嘘吐きとダイアローグ
「よ」
風に髪を揺らして、彼女が笑っている。
「よ、久しぶり」
緊張を押し殺して、無理して笑った。本当に笑えたかどうかは定かじゃないが、口角を上げて笑おうとしたのだけは確かだ。けれど、彼女が私の顔を見ておかしそうに笑ったので、たぶんそれは不自然で不格好な笑顔だったのだろう。
「最近上手くやってるかい」
公園のベンチに座った彼女が、徐ろにそんなことを訊く。
「まあまあ、かな」
咄嗟に私は、嘘を口にした。少しばかりの後悔の後味は、つい先程に飲んだ缶珈琲のそれにひどく近かった。
「そっか。そうなのか。意外だ。
私の方はたんとダメだからなぁ」
「そっか、……待てよ、意外ってなんだよ」
なんでもお見通し、なのだろうか。その後、幾つかの憎まれ口を叩いて、それで笑った。心做しか、歳を少し取った筈なのに、小さな頃のような、そんな柔らかな空気だった。近年が不仲であったという訳では全く無いが。
「新天地ってのはどうだい」
彼女は一足先にこの喧騒の街へと越していて、僕はそれを追うように此方に本拠を移している。
「人が多くてたまったもんじゃないさ」
何処を見ても人がいるし慣れるにはもう少し時間がかかりそうだ、と言ったら軟弱者め、と言われた。姉貴程じゃねえよ、と言ったらそこから突っかかられた。何故だかその粗暴な言葉に、既に懐かしさを覚えている。それほど時は経っていないのに、いや、意識していないだけで長い間離れていたのかもしれないけれど。
……視線を、上げる。
視界に、咲き誇る桜が飛び込んできた。
少しの風で、肌寒さが少々。
そんな四月の月初めだった。
「綺麗だ」
ちらと左を見遣ると、姉貴も桜を見ていた。
「こんなに咲いてるのに、散ると一瞬なんだよなー」
そう言うと、姉は少しむすっとした顔をした。
「無粋なんだよ。咲いてる間はそれを楽しめよ、全く、この愚弟は」
不意に風が吹き、私の長い前髪を揺らす。
右から吹き付けたその風は、隣にいた彼女の髪も揺らした。
桜がざわめき、花が散る。
儚くて、それでいて美しいと、そう思った。
……これはたった一つの嘘の物語。
これはいつの日か存在し得たかもしれない夢想で、或いは存在していたかもしれないあの日の記憶。
これは、
……なんでもいい。真相なんてのはなんだっていい。
桜も人も、やがて散るのが世の定めであるのだから。
だから、……だから今は、ただ見ていればいい。
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