Zoomな人々

 テレワークとか在宅勤務とかいった言葉が世間一般に使われるようになって久しい。フランスでは年末から新年にかけて、いったん収束しかけた感染症がまた拡大してしまった。しかも今度は規模が桁違いだ。なのでいったん通勤に戻りかけた仕事がまた在宅へシフトすることになってしまった。例にもれず、自分もそのあおりを受けている一人である。今のところ通勤する日より家で仕事する日の方が多い。


 二年前までは知りもしなかったウェブ会議ツールとやらも、今や当たり前の手段になった。マイク付きのイヤホンを耳に突っ込んで画面越しの相手と話すなんて苦手だと思っていたのに、必要に迫られて使っているうちにいつの間にか違和感がなくなった。慣れとは馬鹿にできないものだ。


 色んなツールがあるようだけど、仕事で使っているのはZoomである。

 サイトのイメージにあるのはお洒落な空間でにこやかに話をしている人たちだが、現実は散らかったアパートの中で顔色の悪い自分を人様に晒す画像である。しかも僕の机は居間にあるので部屋がまる映し。壁を背にしてもいいのだけど、いちいちパソコンを動かすのが面倒なのと、どうせ相手は「きったないアパートだな」と思うぐらいで、さほど他人の部屋に興味はないと思うので、そのまま構わずにやっている。


 自分の家を見せることに抵抗のない人が多いのか、Zoomの相手はほとんど僕のように住処を映しっぱなしである。だからちょっとしたお宅訪問のような気分になる。その人の趣味や暮らしぶりが垣間見られて面白い。

 シンプルなアパートの壁に小ぶりな白黒写真や楽器が飾ってあったり、ユニークな間接照明が置いてあったりすると、さすがお洒落だなあと感心する。かと思えば崩れそうな戸棚が後ろに見えるような生活感にあふれた部屋もある。ミャアというかわいい声とともに猫が横切ることもある。そんなときは、悪いなと思いつつも親しみを感じながら後ろの様子を拝見してしまう。


 それでもたまに自分の部屋を見せたくないのか背景を変える人もいる。前にひとりだけお花畑から参加してきた人がいたが、それだけでこみ上げて来るものがあり、どうにも話に集中できなかった。あと後ろをモザイクにしている人もいた。これは動くとその人の輪郭もモザイクになるのでちょっと怖かった。


 僕はまだ長く使っているとは言いがたいが、最初のロックダウンになった頃からウェブツールを使っている人はすっかりベテランだ。しかも仕事場は自宅。そのため少しずつ緊張感が薄れてくるのだろう、くつろぎモードで参加している人もいる。

 こないだは、数人いたうちのひとりの画面がやたら白いなと思ったら、悠々と電子タバコをふかしておられた。けむりの波がふわあっと画面越しに揺れている。そこだけリラックスタイムか。余裕だねえ、おれも吸っていいですかと言いそうになるのをこらえた。いくら自宅とはいえ、ここは一応けじめをつけるのが大人というものだ。

 若くて見た目もイケてるのに、かならずトサカ頭で登場する人もいる。コーヒー片手に寝起きか。毎回この調子なので今日はどれぐらい逆立っているのか楽しみになる。


 それでも電子タバコや寝ぐせなんかは大したことではない。

 つい最近、これぞ在宅ワークのプロというのを知った。


 その方は五十代ぐらいの恰幅のよい、ちょっと強面の男性である。眼鏡の奥の眼がするどく、朝から晩まで休みなく働く仕事の鬼だ。

 だがその顔の怖さとは反対にユーモアに富んだ人でもある。僕がコロナに感染してしまったときのこと。ほとんどの人は「大丈夫?」とか「働けるの?」とか訊いてくれたのだが、その方は、僕が「実は陽性なんです」と言った途端、おもむろにマスクを取り出してつけて見せたので、思わず吹きだしてしまった。そういう冗談が上手い人なのだ。


 先日もこの方と一対一で話していた。真面目な話をしているところに、後ろのドアがかすかに開いて奥さんが顔を出し、なにかすごく困った様子で夫を呼んでいる。彼はしょうがないなという顔をして、「五分待ってくれる?」と言い残し、そのまま席を立って部屋を出て行った。


 その後ろ姿を見て目を疑った。

 背中にマンガのイラストがでかでかと入ったTシャツはいいとして、あろうことか下がトランクス一丁だったのだ。


 出た、究極の在宅勤務。


 僕は彼が戻ってくるまで顔を上げることができず、ずっと震え笑いしていた。さすがだ。在宅ワークのプロとはここまで省略できるものなのだ。

 そういえばロックダウンが始まった頃に、上だけ服を着て下はパンツというギャグがSNSあたりで流行っていたけど、これを地で行く人は初めて見た。強面の仕事の鬼の下半身にはこんな余裕な素顔が隠されていたのだ。


 だけど、席を立つときはビデオ切ってくれないかな。見たくなかったよ。あるいはこれも彼一流の用意周到なギャグだったのか。それともこのスタイルに慣れすぎて、自分がパンツ一丁だということすら忘れていたんだろうか。


 以来、僕は画面越しにこの方に会うたびに、頭の中の残像を消そうと必死なのである。


 フランスの人は個性が強いが、在宅スタイルもそれぞれ自己流なんだろう。まだしばらくはこの状況が続きそうなので、今度はどんなZoomな人々に出くわすか、緊張する反面、ちょっと楽しみでもある。


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