反逆の魔法陣

久世原丸井

第一章 脱獄

第1話 プロローグ

 —XXX—


 とある都会中心部で、街中の建物が火で燃え広がり、黒煙が雲にまで立ち昇る中、高層ビルや住宅がドミノ崩しのように次々と倒れていく。空は火災による空気中の屈折光により、赤く染められている。その中で逃げ惑う人々の騒ぎや助けを呼ぶ声の後が立たない。


 さらに、地面の揺れは激しく、亀裂が深く入り込み、コンクリートが倒壊して、通路が塞がれていく。このままでは、足場を失い奈落の底へと落ちるだろう。


 そんな中でも、彼は必死に街中を駆け巡り、助けを求めている。



「このままだと、街が滅びてしまう……」



 爆発する音が耳もとに強く鳴り響きながら、どんどん目の前の世界が壊れていく。そして、体全体を陰で覆った人影が彼の目の前に立ちはだかる。



『あなたを愛しています。必ず、この世界を救って——』



 その声を聞いて、人影に大きく手を伸ばして掴もうとしたが、あと数メートルのところで届かずに掴み損ね、目の前の視界が真っ暗になった。


 


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎





 高級住宅街の一角にある広々とした豪邸。この豪邸の入り口には大きな鉄の扉があり、誰にも入られないように、厳重にセキュリティーがかけられ、屋敷の中の人の確認で了解を得てからじゃないと可動式で開かないようになっている。建物は三階建てで大きな噴水を中心に四方を取り囲むようにし、噴水から鉄の扉まで白のコンクリートが敷かれている。


 敷地は、東京ドームの半分程度に収まり、かなり広々としている。中は、ヨーロッパ風の内装が施され、数千万円する絵画や豪華なシャンデリアが設置されている。一見して見れば、昔の貴族が住むような様式となっている。


 屋敷には、数十人のメイドや執事、料理長が務めて、ここを管理し、仕事に励んでいる。そこに専属でついてくれるメイドが一人。そして、そこには大きな屋敷に住まう人が一人……。



「天野様、今日の朝食のお味はいかがですか?」


「とても美味しいね」



 植物で培養した植物肉の上にバジルソースやオリーブオイルでコーティングされ、その上にローズマリーが盛り付けられ、絢爛に皿の上でデザインされたメインディッシュを優雅にナイフとフォークを指揮棒のように振るい、口の中の舌を使いしっかりと味を堪能する。


 朝食というものは、テーブルの上で食事をゆっくり楽しむのが、本来あるべき姿であり、それを厳かにするのはもったいない。


 食べるものは菜食を中心に栄養を取って、その中でも五葷ごくんは取らないようにしている。食事スタイルは、基本的に取引先を招いて接待しない限り、一日一食にする。これらは、地球環境と自分の体の健康に気を遣ってのこと。



「天野様は体が細いのでもう少し摂られては?」


「僕にはこれくらいがちょうどいいよ」



 外見は、少し長く伸ばした黒髪に、日本人の一般男性の平均的な身長をしている。顔はすらっとして、意外と顔立ちはいい。


 その他に、彼はあらゆる分野の全てのことに精通するくらい博学多才で、10カ国以上の言語を操り、ピアノや美術といった芸術にも才覚を発揮し、様々な賞を受賞している。そして、日本の学校の教育制度が今よりも進んで、エリート教育と義務教育を組み合わせた民衆教育が実施され、飛び級制度が含まれるようになってから、10歳の頃に高校を卒業した。


 その後、大学には行かずに独立して、会社を起業するための準備を進めた。15歳になってからようやく起業し、たったの三年間で時価総額は100兆円を超え、世界トップのIT企業へと成長させる。


 さらに、彼の資産総額は16歳と史上最年少で1000億円を更新し、18歳の現在では20兆円の資産規模まで昇り詰め、世界資産ランキング一位を獲得する。今となっては、世界中が注目するIT経営者となって、この世界の中核を担い、従業員は二万人以上、創立三年目を迎える。


 最近は、いろいろなプロジェクトに見舞われて忙しく、企業の幹部の人達との会食や会議でかなり立て込んでいたためにこうして一息つく間がなかった。


 実際のところ、ここの屋敷でゆっくり過ごすのはかなり久々だ。



「あまり屋敷に顔を出さないのでわたくしは心配してました。もう少し屋敷で過ごされてもいいのではないかと思いますが」


「そうしたいのは山々だけど、なかなか時間が取りづらくてね」



 彼のカレンダーを見ると、月の始めから終わりまでスケジュールがぎっしり詰まって、黒く塗り潰されている。


 この頃、まともに休みが取れてないような気がするが、僕にとって充実した日々を過ごしている。やはり、何もせずに怠惰に過ごすのは、僕のさがではないようだ。


 それゆえにハメを外すことを忘れてしまい、それを見かねた人が、時々体の心配をされることがある。特に彼女には……。



「事業の方は、順調に進めておられるのですか?」


「心配ないよ。既に販路は整えている。後は会議に回して、方針を固めるだけ」



 そして、このお屋敷に務める彼女の名前は"リディア・ボジョレーヌ"日本人とスペイン人のハーフ、僕の専属のメイドとして、時に経営サポートをする秘書の役目も務めてくれる。


 歳は僕の二個上で三つ編みのおさげ髪をした茶髪のとても流麗な女性でスタイルは良く、彼女のメイドとしての一つ一つの所作に華美を感じさせ、見ているものの目を楽しませてくれる。


 時より、彼女の過保護のところはあるが、普段は従順に僕のことを見てくれる。



「天野様、これを……」



 電話番号とメールアドレスを大きく書き記した紙の端切れを彼女に渡された。



「えっと、これは……」


「もし何かありましたら、必ずこれで私にお申し付けてください。最近、スマホというものに買い替え、天野様といつでも連絡が取れるようにしてあります」



 彼女は、僕と連絡がなかなか取れないことを契機づけに、スマホデビューを果たした。


 今までの彼女は『スマホというものは、人類をダメにする凡庸品です』と言い、手紙やダイヤル式の受話器を頼りにして、スケジュール調整や取引先と交渉をしていた。それはそれで、容易に業務を手際良くこなせる程、彼女自身のスペックが高いことが伺えるが、最新のテクノロジーを駆使すれば、彼女の本領がさらに発揮されるのではないかと思うところはある。



「天野様は、私の見ていないところで無理をされるので」



 彼女は、怪しい目つきで凝視して、僕を見つめる。



「ほどほどにしておくよ……」



 彼女から浴びる視線を避けるように紅茶を一口そそる。



「この後に取引先との商談が控えております。時間は通常通りに行い、車の手配は既に済ませております」


「ありがとう、助かるよ」



 今回の商談は、地球環境の問題について話し合い、これからの未来のためにサスティナブルな社会の実現を目指して取り組んでいる。さらに国際連合が掲げるSDGsについても、日本やアメリカの政府と交渉を深め、色々な取り決めを行なっている。


 現在、地球は以前と比べて、環境が大きく改善されている。特に電気事業については、太陽発電所の設置により、完全なクリーンエネルギーを得られるようになった。


 ここでの太陽発電所とは、元素の中で一番軽い水素とその他の軽い元素を組み合わせ、プレス機で高圧力に固めた金属、すなわち室温超伝導体を開発し、その室温超伝導体を使って、地下に埋めた核融合発電所と地上に設置した集光型の太陽光発電の素材に組み込み、それらを組み合わせたのが太陽発電所となる。


 これが、半無限的に膨大な発電量を得られて、この世界で一日に消費する電気量をたったの一日で補えるくらいの規模である。


 これにより、温室効果ガスの大多数を占める二酸化炭素の排出量をほとんど削減する。さらに、原子力発電所や火力発電所が世界中で廃止され、地球本来の標準年間平均気温である15℃近くにまで下げることに成功した。


 今となっては、一般家庭で使われる電気料金はただで使えるようになり、世界で経済インフラが巻き起こった。


 今後、重力加速器の技術が進歩して、反元素を金属に固めた反超伝導体が開発されるようになれば、ドラえもんの世界に出てくるような空飛ぶ車やどこでもドアのような転送技術が当たり前のように実用化される。


 ——ここで、ビジネスの本当の価値とは、お客さんからお金を貰って、モノやサービス提供するのではなく、自らがモノやサービスを提供して、お客さんから報酬を貰う。つまりビジネスは、"Give and Take"ではなく、"Take and Give"。


 そうして、お客さんファーストで常にあり続けて、信頼を獲得する。これが、いつしか大きな利益リターンとして還元されるようになる。


 僕はこれをモットーに経営理念として貫いてきた。いつしかこれからの時代に、人類がお金から解放されて、お金が人を幸せにするのではなく、モノやサービスが人を幸せにし、人と人を繋ぐ地球規模のソーシャルネットワークが完成する日が訪れてくる。


 その日のために、事業に協力してくれる人達と僕という存在がこの世界に必要とされている。


 そして、今日もスーツのネクタイを整え、XRスマートグラスとスマートウォッチを装着して、玄関の両開き扉から外へ出る。



「僕は、そろそろここを発つ。後のことはよろしく頼む」


「くれぐれも身の周りのことには、気をつけてくださいませ」



 彼女は、笑みを浮かべながら、彼に視線を向ける。その後、AIの自動運転機能が搭載されている黒色の高級外車に乗り、鉄の扉の外に出てから、直接、成田空港へと向かい、駐輪してある自家用のプライベートジェットに乗り込む。


 普段は、あまり自家用のプライベートジェットを使わず、VIPルートを使って海外へ渡航することが多いが。


 久々に乗ってみると、VIPルートで使う機体の内装より、一段と変わって落ち着いた空間となり、テレビモニターやドリンクバーなど、いろいろな機能も充実している。


 行き先は、アメリカのニューヨーク。そこは、ビジネス界隈の重鎮達が揃っている経済都市。本社もニューヨークに構えている。


 そして、手元にある企画書に目を通して、次のプロジェクトのプレゼンを考えている中、無線機インカムを通じて専属のコンシュルジュに連絡を取る。



「Hello, Could you arrange a proposal for the client before you get there?(向こうに着く前に企画書を取引先に手配してくれないか?)」


「I understood.I'll arrange it right away(かしこまりました。すぐに手配します)」



 ノートパソコンで、企画書をPDF形式にファイルに保存して、向こうへ送信する。しばらく飛行機の窓から見える景色を一望してから、目を閉じようとすると……。



「煙……」



 嫌な予感が脳裏にかすめ、すぐさまコックピットに回線を繋げて、コンタクトを取る。



「左翼のエンジンから黒い煙が出てる。現状を確認せよ」



 だが、コックピットから返事がない。



「一体どうなってる!?」



 機体全体が大きく揺れはじめ、左翼の下に取り付けているエンジンから大きな音を立てて左の方へと傾きながら、機体が徐々に下降していく。



「仕方ない……!」



 無線器で屋敷にいる専属のメイドに連絡を取る。



「どうかなされましたか?」


「早急にニューヨークで消防車と警察を手配して、緊急着陸の準備を整えて欲しい。その間、僕はこの機体を操縦して、ニューヨークまで運航する」


「かしこまりました!すぐに手配します!」


 

 すぐさま状況を確認するためコックピットの扉の前まで向かうが、コックピット内から有毒なガスが漏れていることに気づく。



「こんなこと、一体誰が……」



 機内にある緊急用のガスマスクを取り出し、装着してからコックピットの中に入る。



「もう死んでる……」



 二人の操縦士は、口から泡を吹いて、シートに重くのしかかっている。一度、操縦席から二人の操縦士をずり下ろして、操縦桿そうじゅうかんを握り左に傾け、左側の主翼をあげて、機体全体の重心を水平に保たせる。


 それから、地上と交信するためのベッドセットを着用し、ATC(航空交通管制)に繋がる周波数を見つけて、電波を飛ばす。


「I am a passenger on Flight 0101.Both pilots are unconscious and flying the plane with fuel leaking from the left-wing engine(私はA航空0101便に乗っている乗客。パイロットが二人とも意識を失い、左翼のエンジンから燃料が漏れている状態で飛行機を操縦している)」



 しばらくして、ATCから応答が入り。



「A Airlines Flight 0101, head in azimuth 40, wait for instructions when landing(A航空0101便、方位40に向かえ、着陸時には指示を待て)」



 自動操縦装置の設定を変更し、ダイヤルの数値を40に合わせる。


 現在の高度は3万7000フィート、メートルに換算すると上空約一万メートル。自家用プライベートジェットの中に囚われている状況。次第に燃料漏れから機体の高度が下がっていく。自動操縦装置で最短経路を計算して、最適な運航ルートを割り出しているが、機体の燃料がぎりぎり。最悪の場合、機体が海へと水没してもおかしくない。


 この状況を打開するには、自動操縦装置で進路を抑えてもらい、操縦桿で機体のバランスを取ること。



「これは一刻を争う問題になるだろう……」



 そう呟きながら、進路方向を確認して、運航を続ける。

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