てんこもり披露宴

 腹ペコだったのを、すっかり忘れてました。

 挙式が終わった途端に、思い出しました。腹ペコです。

 緊張が解けたというか、気が抜けたというか、安心したというか……そのせいだと思います。腹ペコです。

 だというのに、チャペルを出て、かのサンドイッチの待つ控え室に戻るかと思いきや、親族一同は大きな写真スタジオに集められ、集合写真を撮られました。

 とんだ意地悪です!

 もちろん、お姉ちゃんと涼太郎さんも再登場です。

 二人とも、ひと山越えた感じでリラックスした顔をしていました。

 でも、お喋りしてる暇はありませんでした。

 すぐに、外に出てフラワーシャワーや風船飛ばしなんかのイベント? があったのです。お姉ちゃんは、ずっとドレスの裾を気にしないといけないみたいで、なんだか大変そうでした。わたしはお腹がすいてました。――さて!


 やっと次は、披露宴です!

 それはすなわち、ごはんです!


 私はずっと、この時を待ってました……なんて言うと、語弊がありますね。

 大丈夫です、わかってますとも!

 今日はお姉ちゃんの結婚式のために、ここに来たんです!

 ……でも、ごはんも楽しみにしてたっていいですよね?

 それに、もう、本当に、限界なんです……お腹がすいてるんです……。


 披露宴の会場にやってきました。

 テーブルは完璧にセットされていて、飾ってあるお花からはいい匂いがしました。

 高砂席にはもっと大きなお花がありました。いいですね。腹ペコがちょっと紛れました。

 よく見ると、カトラリーが全部、ステンレスではなくシルバーです!

 長年使い込まれてきたシルバーならではの柔らかみのある優しい光沢に、わたしはとても心惹かれました。

 早くこれを使って食べたいです!

 ワイングラスも、いかにも高そうなのがスタンバってます。

 わたしは、赤も白もどっちも大丈夫です!


 ――そしてわたしは、とてもすばらしいひとときをすごしました。


 喜怒哀楽がてんこもり……いえ、違いますね、「怒」は無いです。代わりに、「食」がありました。あ、あと「飲」ですね。

 料理はどれもとてもおいしかったです。びっくりしました。さすがにちょっと素人には再現不可能なハイレベルな味覚でした。

 まずスープのラビリンスに迷い込みました(いい意味でです!)し、白身魚があんな濃厚な味がすることを初めて知りました。お肉は無敵すぎました。野菜もパンも、何を食べても楽しくなっちゃいました。ワインはワインで、赤白どっちもすごかったです。それに、あちこちお酌して回った瓶ビールさえ、今までに飲んだどのビールよりもおいしく感じて……しあわせでした。


 あ、もちろん、お姉ちゃんはお色直しもキマってましたし、両親への手紙は大洪水でした。なつかし映像には、わたしも出演しちゃってました。ケーキ入刀なんてのもありましたね。どれもこれも大ウケ、大盛り上がりでした。


 よかったね、お姉ちゃん!


 ……さて、お開きです。披露宴会場を出たところで、新郎新婦とうちのお父さんお母さん、涼太郎さんのご両親が来席者のお見送りです。

 わたしは若干、蚊帳の外です。

 ウェディングケーキのおすそ分けを受け取って、お姉ちゃん涼太郎さんと軽く挨拶しただけで、向こうのご両親にお辞儀して、そそくさとロビーに出てきちゃいました。改めて周りを見てみると、知らない人ばかりです。当たり前ですね。顔を知ってるうちの親戚勢は、みんなそれぞれの家ごとに一緒に出てきて、そして帰っていきました。わたしはなんとなく手近にあったベンチソファに腰掛けて、手を振って見送ってました。叔母さんのところも、先に行っちゃいました。


 そのままどのくらいぼーっとしてたでしょうか。

 やがて、お姉ちゃんたちが出てきました。もちろんですが、これから着替えるそうです。お父さんお母さんも、お着替えです。

 そして、お姉ちゃんと涼太郎さんはこの後は二次会で、お父さんとお母さんは新幹線で実家へとんぼ帰りだそうです。おばあちゃんに報告しないといけませんもんね。


「そっかー。じゃあ、わたしは帰るね」


 わたしはそう言って、みんなと別れました。

 ちょうど送りのバスが出るところでした。

 そこからわたしのアパートまで、ひとりで帰りました。

 お腹はとても満足してましたが、なんだか寂しい気分にもなってました。

 お酒の酔いが少し回って、色んな気持ちをごちゃまぜにしてくれちゃってました。

 ようやくアパートに着いて、鍵を回してドアを開けて、中に入ってパンプスを脱いで、そして今日のフォーマルな装いを、ひとつひとつ解除していきました。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る