肩越しにティムズに頷くが、ミリィには一言、「遅い。20秒」と呟いて、ミリィはぐっと歯噛みした。その様子を見てバリナスが呆れて笑う。


「もう少し弟子には寛容にするものじゃぞ」

「貴方に言われたくは無いですね」


 お互い一言ずつ皮肉めいた苦言を投げ合い、そしてすぐにまた、今回の報の対処についての話に戻る。


「通常のF/ II級であれば地上警備隊われわれのみでも対応できるのじゃが、先日出現したF/II級の話を鑑みると、念の為にぬし達にも出撃て貰った方が良いかと思ってな」


「適切な判断かと。最近は『予測外』の事が多すぎます」

「うむ」


 そして、本部施設から離れた馬舎に着いた四名は、既に馬の用意を終えて待機していた若い地上警備兵三名を加え、F/ II龍が出現したという区画へと馬を飛ばしていった。


 ――――――――――――――――


「もうすぐ現場だ、気を引き締めろ!」


 馬を早駆はやがける先頭のパシズが後続の者達に振り返り、檄を飛ばす。

 パシズを先頭に、ほぼ遅れてバリナス、そして彼の部下の若い男の隊員が三名、そしてティムズ、殿しんがりがミリィと続いている。


 ミリィが前方のティムズに追い付き、馬を寄せると、ゴーグル越しの紫の瞳を向けた。彼の身体がまた震えているように見えたからだ。

 

「大丈夫?やれるわね?」

「ああ、前みたいな事にはしない。絶対」


 ティムズは前を向いたまま、少しだけ震える声で、しかし、はっきりとした意思を示す。ミリィはティムズに更に声を掛けるかどうか迷った。気合はあっても、気負いはあってはならない。集中力は必要な時の為にとっておけ、と語ろうとした矢先。


「座標に到着した。この付近に居るはずだ、警戒を怠るなよ」


 パシズが、ミリィの言葉を遮った。


 ――――――――――――――――――――


「分担して状況を把握する。もし対象に遭遇した場合は緊急時用の伝信術を使用。合流するまでは決して単独で相手をせず、可能な限り距離を取り、危険と判断したら即離脱だ。質問はないな?」


 警戒座標近くに到着して、馬から降りた一行はパシズを中心に半円になって、彼が口早に出す指示を受けていた。各人に補足がないか尋ねたパシズに、皆が頷いて指示を了解した旨を告げる。それを受けてパシズが更に、人員割り振りを指示する。


「では、ミリィはティムズを連れていけ。バリナス老、部下を一人貸して欲しい」

「アダーランス、ぬしがパシズと共に行け。残りは私と共に」


 素早くバリナスが応じ、若い地上警備隊員たちがそれぞれ返事をする。


「はっ!」「はい」「判りました」


「では、散開。何事もなければ十分後、此処で」


 パシズが先程とは違い、抑えた声で呟く。先に気取られてはならない。

 もう、ここはF/ II龍の餌場なのかも知れないのだから。


 ―――――――――――――――――


 ティムズとミリィが林を抜けると、デントコーンが栽培されている畑に出た。

 背の高い草体が茂る畑は、先が見通せなかったので、二人は警戒しながらその縁を大きく回り込む様に進んでいく。


 そして、畑の反対側で小さく葉が擦れる音がしたことに、ミリィは足を止めると、背後のティムズに手だけで「こっち」と合図して二人は静かに畑の中に忍び入り、その音源の方へと向かって行った。


 全面が緑に染まる視界の中を、ゆっくりと進んでいくティムズの心臓が、葉擦れの音が大きく、近くなってくるのに比例して、段々と鼓動を早めていく。


 やがて、その音の主はもうすぐそこに居る、と判断したミリィが、手信号ハンドサインでティムズを制し、一人で緑の壁の向こうへと歩を進めていった。ティムズは跳躍術符を展開させて腰を落とし、何が起きようともすぐに動けるように緊張を漲らせて待ち構えていた。


 そして、ミリィの声がする。


「あっ」

「―—!ミリィ!!」


 反射的に叫んで、ミリィが抜けた緑の壁の先へと跳び入るティムズ。

 その目に飛び込んできたのは、気を抜いた立ち姿のミリィと、その先でのんびりと、大人しくコーンの葉を食んでいる、龍の姿、だった。


 ――――――――――――――――――――――――


 ミリィが飛び込んできたティムズに、静かにしろと小声で囁く。


「(……しー!静かに!驚かせちゃ駄目!)」


 ティムズは、そのF/ II龍に目を見張る。

 先日交戦したものとは全く似ても似つかない龍だ。


 頭部は蜥蜴のものと近いが、全体的に丸みを帯びていて、丸い瞳は黒く…つぶらな、と表現してもいいくらいに…単純に言うと、可愛いかった。身体全体はどちらかというと哺乳類の体躯に近く、目算で体長は5mほど、体高はティムズより若干低いくらい。全身が暗い灰色がかった緑色の鱗に覆われており、頭部に前を向いた短い二対の角、口元に牙、そして後頭部から背中、尻尾にかけて、背びれ、に近い形の棘が生えている。どの部分も太く、丸く、むくれたような短い前後脚で、ずっしりとした身体を支えていた。


 ずんぐりむっくり、という表現が一番正確だろう。一見、とても危険そうに見えない愛嬌のある龍…それはまるで子供の玩具ぬいぐるみの様な風体…だったが。


「……!」


 それでも前回の死闘の記憶が新しいティムズは、幻剣符を発動して構え、戦闘体勢を崩せないでいた。ミリィはそんなティムズの様子を見て、ゴーグルを上げると、困った様に笑う。

 

「……まあ、こないだあんな龍に出くわしたあとだしね…でも、この子は大丈夫。ほら、見てて!」


 そう言うと、ミリィはすたすたとその龍の元へと歩いていく。


「ミリィ、何のつもり…」


 動揺しているティムズを尻目に、ミリィはそのF/II龍へ近づくと、その左前脚の付け根に右手を伸ばしてゆっくりと撫で始めた。しかしF/II龍は気にも留めてないらしい。相変わらずコーンの葉へ首を伸ばし、味わう事の方が大事な様だった。


「この子は確かにF/ IIクラスだけど、草食龍一種一項非干渉、緑象龍……の幼体、だと思う。大人ならこの三倍はあるはずだし」

「あと、ちっこいけど角があるから、角象龍、って言われたりもするわね」


「え?あ、ああ。これが?そうなんだ……」


 資料室での『学習』で、龍礁に暮らす確認済みの龍種についての知識は幾らか得ていたティムズが納得する。しかし書物にあった挿絵とは全く違う。


「うん、普段はレベルBの外周部で群れを作って暮らしてるんだけど…はぐれちゃったのかな?それともただ美味しそうな物を探して散歩してきただけ?」


 ミリィが緑象龍に笑いながら話し掛けるが、龍は相変わらず草を食むのに夢中で、ミリィに気付いてもいないようだった。そして、別のコーンの草を味わおうと、体勢を変える…その拍子に、左前脚で、ミリィの右足先を、踏んづけた。


「いっ……たい!!いたいいたいいたいいたい、ちょっと!踏んでる!いたい!」


「み、ミリィ!?」


 自分で驚かせるなっつってたのに、大声で叫び、ばしばしと緑象龍の左肩部を叩くミリィ。ばしばし。これには龍も少し動揺したようで、喚くミリィをちらと振り返り見て、あっさりと左前脚からミリィを開放した。ティムズが慌てて近くに寄ると、痛みで疼く右足先を手で抑え、片足でぴょんぴょんと跳ねるミリィが、涙を少し浮かべつつ、軽く龍を睨んでいた。幸い、地面は畑の柔土だったので大事には至らなかったようでティムズはほっとする。


「いたたた……もう!気をつけてよお!」


『いや気を付けるのは君のほうじゃ』とティムズが口に出しかけたが、ミリィもすぐにそう思い直していたらしく、龍の左肩にまた軽く手を触れながら謝りの言葉を掛け、そして小声で言い訳する。


「……気を付けるのは私の方だった。ごめんね、叩いちゃって」

「……でもほんとに痛かったのよぉ……」


 緑象龍はそれでもまだコーンの葉を食み続けていた。そんなに腹が減ってるのか?とティムズは少しこの龍に呆れる。何故か「ごはん」をたらふく口にするミリィの姿と笑顔が浮かんだが、それは彼女には伝えては機嫌を損ねる事になるだろうと、ティムズが思った時。


「ミリィ!どうした!?」


 先程ミリィが上げた悲鳴を聞きつけたパシズが、太い声を轟かせながらその場に飛び込んできたので、ティムズとミリィは同時にパシズの方を向いて、人差し指を口に当てて「(しーっ!)(しーっ!)」と彼を制した。二人と、龍の姿を見たパシズがその場でずざざっ、と止まり、安堵したように息を吐く。


「ああ…そいつだったのか…」

 

 パシズの太声にまた多少の反応を見せたものの、緑象龍は少し顔を上げただけで、それでも三人を無視して、恐らくその龍にとっては『デザート』であるらしい、コーンの実を齧り始めたのだった。


 ―――――――――――――――――――――


「人騒がせなやつだ…と言いたいところだが、大事なくて良かった、としよう」


 パシズの後にこの場に到着したバリナス以下、地上警備隊の3名も加わった一同が、『食事』を終えて眠そうにこっくりこくりと頭を上下させる緑象龍を、皆で囲んで観ていた。ミリィは後ろ手を組んで、その周囲を興味深そうにうろうろと回り、龍の様子を楽しんでいるようだった。


 ティムズと若い地上警備隊員も、龍の様子を見て口々に感想を述べている。


「しっかしまあ、ほんと丸っこいなこいつ」

「こんなんで本当にF/ II級なのか?」

「でもこんなのが突っ込んで来たら普通に死ねそう」


 すっかり気の抜けた雰囲気になっている一同に、パシズが気を引き締めよといつもの厳めしい口調で、はっきりと告げる。


「さて、処置について決めなくては。被害は軽微ではあるが、食害事件として処理を行わなねばならない」


 パシズの言葉に、眠気と闘う龍の姿を見て微笑んでいたミリィが、少し表情を曇らせる。しかしそれ以上に過敏に反応したのはティムズの方だった。鋭くパシズを振り返り、「まさか」といった表情そのもので見つめる。先日のF/II龍の末路を思い出したからだ。そんなティムズの顔を読んだパシズが、説明をやり直す。


「いや、殺しはしない。ただ、一応は農作物の食害に当たる為、一定の打撃を与えて、今後、人間の生活地域に出てこないように………」


 パシズの言葉が途切れる。

 今度はティムズとミリィだけではなく、バリナスも、地上警備隊員たちも、パシズの顔を見ており、パシズは言葉に詰まっていた。皆の言いたい事は判っているつもりだった。だがしかし。


「―—龍礁法規定に則り、農作物の食害を起こした龍に対する対処は定められていて」

「こんなに可愛いのに?誰も傷つけてもないのに?」


 それでも規定に基づいた対処、についてパシズが続けようとするが、ティムズが半ば怒りに震えた声でそれを更に遮る。信じられない、と言わんばかりに。

 パシズは一旦目を閉じ、再び開けると、彼を諭すように静かに応える。


「……ティムズ」

「愛嬌があるかどうかは、人間だけが持つ勝手な価値観だ。人里で楽に食料を得られると知った野生の獣は、どんどん人里へ出てくるようになることは知っているな?そうなれば更なる被害が出る可能性が高まっていく」


「だから、身体に影響がない程度に痛みを覚えさせて、再発を防ぐ。それが規定だ」


 パシズの言葉に、それを覆そうとティムズが強く呟く。


「……規定?それも人間側の勝手な価値観、って奴じゃないんですか」


「…それを持っているからこそ、人は人足りえるのだ。利いたふうな口を聞くな、小僧!」


 冷静に語っていたパシズが語気を荒げて、ティムズに反論する。

 ティムズはそれでも物怖じせずにパシズを真正面から見据えていたが、龍の傍に居たミリィは、まるで自分が怒られているかの様に、びくっ、と身体を竦めていた。


 その時、それまで静観していたバリナスが唐突に口を挟んだ。


「私の経験上」

「この程度の被害では食害、とは言えぬな。たかがコーンの20本や30本くらいを損じたところで、糧食部の連中は『じゃあその倍作ってしまえば良い』とむしろやる気を出すじゃろうて。畑を移してでも。龍礁われわれはずっとそうやってきた」


「!……バリナス老……」


 突然の介入に戸惑うパシズを尻目に、バリナスはティムズとミリィを見比べつつ、パシズに語りかけ続ける。


「良いではないか、時には感性に素直に従っても。確かに人は法に拠り1つの正義を得たし、この龍礁も法に拠って作られ、それを守り、守られている。じゃが、君たちは法があるから、龍たちを守りたいと思っているのかね?そうではないじゃろう」

「ぬしたちは、今この世界に生きるどんな人間よりも、龍に近い存在で在るし、そう在るべき…そう在ってほしい、と思っているのじゃが」


「……」


 ティムズは、突然のバリナスの言葉にどう反応して良いか判らず、戸惑っていた。しかしパシズの態度からするに、パシズへの発言力を持つ人物だったようだ。ミリィも同じくバリナスを見つめていたが、まるで厳しい父親に怒られていたところを、普段はもっと厳しいはずの祖父がかばってくれた、という意外そうな、けれど嬉しそうな顔をしている。

 

「……判りました、では」


 パシズは暫く思案していたが、やがて、彼なりの妥協策、を見出したようだった。

 ミリィの方を向いて、普段より遥かに厳しく、威圧的な口調で言う。


「バリナス老に免じ、今回の件は食害と見なさず、通常の接近遭遇事例として扱う。しかしまた同様の事件……この個体が更なる被害をもたらした場合……ミルエルトヴェーン。お前にこの龍に対しての打払うちはらい命令を下す。それでも良いな?」


「……!うん、それでいい、それで……」


 ミリィの顔がぱあっと明るくなり、パシズを嬉しそうに見るが、その厳しい表情と、覚悟を求める目に、表情を引き締めると、胸に手を当てて、本名をはっきりと名乗り、言葉を上げた。


「………はい。ミルエルトヴェーン=イェルテ=シュハル。その時は…責任と覚悟を以って、命令に従う事を誓います」


「宜しい。では後のことはお前とティムズに任せる。……私達は先に戻る」

「行きましょう、バリナス老」


 そう言うなりパシズは踵を返し、その場を去っていくパシズの後ろ姿に、ミリィが凛とした了解を返し、そして小さく呟いた。


「はい」


「……ありがとう、パシズ」


 パシズは振り返らなかった。

 ティムズから彼の表情は見えなかったが、何故かその足取りの一歩一歩が、彼の怒りを表す切れ切れの口調と同じ様に感じていた。彼は今、何を想っているのだろうか。


 ふむ、と首を竦めたバリナスも隊員に声を掛け、パシズの後に続く。


「では撤収。我々は通常警備に戻ろう。……アダーランス、それはよせ」


 自分も緑象龍の頭を撫でてみようとそろそろと近づいて腕を伸ばしていた、若い男性隊員がびくっ、と止まり、バツが悪そうに、既に背を向けて歩き出していたバリナスの後へと続いた。その後ろ姿にも、胸に手を当てたままのミリィが感謝の意を示す。


「……ありがとうございました、バリナスさん」


「………」


 ティムズもそれを見送っていたが、目線はずっとパシズの後ろ姿を追っていた。

 何処か怪訝な表情で。疑惑というには余りにも不確かな、淡い予覚を抱いた目で。

 彼は絶対に、決して、悪人ではない。それはこの3か月の付き合いで十分すぎる程に判っている。


 それは確かだ。だけど。


 彼は何かを隠している。


 ―――――――――――――――

 

 龍礁本部への帰途、ゆっくりと馬を並べて進ませるパシズ、バリナス。

 その背後から地上警備隊員たちは雑談しながら着いてきていた。


「いやあ、あの龍は可愛かったなあ」

「いやお前、龍じゃなくてずっとミリィのこと見てたろ」

「うるせえ!」

「いいなあ、あいつ。ミリィと最近ずっと一緒にいるみてーだし」

「そう思うならお前もマリウレーダ隊に志願しろよ」


「……。それは……流石にな……」

「(おい、パシズに聞こえるぞ…)」


「………」


 ――――――――――――――――


 背後の隊員たちの声が聞こえていたかは定かではないが、あの場を離れて以降、パシズはずっと静かな怒りを含んだ無言で、何かを考え続けている様だった。


 暫くその横で黙っていたバリナスが、また唐突に口を開き、語りかけた。


「……パシズ、ぬしの云いたい事も判る。法や規定、規則といったものが何故存在するか…何故それを遵守しなければならないのか。それは只の規則だからというだけではなく、数多の人の血や涙で記されてきたものだから、ということ。…不幸な悲劇、を繰り返さぬ為にな」


 パシズも小さく、しかし重く、呟き応える。


「…その通り、です」


「しかし、そればかりに囚われていた故、私は過去に過ちを犯した。大勢が犠牲になった。それもまた繰り返しては為らないものじゃ。それも判ってくれるな?」


「……ええ」


「………」

「守る為に守った故、守るべきものを失う。守る為に守らなかった故、守るべきものを失う。どちらもまっこと悲しいことじゃの。のう?パシズ」


「…………」


 パシズ=バルアは答えなかった。


 ――――――――――――――――――




 カーライル=バリナスは…45年前、かつてはレベルBの中央部に在った龍礁管理局の本部施設を龍の大群が襲い、職員のほぼ全員が死亡した事件の、数少ない生き残りの一人だった。彼が当時の詳細な様子を他人に語る事は、一切なかったという。

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