第27話 N-8
「どーすんよー? 結局5本制にするし?」
スコアをパンパン叩きながら真夜が問う。3本終わり、現状同点。
「……デュースを提案します。2点差をつけたほうの勝利で」
「望むところだっつーの。てかスリー決めてるあーしが実際勝ちだっての」
互いに同意し、また攻防を始める。しかしその後も一進一退、2得点差は達成されず、なんと裏表5回も攻防が行われた。
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「はー、はー、いいかげんしつけー」
「ふう、正直、予想外でした……」
茉莉は繰り広げられた攻防に終始驚き、ハナは何かをずっと考え込んでいる。双子はすでに飽きてしまったのか、どちらも終わらない攻防にあくびをして時が過ぎるのを待っている。
▼
-1年前、リトアニアのレヴィナの実家-
「なに? 自分の代限りで、バスケットの指導、普及から降りたい?」
レヴィナは実家で父親と向かい合っていた。
「はい。近年では小等部からでも私営クラブへ所属するのが主流。年々生徒も減るばかり、無理やり地域での普及活動を維持する必要もないと考えます」
「愚かな。国技の普及活動は過去、自治体から表彰もされた当家の誉。お前の一存で終わるなどありえぬ」
「ですが、時代に流れに沿っておりません。近頃はあちこちへ声を掛け、無理やり、
生徒の頭数を揃えている始末――」
「慎め! 日本で文化を学びたいと言うお前の留学には協力してやっているのだ。
お前も家の言うことくらい聞いたらどうだ!」
元より由緒あるレヴィナの実家が運営を任される、いわゆる校区の少年少女のバスケチームは、地元の近隣地域に住む者中心の、学びの場として設けられた伝統のあるスポーツ活動だった。
過去にはプロ選手も輩出したほど盛況だったものの、それはすでに昔、現在ではプロのOB等が私営クラブを設立し、幼少期から指導にあたり、質や意識の高い選手がそのクラブチームへ初めから所属するようになった。
地域活動のレヴィナの地元チームも年々生徒も減り、試合をしてもほとんどが負け試合となっていた。
現状レヴィナの父が本業の片手間に指導しているジュニアチームも、今季0勝5敗。伝統に拘るのは潮時ではないかとレヴィナが進言していた。自身が中等部最終学年となって、クラブを卒業した今、切り出した。
しかしレヴィナの不満は実のところ、その部分ではなかった。
――――父は私にのみ、他のチームメイトとは少し異なった指導をしていた。
それは一選手として指導するのではなく、初めから指導者になることが前提の指導だった。メインポジションのスキルを昇華させるのではなく、全てのポジションをまんべんなくこなし、全体基礎を要所に習得するというような内容。
特段得意なプレイなどは生まれはしなかった。いわば事務的にこなせる基本プレイに留まった。
日本への留学も元から一族の伝統であった。たしかにそちらは幼少より興味を持ち前向きだったが、留学は親もしており別に自分の意向で始まったのもではない。レヴィナの父はとにかく保守的だった。
「日本の文化は素晴らしい。が、それ以外は……。言うまでもないな。血迷っても程度の低いバスケット部などに入らないことだ。まあ、お前の近頃の身の入りようを見ていれば、ありえないだろうがな」
「……」
▼
いろいろな選手を見てきた。しかし大抵の多くは、ひたすらスキル向上と勝利を目指す、ギラついた目つきをした者達、もしくは、初めから社会教養の一環として、単にチームワーク、団体競技を学びに来た者のどちらか。
――――でも、目の前の彼女たちは、違う。マッチアップして確信した。打算の無いその場の楽しさを追求している。まるでどこかに忘れてしまった自分の初心のように。それでいても、なお高いパフォーマンスを会得している。
通常では有り得にくい。何かを昇華させてきた者は、何かを捨ててきたからだ。言葉ではない。一度マッチアップすれば、相手の多くを知ることが出来る。何を努力してきたのか。何を信条にしているのか。
レヴィナがチラリと茉莉を見る。
――――とても人や指導者の言うことを聞くタイプじゃない。でも、事実、こうしてあのキャプテンの彼女の下に集まっている。見てみたい。父とは全く異なったバスケットの視点を、あり方を。
一瞬視線を落としたあと、目を瞑り、不意に構えを解いた。スッと直立したのはレヴィナだった。
「ん?」
優里を一瞥するとその場を離れ、茉莉のほうへ歩いて向かってきた。全員の視線がレヴィナを追う。
「……茉莉の話、偽りはないようですね。勧誘していただいた熱意に応えましょう。何より、ならず者達相手にこの体たらくでは、私の実力、心身修業もまだまだというもの。バスケット部に入部します」
「え!?」 「ならず者て」
キッっと優里のほうを振り向く。
「負けを認めたわけではありません。まだまだ自分のバスケットに至らない点があり、学び直す必要があると考えただけです」
後日入部届けを持参しますと茉莉へ伝えると、そのまま体育館を出て行ってしまった。
「んだよアイツー!」
勝手に去ったレヴィナに対し、一人中央に残された優里が地団駄を踏む。
「あー茶道部入りだったらユーリと縁切ってたわー」カ
「コラッ あんた達、結果オーライにせよ、勝手な行動するんじゃない。破談になるかと思って肝が冷えた」
それぞれ感想を口にする。改めて制服を着替えに行き、その後練習に入った。とばっちりの山本は多くの練習時間を失った。
(レヴィナが入部した。金髪部員が一人増えた)
-啓誠館高校-
部活時間、まだ開始時間前で、授業を終えた者から続々とメンバーが体育館に上がってきていた。今日は2年、1年生の半数のみ、WCを目指す3年生ともう半数の1年は地方の体育館を貸しきって3年生の特別練習に出ていた。監督も3年生に帯同する。
「すみません、和歌美先輩、アップ終わってたら1on1をお願いしたいんですが……」
「ん? ああ、別にいいけど、焦っても上手くいかないと思うよ?」
「う……」
いち早く体育館に上がった沙織が啓誠館の2年生エース、都築に練習を申し込む。冷静で感情の起伏が少なく、理論派のエースだ。
『なんでさっきよりしょぼくなるんだー? あんたもういい、下がるし』
「……」
自身は特待で地元の強豪校に進学したにも関わらず、同級生の名も無い不遜な態度のギャルに圧倒された。OFこそ一矢報いたが、DFはなすがままに翻弄され全て得点された。レギュラークラスの松下にも引けをとらず、マッチアップが沙織に変わると1プレーもすることなくしょぼいと言い放った。
――――DFは全部対応できなかった。悔しい、を通り越して、自分を見つめ直すいい機会になった。地元なら、同学年じゃ自分がトップくらいに思ってた。でも、そんなに甘くなかった。バスケが上手くたって、メインや事情でやってない人だっていくらでもいるんだ。あの子は私や松下先輩にそう言いたかったんだ。
「……あの13番、彩川真夜には絶対に負けたくないです。学年もポジションも同じ、もっとスキルアップしなきゃ、このままではいられないです」
「落ち着こ沙織。初見だったし、あれは私や優でも抜かれてたと思うよ。他の子も言ってたけど、アカデミーとか帰国子女だと思う。牧子(松下)も23番に抜かれはしなかったけど、それでも上から決めてきたでしょ。いわゆるオフェンスマシーンの典型だからね」
「バスケのルールは、基本的に”間違わなければオフェンスが得点できる”ようになっている。点を取り合うスポーツだから」
「個人スキルの研鑽はもちろん大事。でも啓誠館はチームで守る。システムで守るチーム。それをウチは練習試合で出しはしなかった」
「いかに相手に間違えさせるか。バスケのDFの神髄はそこにある。一人で抑えようと思っちゃいけない」
「!」
「やーやー、2人してご相談かい?」
続々と体育館に上がって来る。2年生レギュラー陣も出そろって来る。実は啓誠館は現3年生の実力が今一つで、この2年生のほうが全体の力量が高く期待されている。WCは3年生の引退試合と位置付け、こちらは新チームとなる。
先日キャプテンを務めたF松下牧子、伽夜と少し言い合いをしていたC柴田、他にG大石優、SG古橋、F伊藤と続く。
「高塚先生がなぜあのチームとの練習試合を受けたのかは分からないが、顧問の先生は旧友だと聞いた。何か思う所があったのかもしれない」
話の聞こえた松下が端的に言う。
「沙織は中学までガードの2人と一緒だったんだよねー?」
チームのムードメーカーでノリのいい大石優が沙織に振る。
「あ、はい。ハナ……、5番をつけてた白幡は、中学でもマネージャーで、選手としては出ないと思います、でもバスケにはすごく詳しくて、采配のキーマンかと……」
沙織が中学まで一緒だった、ハナ、次いで茉莉の特徴を伝える。といっても、どちらも公式戦の実績があまりなかった。
「あの4番のキャプテンの子一人だけがんばってたもんねー。私も身長低いほうだからちょっと応援しちゃった。でも沙織、なんか最後険悪じゃなかった?」
「うっ ちょっと、言い過ぎてしまいました……」
真夜に大敗といってもいいほどのマッチアップの内容だった沙織は、渦中の際には心中おだやかでなく、半ば茉莉に八つ当たりのようになってしまったことを、後々ながら悔いていた。
周囲からドンマイと声が掛かる。
「それよりも金髪×2と茶髪だろ? あたしなんか喧嘩売られたんだぞ、先輩だってのに」
センターの柴田が苦言する。長身でショートカット、男勝りな選手だ。
「うふふー、13番ちゃんね。昔いた髭のNBA選手をコピーしたみたいだったわねえ」
伊藤由香、艶やかな笑みを絶やさず大人びた印象のフォワードだ。
「縦ぎみにクロスオーバーしたあと
その状態で左右2回フェイク入れるんだよ? 女子の技じゃないよ」
「それ多分23番のほう。やたらタコ踊りのようなジョルトやレッグスルーして、ステップバックでスリー入れたのが13番のほう。沙織反応できず」
「うぐ、スミマセン……」
「由紀なんか知ってる? ミニバスで当たってたんだよね?」
1年須藤由紀、沙織と同じく特待上位で入部し実力ある選手だ。
「あ、えと、あの4人は、ピュアホワイツのジュニアユースアカデミーで鈴木凛理と同じチームでした。一度だけ対戦あったんですけど、当時はあまりにもすごくて、プロが使うようなスキルもどんどん使って、男子も平気で負かしちゃってて」
「やっぱアカデミーなんだ。なんであのスキルでやめちゃったんだろー?」
「わほー、あの鈴木凛理?」
「夏の全国デビューもすごかったもんなー。っていうか、思えばあの双子の動きって鈴木とそっくりじゃない?」
「先輩らも反応できてなかったよね」
「不良達はおそらく、あの14番を押えないと始まらないだろう。直接マッチアップした体感だが……。高さはうちが上回っている。そこを生かしていくだろう」
「あの茶髪ちゃんはほかっとけば40点はとっちゃうよ。やばいやばい」
「ダブルチーム嫌がってなかったものねえ。やられるのが当たり前なのよ。真衣(古橋)がんばりなさいな」
「やだぴょーん。私も点とる方で貢献しまーす。和歌とマッキー(松下)で双子押さえてねー。あれ? 和歌は?」
最初居たが皆が集まりだしたころには離脱し、都築和歌美はトーナメント表を見ていた。
「和歌、それ一人で見てないで早くまわしてよー」
「ん」
WCの組み合わせだ。強豪校は大体トーナメントの隅に配置され、かつシードで一回戦は無いことが多い。ライバルの永葉とは、やはり反対のブロックに配置された。
「お、3回戦でギャルちゃん達と永葉あたるよ?」
「当たるとこまでいけるの?」
「部員5人でエントリーとかすげー」
顧問不在の練習は徐々にぐだぐだになりつつあった。しかし啓誠館は本来個の力を引き出すのではなく、総合力で戦うタイプ、とくにディフェンスの強いチーム。仲間の意思疎通の向上を重視している。世代ごとにチームを集団化し結束力を高める。監督にはその狙いもあるのだろう。
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