バレンタインデーの昼

 その日は、お昼の一時から夕方六時までのシフトに入ってました。わたしのもうひとつのアルバイト先、駅近くのカフェダイニングのお店です。ホール担当です。ぐぬぬ……今日は二人しかいません、ホール担当。そして世の中はバレンタインデーです。バレンタインデートなカップル、もとい、お客さんがちらほら来てます、来てます。ぐぬぬ……。


「え~どれにしよっかあ~」

「え~今日はやっぱりこれでしょお~」

「「チョコフォンデュくださあ~い」」


 かしこまりました……。

 今日だけの特別メニューということで、チョコフォンデュを出してるんです、うちの店。あ、今日だけ、じゃなくて今この時期、でした。期間限定ということです。そして今日はまさしくそのバレンタインデーです。こんな感じのカップルが、多分、多いです。目についちゃうだけかもしれませんが……。


「チョコフォンデュなんて、お酒に合いませんよね……?」

「どうしたんですか大道寺さん? また腹ペコですか?」

「あっ、はい! あっ、いえ!」


 アルバイト仲間の真悠まゆちゃんにわたしの邪念をツッコまれちゃいました。真悠ちゃんは一応わたしの後輩ですが、同い年です。同い年なのに、わたしに敬語を使います。あと、キッチン担当の倶也ともや君とデキてます。今日も一緒のシフトに入ってます。上がったら一緒にどこかへ行くんでしょうか……。


「真悠う~。23番、チョコフォンデュ、上がったよお~」

「あ、は~い♪」


 噂をすれば倶也君です。なんですかそのあまあまのデレっデレは! 仕事中ですよ! まったくけしかりません!

 ……うん、でも、真悠ちゃんはわたしより全然テキパキしてますし、倶也君もキッチンですごいテキパキしてるのを知ってます。みんなそうやって、先に進んでいっちゃうんですね。恋も、仕事も……アルバイトですけど……。

 い、いえ! わたしだって、家でお料理してる時はテキパキしてますよ! こ、今夜は何を作ろうかなあ! というか、お酒が飲みたい気分です。でも今はまだ午後の三時です。あと三時間……わたしには、それが無限に思われました……。


「お会計は、合計ぜんぶ合わせまして、3520円です……チーンガシャガシャガシャ……はい、6480円のお返しです……五千、六千……」

「ごちそうさまでしたあ~」

「おいしかったですう~」

「ありがとうございました……」


 店の中は、チョコレートの匂いでむんむんです。鼻が麻痺してくれても良さそうなものですが……それでもやっぱり、匂います。そして、こんな時間からお酒をオーダーするお客さんはあまりいませんが、わたしはもうずっと、お酒のことばかり考えてました。チョコ甘い匂いに包まれてるせいでしょうか、あまりお腹はすきません。ちょっと忙しさが落ち着いたところで、真悠ちゃんと交代で休憩を入れます。


「休憩いただきます……」

「はいお疲れさーん」

「炭酸水ください……」

「海香ちゃん、ドライだね~」


 キッチンの社員さんにそんなことを言われました。ドライな女、大道寺海香です。そうだ! 今日はスパークリングワインを何か、買って帰りましょう! いつもはビール(発泡酒)か缶チューハイですが、今日くらいは自分にご褒美です。いえ、特に何をしたというわけでもないのですが、たまにはご褒美を……。そして、ただの炭酸水は、ちょっとドライすぎました……。






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