夜目遠目傘のうち

やがて訪れる暗闇くらやみ

その向こうから

かさをさした女が

微笑ほほえみをたたえて

こちらに近付いてくる

爪先つまさきをこちらにまっすぐ向け

一歩、また一歩と


退路たいろはと目を泳がせると

女はわずかに一歩を躊躇ためら

爪先を僅かにずらし

足をろす

一歩、また一歩と


薄暗うすくらがりの

まだ遠くと呼べるその距離で

微笑みをもてあましながら

女は傘を僅かに持ちあげた


風が吹いて傘があおられ

私は思わず目を閉じた

目を開けると

私はいつの間にか

女の傘にみ込まれていた


女の顔は

何かの明かりにてらされていて

さらに近づくその顔には

微笑みがこびりついていた

雨に降られても

涙にくれても

落ちそうにないほどに


すると突然

微笑みはそのままに

女が口をひらいた

 昔、親から言われたの、お前はあんまり綺麗きれいじゃないから

 せめていつも笑っていなさいって

 あんまりな話よね?

 どう、私、うまく笑えているかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る