17. 戦線離脱

 破壊し尽くされた集落にて、戦いは続いていた。

 積み重なった屍達を一瞥いちべつし、レヴィアタンは片手の拳を小さく握り締める。


「まだだ」


「処刑人」……レスターはなたを振りかぶり、レヴィアタンの頭に向けて振り下ろす。

 レヴィアタンはその鉈を素手で受け止め、増幅させた腕力で無理やり押し戻した。


「……ヒトの身とは思えぬ力よ」


 吐き捨てられた言葉に対し、レスターは無表情のまま答える。


「そうか」


 短い返答の後、またしても重い一撃がレヴィアタンの頭上に振ってくる。間一髪でかわし、鋭い蹴りをレスターの顔面に叩き込む……が、レスターの方も間一髪でそれをかわした。

 ……と、その時。レヴィアタンの口から、ノイズ混じりの声が響く。


「……もう……大丈夫……です……時間は、稼げました……。


 ……ふん、ならば早く行け。『守りたい』のであればな」


 ロビンの報告を聞き、レヴィアタンは即座に脚に力を込めた。

 高く飛び上がり、崩れかけた建物の上へと着地する。


「なんだァ?」

「ただ今、『強欲』は私から意識を遮断した。


 我ら、再び二対の異形となれり。我は安堵あんどに包まれ、歓喜に震える。


 異物は消えた。これより私は、思う存分貴君への妬みを晴らすことが出来よう……!」


 赤い瞳が爛々と輝く。

 真っ赤な髪を振り乱し、「嫉妬」の悪魔は全身に殺意をみなぎらせる。


「……へェ」


 レヴィアタンの宣戦布告を聞き、レスターは小さく呟いた。

 視線は仮面に隠され、どこを向いているのか分からない。


「そりゃァ……」


 レスターはニヤリと笑い、鉈を持ち替え……


「だりィな」


 どっかりと地面に座り、そのまま


「……。何をしている


 我は首を捻り、相手に問う。理解不能なり」

「付き合ってられるか」


 レスターはぼりぼりと無精髭の伸びた顎をかき、そのまま欠伸あくびをしてのろのろと立ち上がる。

 向かう先には、満身創痍まんしんそういで地に伏したフランシスがいる。


 レスターは片方の手で鉈を引きずり、片方の手で動けないフランシスの首根っこを掴んで引きずり、あろうことかそのまま帰路につき始めた。


「嗚呼……また、悪い癖が出てしまいましたわ」


 フランシスは、引きずられながらぽつりとぼやく。


「この方……やる気を失うのが早すぎますの」

「な……ッ!?


 我は目を見開き、怒りに悶える」


 レヴィアタンは激昂し、カッと目を見開く。

 それでは、彼らの中の「嫉妬」は満たされない。


「待て……! 私は貴君をほふらね……ば……、……っ、ぐっ!?」


 レスターの背に向けてレヴィアタンは叫ぶが、突如身体のバランスを崩し、膝をついた。

 やけに、重い。まるで、全身に重しをつけられているかのような……。


「……バッテリーが不足していたか……?


 我、ダメージ蓄積の可能性を進言す。無理な攻撃は非推奨。


 ……く……っ! みすみす逃がせと申すか……!」


 その言葉も既に聞こえていないのか、レスターはフランシスに向けて、独り言のように問いかける。


「リリー」

「レスター様、わたくしはフランシスですわ」

「どっちでもいい」

「良くありませんわ。どうせ、テレーズのこともそう呼ぶでしょうに」

「……テレーズ……?」

「さては、忘れていましたわね?」


 片方は引きずり、片方は引きずられながら、フランシスとレスターは互いに適当な言葉を交わしあっている。


「……ッ」


 再び、レヴィアタンの視界に人間とアンドロイドだった者達の屍が目に入る。血を流す手を握り締めた瞬間、「彼」は強烈な違和感に目眩を起こした。

 この短期間。あまりに多くのことが起こりすぎた。

 膨れ上がった情報の処理が追いつかない中、記憶の断片がフラッシュバックする。


 ──わたし達に固有名は与えられていない。わたしは番号023。こちらは024。


 並んだ二人の少年と少女。

 スーツ姿の青年が、言葉を返す。


 ──……そうでしたか。それなら、私が名乗りましょう。私の名前は……


「私の、名前は……」


 低い声が、虚しく空に消えていく。

「嫉妬」の片割れは、沈黙を守っている。


「……何だったのだ……?」


「悪魔」は、人間としてのことわりを奪われた者達だ。

 一つは生、一つは死。

 一つは、「名前」……。




 ***





「……この仕事、お嫌いのようですわね」


 フランシスの問いに、レスターは相も変わらず短く返答する。


「かもな」

「そもそも、戦いがお嫌いなのではなくて?」

「……。さァな」


 レスターの表情からは、感情を読み取れない。

 目元は隠され、口元もほとんど動かない。

 フランシスもそれ以上は興味も関心もないのか、黙って運ばれるだけだった。


「あっ、レスター! フランシスぅ!!」


 遠くから、甲高い声が二人を呼ぶ。

 ぶんぶんと手を振る影を認め、フランシスは大きくため息をついた。


「……やかましいのが来ましたわね」


「転びますよ」と忠告するケビンを差し置き、テレーズは二人の元へ全速力で駆け寄る。


「うわ、また怪我してんじゃん!」

「貴女の知ったことではありませんわ」

「聞いてよフランシスぅ! ワケわかんないことばっか言われちゃってさぁ!」

「そうですの。もしかして、分かっていないのは貴女だけでは?」

「何でそういうこと言うの!?」


 フランシスにじゃれつくテレーズと、面倒くさそうにその手を払いのけるフランシス。

 そこで、ケビンが息を上げながらテレーズに追い付いた。


「……! 今回もまた、酷い怪我ですね……。撤退の判断に間違いはないでしょう」


 フランシスの様子を見、ケビンは痛ましそうに眉をひそめた。


「フランシスの安全を優先してくださり、ありがとうございます」


 穏やかな笑みで礼を言うケビンに対し、レスターの表情は一切動かない。


「疲れただけだ」


 感情の見えない声で、レスターは一言だけ答えた。

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