追憶、人生の一頁

Garm

無気力的人生観

 金曜夜十時のファミレスは、立地が駅前な都合もあるのかそれなりに混んでいた。席に座るなり、高校時代からの友人は口を開く。

「お前、結婚とかできるタイプなんだな」

「第一声からなかなかに失礼だな」

「いやいや、女遊びのスペシャリストが一人の女に添い遂げるとか想像もつかないぞ?」

 グランドメニューから顔を上げた彼は、お前どうせいつものだろー、押すぞー、と言ってこちらの同意もなしに店員を呼び出す。まあ実際俺はいつも同じメニューを頼むのでさほど支障はない。幾度となく共に遊びに出かけているので、おそらくコイツは俺の生態を八割方理解している。

「まあほぼ不可抗力だけどな。身の回りの事をほとんどやってもらっててプロポーズを断るのもおかしな話だろ。実際顔も今まで会った女の中でも最上位だし、まずもって指輪を見せればだいたいの女は引いていく」

「そう考えると、お前はつくづく押しに弱いよな。頼まれりゃ犯罪ぐらいはしてのけそうなぐらいには弱い」

「今日も辛辣だねぇ」

「いや、お前は断るという手段を知らなさすぎるんだよ。何食ったら告白された女のほぼ全員にOKを出すんだい?そのくせ去る者は追わずみたいな感じは出すし。なんなの?執着とか後ろめたさとかはないの?」

 んー、と俺は考え込む。

「ぶっちゃけ、執着とかはないな」

「え、じゃあ何のために生きてるの?その場の快楽が得られりゃそれで良いタイプの人間だったりするわけ?」

 いや、それはないよ、と首を振る。別段、愛欲に溺れることを是としているわけではない。と、ふと気になったので、俺はある質問を友人へ投げた。

「逆に聞くんだけどさ、君は何のために生きてるんだい?」

 んー、と彼は考え込む。少し悩んで、これファミレスでする話じゃねえよな、と笑った。

「なんで生きてるか、って言われると確かになんで生きてるんだろうな。ただ漠然と『まだ死にたくねえな』って無意識下で思ってるから死なないだけじゃないの?

 たぶん些細でもきっかけがあって死にたくなる奴もいるし、逆に言うと漠然と生きてて虚しくなって死ぬ奴もいる。そういうもんなんじゃねえかな、人生って。お前みたいに全てにおいて無気力ですー、みたいな奴がいたって別に不思議じゃない」

「なるほどねぇ……。まさかこの生き方を肯定されるとは思わなかったけども」

「『そういう生き方もある』とは言ったが肯定はしてねえぞ。お前みたいな不埒な生き方だと、いつか誰かに後ろから刺されるぞ?」

「まあそのときはそのときじゃないの」

 友人は、お前は本当に変わんねえな、と溜息をついた。



 その後も飯を食らいながらたわいもない話をした。これから妻になる女の話。高校の頃の話。大学を出た彼が夢に向かってまた一歩前進した話。平和な時間だった。

 二十三時を回る頃、店を出た。彼は明日も仕事らしい。別れ際、彼は俺の肩に手を回して言った。

「選ぶところはしっかり選べよ。流されてばっかりじゃあ、ロクな結果も残らない。せめて奥さんぐらいは幸せにしてやれよ」

 それだけ言って、手をぶらぶらさせて、そのまま原付で家まで帰っていった。



 車に乗り込んで、ぼうっとしたまま、考え事をする。

 幸せに……。果たして俺は、アイツを幸せに出来るのか。人はそう簡単に変われないし、おそらく選択を放棄する悪癖はそうすぐに直らないだろう。それでも、と俺は思う。諦観が支配していた俺の人生にも、何か思考の変化ぐらいは起こるかもしれない。こんな俺でも何かを望めるのかもしれない。

 エンジンをかける。窓を開けると、冷風が車内へ吹き込んできた。車道に出て、家路へと着く。

 幸せを願うというのは、なるほど存外悪いものでもないらしい。

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