どうせ死ぬつもりだから、ブラック企業で働くことにした

乃木希生

どうせ死ぬつもりだから、ブラック企業で働くことにした

「もう生きることに疲れたな。」

俺は30数年間生きてきて、この先50年以上もまだ生きるかもしれない未来に絶望するしかなかった。だから、自殺することにしたんだが、周りの人間に対して悲しい思いや自責の念を抱かせることになるかもしれないという思いが頭をよぎってしまった瞬間、躊躇してしまった。


「死に損なったな。」

一度、死ぬと決めてしまった手前、もう一度活力を持って生き直すということに違和感を感じた俺は社会の為に、この命を使おうと思い始めた。


『自殺することに違和感を感じず、かつ社会にとって意味ある命の使い方は無いものかな。」と考えていた時、ふとテレビで長時間労働によって命を絶った人の遺族が会見を開いている様子が目に入った。


「これだ。」

俺は思わず大きな声をあげた。『俺がブラック企業と呼ばれている企業に入社して、世の中に実態を晒し続け、最終的に死にたくなったら死ねる。これこそ、俺の命を社会のために使える最高の生き方だ。』と思った俺は、パソコンを開いて隠れブラック企業検索を始めていた。





それから数年後。


俺は未だ、この世の中にしつこく生き続けている。多数の経営者に恨まれ、毎日のように脅迫状が届き、数多くの訴訟を抱えながら、時には襲撃にあい病院送りにされたこともあったが、それでも俺は元気に生きている。


もう今の俺はブラック企業で就職することが出来ないくらいに顔と名前が割れてしまっている。しかし、当時の俺と同じように『どうせ一度は捨てた命だから、社会の為に使えるなら使いたい』と考え、俺の活動に賛同してくれた人たちが俺の代わりにブラック企業に入社しては、世間に実態を晒し、ブラック企業を抹殺するための情報を提供し続けてくれている。


ただ、これだけ世間にセクハラ・パワハラ・長時間労働など労働問題で自殺する条件を備えている会社がいると訴え続け、その度にマスコミによって広く報道されていても、日本からこの問題が消え去ることは無いらしい。


だから俺はブラック企業を潰すことに加えて、自殺の認可制という仕組み構築に向けて動いている。


「ここに行けば自殺することを許してもらえる」


そういった最後の逃げ道をルールとして作ってあげるだけで、意外と人は救われると信じている。


学生の頃、『部活を辞めたい』と思っていても、親や教師から『簡単に物事を投げ出すな』と教育されていれば、『辞めること=悪』だと無意識に考え、逃げ道を塞がれ、自分で導き出した答えが退部ではなく、自殺という人たちがいるように。


もちろん、『自殺することを許す』は建前であり、裏側ではカウンセリングや自然の中で生きることを通じて、死ぬことを諦め、再び生きる目的を見いだすことを目的として運営することを目指している。


これが実現するかどうかは分からないが、やってみる価値や意義はあると思っている。


「死にたいと思った時、死ぬことを否定せず、肯定してくれる社会」


この価値観を俺はこの命が尽きるまで社会に浸透させるために全力で生きようと思う。

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