21. 共存

「暴食」を仲間に引き入れた日の夜。

 リチャードは再び、以前とよく似た夢を見た。

 まるで一枚の絵のように、草原の中で枝を広げる樹木、茜色に彩られた空。 深紅のドレスを着た女……。


「なぁ……どうして、アイリスは『色欲』のあんたと似てるんだ?」


 リチャードの問いに、クリスは寂しげに微笑んだ。


「あの子は私の『器』になる予定だった」


 ──クリスが身体を失ったから、わたしはここにいるの


 かつて、アイリスはリチャードにそう語った。


人造人間アンドロイドの容れ物を作って、そこにあたしが入る予定だったのさ」

「……だから……よく、似てるのか」


 リチャードは呆然と呟く。

 似ている、という表現もおそらくは正しくない。……似せた、という方が、より正確なのだろう。


「でも、あの子には感情エラーが生まれちまった」

「エラー……か……」


 無駄な機能。

 アイリスは、自らの感情をそう表現した。


「……あたしはあの子に、情が湧いちまった。それだけのことさ」


 草原を風が吹き抜ける。

 アイリスよりも短い、漆黒の髪が揺れる。


「リチャード」


 光が覚醒かくせいを促す瞬間、リチャードは、クリスの切実な懇願を聞いた。


「どうか、あの子を…………幸せに──」



 

 ***


 


「……朝、か」

 

 クリスのセリフを全て聞き終わる前に、リチャードの意識は覚醒した。

「悪魔」と呼ばれる存在は、人智を超えた力を持ち、「特定の欲望が増幅ぞうふくする」という、歪んだ精神構造を抱えている。


 ……けれど、彼らには情がある。下手をすれば、「洗脳」によって「個」を消された「一般的な人類」よりも、よほど──


「何じゃ、浮かない顔じゃな」

「うおっ!?」


 思案にふけるリチャードの前に、ケリーがひょこっと顔を出す。


「い……いつの間に……」

「ロックをかけ忘れておったぞ。不用心じゃのう」


 呆れたように腰に手を当てるケリーの頭の上で、オウム姿のパットがすやすやと眠りについている。

 「いやいや、かけてなくても勝手に入るなよ」……と突っ込みたい気持ちを、リチャードはぐっと堪えた。


「……ともかくじゃ。アレックス……じゃったか。奴の『兄』を助けたいとは、大きく出たのう」

「今のところは厳しいとはいえ、いつかは世界連合に楯突たてつくつもりなんだろ? じゃあ、不可能だなんてみみっちいこと言ってられねぇよ」


 あの後、雛乃もアレックスに「時間はかかるかもしれないけどね」という注釈付きで彼の「兄」の救出を約束した。

 アレックスの方も、不安そうにしながらもぎこちなく頷いていた……と、リチャードは記憶している。


「……それに、アレックスを仲間にするには必要な交渉だったろ。あの子が、他の話に聞く耳を持ったとは思えねぇし」

「そうじゃな。『兄』をダシにすることで、上手く事が運んだと言えよう」


 ケリーの表現に眉をひそめつつ、リチャードはぼやくように言葉を紡ぐ。


「ただ……上手く行きすぎなんだよな。今のところ」

「ふむ?」

「俺の『仕事』、さっそく終わりそうだし」


 これで七体の「悪魔」のうち、「嫉妬」および「憤怒」以外の全員が仲間に加わったことになる。

 リチャードは「嫉妬」の勧誘には失敗したものの、短期間で「傲慢」および「暴食」を仲間に引き入れた。雛乃にも、「上々の成果だ」と言われている。

 ……が、リチャードの言葉に、ケリーは嘲るように口角を吊り上げた。

 

「ほう……分かっておらんようじゃの」


「ん?」と首を捻るリチャードに向け、ケリーはニヤリと笑う。


「そう思うなら手を抜いてみるが良い。わしは即刻そっこく反旗はんきひるがえすぞ」

「……前言撤回。まだまだ働かなきゃっぽいな……」


 リチャードは「悪魔」たちとの折衝せっしょう役。

「仲間に引き入れる」だけでなく、関係性を良好に保つのも、彼の仕事のうちなのだろう。


「ほれほれ、早く『暴食』の元に行くが良い。奴もかなりの曲者くせものじゃぞ」

「へ? 何でだよ。大人しそうないい子じゃん」

「油断するでない。食糧から備品まで、すべて食い尽くされても知らんぞ」

「……あっ」


 ケリーの忠告に、リチャードは慌てて倉庫の方へと向かう。

 アレックス自ら「ここに……いる……」と申し出たのだが、あれはもしかすると、「食糧」に目がくらんだ可能性も……


「……ああ、やっと来てくださいましたか」


 倉庫に辿り着くと、片腕からコードを覗かせたロビンがにこやかな笑顔でリチャード達を出迎えた。

 その足元では、アレックスが青ざめた顔で正座している。更にその視線の先には、無惨にもコードが剥き出しになった腕が転がっていた。


「……その腕……」

「メンテナンス中に損壊そんかいいたしました、『身体』の一部でございます」

「あっ……齧られたってこと……?」


 リチャードの言葉に、ロビンは相も変わらず爽やかな笑顔で「左様でございます」と答える。


「ごめんなさい……」


 アレックスの方はと言うと、神妙しんみょうな顔で謝罪しているが、口元からはヨダレがだらだらとあふれ出している。


「……食べちゃ……ダメ……?」

「ダメだよ!?」

「でも……お腹すいた……」


 ロビンの腕をじっと見つめるアレックス。

 リチャードの額から、冷や汗がダラダラと吹き出した。

 

「ま、待ってろ! アイリスに何かないか聞いてきてやるから!」

「……うん……がんばる……じゅるり」

「ロビン! 俺が帰ってくるまで頑張れるか!?」

「承知いたしました。それではヒナノ、もしくはセドリックに『メンテナンス箇所が増えた』『これからも増える予定』との旨、ご報告ください」

「ごめんって!!!」


 その後、雛乃の提案により、アレックスはゴミ捨て場の近くで待機することとなった。

「いや可哀想だろ」とリチャードは難色を示したものの、アレックス本人は大量の「ご飯」を前に目を輝かせたという……


「『悪魔』を味方にするとは、こういうことじゃ」


 疲れ果て、私室に戻ろうとするリチャードにケリーが声をかける。パットはというと、今度はモルモットか何かの小動物に姿を変え、相変わらずすやすやと眠りについていた。


「わしらはヒトの器には収まらず、ヒトの理解の外側におる」


 悲哀か、嘲笑か。

 彼女の言葉に込められた意図を、リチャードはまだ読み解けない。

 

「……それでも、できる限りのことはするよ」


 理解できなくとも、理解しようとすることはできる。

 完璧な対応はできなくとも、歩み寄ることはできる。


「せっかく、『仲間』になってくれたんだから」


「個」を葬られた世界で生きてきたリチャードにとって、「仲間」という存在はそれだけで眩しく、尊いものだ。

 

「……ふむ。悪くない心がけじゃの」


 ケリーは尊大に、それでいて満足げな笑みを浮かべた。

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