ここに見えるなら
猫野けい
第1話
石を積んで釜戸を組む。
そこに新聞紙と薪を重ねて、先生を呼ぶ。
先生が来て、マッチを渡され火をつける。
これが花形の6年生の仕事。
3年生になった良太の目に、その兄の姿はまさしく英雄の様に映った。
「兄ちゃん、栗入れていんが?」
ドキドキしながら聞く良太に向かって「奥の方さな!」と声をかけたのは水を入れた大きな鍋を両手で持っている5年生の加奈だ。
2年生の駿と1年生の達哉はその後ろで野菜や牛肉を持たされている。
広い河原のあちこちで、いくつかのグループが同じように釜戸と鍋を囲んでいる。
その周りには教師と何人かの保護者。
ほほ笑みつつも、危なっかしい小学生の手つきに注意を払いながら見守って、時に口を出し手まで出す親もいる。
季節は秋-。
良太が生まれ育ったこの土地では、10月恒例の学校行事「芋煮会」が行われていた。
同じ土地でできた里芋、ネギ、ニンジン。
町にいくつかしかない個人商店で買っただろうコンニャクに牛肉。
「味付けはこれしかあり得ない」と固く信じている、なじみの味付け醤油。
さほど変わらない材料で作ったはずなのに
「うちのが一番うまくできた」「あっちのグループのは出汁が効いてる」など不思議と味比べをして楽しめるものだった。
青空の下で食べる芋煮汁と持参のおにぎり。
シンプルながら子供も大人も大好きな組み合わせ。
大人になった良太が今思うのは
「あん時、先生たちって絶対 ”ビール飲みてー” って思ってたよな。」ってことだ。
44歳になった良太が、地元に帰るのは2年ぶりだった。
4年前に離婚した年に、お盆に合わせて親に報告をしがてら帰省した。
それから地元の人間にはみんな知れ渡っているだろうと思うとなんとなく恥ずかしくて「東京ではよくある話」なんて自分に言い聞かせるように兄ちゃんに話したことも強がりだとバレていると思うと、さらに足を遠ざけた。
「啓ちゃんのことで話があんだげど……」
兄である啓太の嫁、朋美からそんな電話がかかってきたのは2週間前。
電話でもいいが、兄の顔を見てあげてほしいと頼まれて「まさか癌にでもなった?」と言う良太に朋美がズッとひとつ鼻をすすったのが受話器越しでも伝わった。
啓太と朋美の間には子供がいない。
地元で就職した啓太と同じ会社に入社した朋美は、偶然にも良太の高校のクラスメイトだった。
啓太の結婚が決まり、家族で顔合わせをしたいと呼ばれた時、良太はまだ大学2年生。
後期が始まり、3年生になったとたんに就職活動を開始しないとまずいぞ、だから今のうちにしっかりと単位を落とさないようにするんだぞ、とOB訪問などで言われていたものの、浅く・広く・軽く付き合える大学やアルバイト仲間を見て、そんなに焦ったりはしていなかった。
「車いじりしたかったんだよ。早く免許も欲しっけし」と高卒で地元企業に就職し、真面目にそして楽しそうに働いている兄のことは尊敬していたし「お前は俺と違って頭もそこそこなんだから、どうせ東京さ出るなら大学さ行げよ」と親を説得してくれて背中を押してくれた。
3つ違いの兄啓太は、良太にとってはいつも大人のような存在だった。
だから啓太が結婚するということには何の違和感も感じなかった。
就職して6年も経つし、決して早いってわけでもない。
だけど相手が西島朋美だと知った時には、自分だったら21歳で結婚なんてできるか?とショックのようなものが頭に過ったものだ。
二人が何らかの理由で子供に恵まれないことは数年経ったころから薄々気づていた。
東京に住んでいる自分じゃそんな話は結構耳にするので「仲良いからそれでもいいんじゃないのかな……」くらいにしか思っていなかったが、田舎の人間は違った。
「朋美は高校の時に子供ば下したらしい」そんな噂話が聞こえてきたことがあった。クラスメイトの自分から言わせてもらえば、朋美は明朗活発で男女分け隔てなく友達がいた。自分もその中の一人で、女性として恋心すら持つことはなかったが「いい奴」であったことは間違いない。
女子バレー部の副部長を務めた朋美は、その名に恥じないよう部活に高校生活を捧げていたような生徒だった。放課後も土日も部活に明け暮れ、正直彼氏がいたこともなかったと思う。
付き合っている人がいれば男女関係なくオープンにしてしまうようなクラスの雰囲気だった。
だから地元の人たちがそんな話をしていることは根も葉もないものであると、啓太は分かっていたし、良太も朋美も聞き流しているようだった。
しかしこういうことは本人たちに直接言わないから質が悪い。
新幹線の終着駅に良太の地元はある。
改札を出ると、朋美がぴょんぴょんと軽く跳ねながら腕を伸ばして合図していた。
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