ピック・アンド・ロール🏀
こやまここ
episode1
第1話 - 休部 -
バスケ。それは世界で競技人口が二番目に多い人気スポーツである。
▼
センターラインを越えた先のフロントコート。目標の最奥にはリング状のゴール。
対面する。腰を低く落とす鋭い視線の相手の激しいチェックを交わしボールをキープしつつ状況を見る。
右手奥には激しいディナイを交わしもせずに棒立ちしニヤつく茶髪女子。
左手奥には金髪と黒髪の長髪美女同士がローポストを争う。
左手前の金髪と黒髪のポニーテールの聞くに堪えない暴言と手癖の応酬は捨て置く。
右手に身を寄せた所で、残るもう一人の金髪が向かってくる。
背後から目の前の相手の側面にピッタリと到達した。
――いざ、ピック・アンド・ロール。
自身と金髪女子の左肩同士がブラッシングする。
目の前にスイッチにて現れたディフェンスの相手をチェンジオブペースからのロールスネイクで交わす。
インサイドへフェイントを入れた直後、スピンムーブする。
ほら、もうペイントの中だ。
レイアップに行く。
県内最強高の相手ゴールに。
半年前まで無名だった自分が。
▼
ダン ダン シュッ ガタンッ
週明け月曜の静寂した体育館。茉莉は一人
高校の体育館はごくありきたりな大きさ、この二階部はバスケットコートが二面ほど確保出来る大きさであり、壁に掛けられたゴールは四つ。中央に一面が取れるように、天井から機械式のゴールが設備されている。
3年生の7人が引退した。1年はマネージャーの自分一人。冬の大会を4人が辞退したため、試合不可となり、自然消滅となった。先ほど先輩方から引退の挨拶が終わり、笑顔で退館していき、また笑顔で送り出した。
女子の練習コート側、ただ一人、茉莉は残った。一時の感傷に浸った後、じきに荷物置き場へ戻り、1枚の紙を持ち、体育館を後にした。
現在159cm。セミショートの風貌、中学までポジションガードとしてバスケ部で活動していた。しかし目立った活躍はなく、活動期間はベンチメンバーに留まる。自宅から近いこの天百合高校へ進学した。
教員となった憧れの
しかし入ってみれば3年生が7人のみ。2年生は、なし。予定と異なり、ベンチメンバー選手としてタイムシェアに起用され、数か月の活動を経て、夏は一回戦負けだった。思い返すとあっという間だった。
――バスケと関わってさえいれば……と思ってなんとなくここまできたけど、また兄さんとバスケが出来る日がくるのかな……。
-翌日の昼休み-
茉莉は友人の
実はこのハナも、バスケ部に入る際に一緒にマネージャーとして入部したが、当初から活動はしないと明言しており、実際に顔を出さず、事実上
部員の登録人数は部活の継続と活動予算費に影響するため、基本的にどの部でも、人数稼ぎの幽霊部員は歓迎される風潮にあった。
茉莉よりも小さく身長は150cm、長いストレートの髪で前髪は目にかかりそうなほど。体育や運動時にはおさげ調にしている。クールで賢い子だ。家は大きな化粧品会社の社長さん宅らしい。
中学から交友関係のある2人。共にバスケ好きで、プロの試合もたまに一緒に見に行く仲だ。高校に入ってからもこのハナと行動を共にしていた。
机には昨日の1枚の紙がある。悩んでいる茉莉を見ながらハナは言った。
「その紙、出すの?」
バスケ部の休部届けだ。人数不足で活動休止の届け出用紙。昨日
「うん。さすがにここから部員集めは無理だよ。1年間適当に声を掛けつつ、来年の新入生に期待かな?」
「そう」
無表情の無感情にジュースをすすっていた。さほど興味はなさそうだ。
「きゃはははは!」「マジ赤くなってるし、ダッサ!」
「じゃあこっちの試してみ?」「さんきゅー浅丸さん」
後ろの方の席の女子が騒がしい。素行不良ぎみのギャルが数人集まっていた。各々、ブラウスの前を大きく開け、スカートは短く、金髪も茶髪もいる。しかし教師も少子化が進んでから、注意はすれどキツくはない。ハナの視線が移った。
「うるさいわ。ちょっと言ってこようかな。あの私物校則違反だし」
「や、やめなよっ 逆恨みされるかもだしっ」
「んー、されないと思うけど、まあいいか」
ハナが注意に行こうとする所を茉莉が制し止める。どうせ騒々しいのも休み時間の間だけだ。
-放課後-
紙に対してペンを出した。休部届を記入し、提出して帰ろうとしていた。しかし。パラッっと紙が机上から消える。ハナが取り上げていた。
「続けよう。バスケ部。もうちょっと」
「え……」
昼食時の話を聞いていなかったのだろうか。メンバー集めは不可能に近い。天百合高校は市の中心地からも遠く、周囲も山や緑に囲まれ地方も地方だ。
この1年生は2クラスのみ。2.3年生は3クラスあるが、特に人数の少ない学年だった。さすがに上級生の勧誘はやりにくい。
「私が集めとく。じゃ」
言うと紙を持ったまま、帰ってしまった。
「どうするんだろう……」
茉莉も帰宅する。何でもない地方の住宅地。駐輪場から自転車を出し、帰路に付く。
――私は
茉莉の課題はフィニッシュスキルにあった。元より3P等の外は苦手としていたが、ゴールに迫ってもその体格からもシュートに行く際に相手DFからブロックで阻まれてしまう。
ゴール下は大抵自分より大きい選手が守っている。したがってオフェンス面は極力点が取れる仲間を駆使し、パスを中心に縁の下の力持ちで行くと決めていた。
――そのためには周囲を良く見て、もっとボールをうまく回さないと……。ん?
自転車で通学路上にある自宅近所の公園の前を通ると、1人バスケの練習をする少女がいた。止めてフェンス越しに声をかける。
「おーい、沙織ー!」
手を止めて膝に手をつき、相手はこちらを見た。公園には使い込まれたバスケットボール用のゴールが一つ昔から設置されていた。公式用の高さで気軽に練習できるのは、近所ではここくらいだ。ほとんど利用者もおらず、取り合いになることもない。茉莉もそのまま公園に入る。
「ここでやってるんだ? 今日部活は?」
2番3番(シューティングガードからスモールフォワード程度)をこなす。茉莉と違ってレギュラーで実績を残したため、さらに上を目指し、全国大会出場も常連の強豪私立校へ入った。特待選手の実力者だ。
「今日は男子の日だからねー、2.3年生は借りた体育館でやるけど、まだ1年は入れてもらえないんだ」
「そ、そうなんだ」
さすが強豪校だ。人数も多いのだろう。1年は人数制限から、体育館の部活に参加できず自主練だと言う。電子端末でもよく交流するため、沙織のほうも今日から部活が無い茉莉の部活の事情は知っている。
「という感じでお肉よりも野菜からの栄養が上手く力になってない気がして」
「うーん、炒めはダメみたいだよ。手間でも煮るほうがいいとか」
沙織から食事管理の相談を受け簡単に答える。アスリートとして細部まで気を使っているようだ。茉莉は母親の職業柄少し詳しかった。
「お願い。1on1つきあってよ」
沙織に頼まれる。
「うーん、私で相手になるかなあ?」
問題ないと言われ、付き合うことにした。元々ミスマッチ(※1)だが、やはり実力にも大きな差がある。茉莉も身長差を補うため、低い姿勢からのドリブルに打ち込み、ハンドリングを磨きあげた。
練習勝負の1on1が始まる。相手は特待選手、結局抜く技術が無ければ、無理筋のシュートが多くなる。休憩も挟みながらプレイし、1時間ほど経ち、スタミナも尽きかけて来たころだった。
『はぁ、はぁ、』
「……茉莉が、ウチでマネージャーやってくれてればな。私の活躍、見ててほしかったよ」
そろそろ切り上げようという流れになっていた中、不意に沙織が話し始める。
「え、ごめん。私立行くほどの実力もなかったし……」
「……ううん! いいの。バスケ続けてくれててうれしいよ、またね!」
ほどほどに挨拶を交わし合い、帰宅した。
-夜-
怪しいネオンの輝く、繁華街に、昼食時に騒がしかったギャルの内の3人が来ていた。慣れない態度でこそこそしながら周囲を伺う。
「あーマジやっとこの時がきたわー」
「ちょっ ヤバくね? バレたら退学じゃね?」
「そこまでいかねーし今激甘だしー、つーかほんとにここ通るんかー?」
「いかー? ちゃんと偶然装えよー」
いざギャル3人は初めての怪しげな施設前で、怪しげな客引きを行おうとしていた。
パシャッ
!?
急なシャッター音に3人が驚いて振り向く。
「ちょっと、お3人? なにやってるの?」
「うげえ」 「マジかよー」
その人物はハナだった。ギャル3人の姿を端末に収め、収納する。
「ちょ! ハナ! 消しなさいっつの!」 「ありえなくなくない!?」
金髪にややウェーブが掛かり、サイドで縛ったそっくりのギャル2人が詰め寄る。
双子だ。
「チクられたくなかったら言うことを聞くのだ」
「はっ! 学校に? 全然怖くねえし? やってみろっていうか?」
「ハナありえね! 陰キャに拍車かかってるっての!」
あはは、と大笑いし、双子ギャルは得意げだ。生徒指導などなんでもないのだろう。常習のようだ。
「学校? そんなわけない。帰って父に言う」
!?
一瞬で2人の顔が引きつる。慌ててハナの前にかがんで2人同時に言い訳をし始めた。
「そそ、そりゃないっしょ? いくらなんでも?」「ハナ冗談キツイって」
「冗談、じゃない」
「……」
サーっと一気に顔が青ざめて行く双子ギャル。
「つーかハナパパもう帰ってん? ここ通るはずじゃなかったんかー?」
「バッカユーリ! 何しゃべってんだ!」 「あっ」
「……。一体誰を捕まえる気だったのか」
3ギャルが狙っていた相手は、まさにハナの父親だった。
「……キモ。絶対チクる」
「まてまてまてまてまてーーーーー!」
「ジー」
さらに詰め寄る双子ギャルに対し、訝し気な視線を送るハナ。
「お、脅してなにさせようってのよ? メリットあんの?」
「うむ。バスケ部に入るのだ」
急な提案にあっけにとられたように2人が顔を見合わせ、一瞬止まる。
「あっはははは! バスケ? 今更? なにすんのそれで」
「ないわー! バスケとか世界一嫌いだしストレスしか溜まんねえし!」
全く同じ動作でそっくりに腹をかかえ笑いだす。笑いこけたりピンチになったりころころ表情が変わり忙しい。しかし双子の動作はピッタリだ。
「やらないならいい。チクる」
「ままままま待て待て待て待て! やります! やらせていただきまーす! バスケ超好き大好物ー!」
非常に調子が良く態度が二転三転する。昔からこの調子だ。タイプが違いすぎるので、普段こそほとんど会話も無いが、このメンバーは付き合いが長かった。
それもそのはず。ハナの父親が社長を務める、大手化粧品会社、幡清堂。その役員にこの双子の父親も勤めるのだ。だが双子は父親の立場などは全く気にしてはいない。ハナの父親に心象を悪くされるのを恐れている。
「はぁー、だっる。厄日かよー」
騒ぎ終えた2人が肩を落とす。そこでもう一人の残されたギャルが間を割って進んだ。
「ご愁傷様ー、あーしは帰宅させていただきまーす」
「待てコラユーリ。何無関係こいちゃってんだよ」
双子が凄む。
「あー? あーし実際関係ねーしー?」
「ないわけねえだろー」「裏切ったらパパにチクる」
「んな!?」
優里の父親は百貨店で高級化粧品ブースの個人店を構える。そして商品の斡旋にて双子の父親と懇意にしていた。言わばここに集まるメンバーは、皆同族だ。
「ひ、ヒキョーだぞ!」「知るかよー。バスケやんぞー」「きゃはははは」
クレームを付ける優里に、頭の裏で手を組みケタケタ笑いながら去って行く双子。解散していった。
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(※1) ミスマッチ・・・対面する2人の身長差が明らかに違うこと。
誰がしゃべってるか分からないギャル語は後に分かるようになります(?)クセはありますので合わない場合はお控えください。リアリティを重視してはおりません。時系列を近未来としております(試合数を減らしたい)ので言語やビジュアルの今現在の流行とは一切関係ありません。内容がFIBAルールと異なっていても気にしてはいけません。毎年しょっちゅう変わるのでついていけません。
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