風の狭間にて
金魚屋萌萌(紫音 萌)
風の狭間にて
目が覚めた。私は疲れからか、眠ってしまっていたようだった。まああれほど激しくセックスしたのだから当然なのかもしれなかった。腕に抱きついて寝ていた彼女からそっと起こさないように手を抜いて、ベッドから抜け出した。キッチンまで行き、コップに水道水を汲み、渇いたのどを潤した。
そこで私は異変に気付いた。今、台風が日本上陸しており、私の住んでいる地域は暴風域に入っているはずだった。彼女が昨日から私のマンションに泊まっているのも一人で自分のアパートにいると怖いから、と言う理由だった。自分の所が暴風域に入ってからは私のマンションですら雨風が窓に叩きつけられ、ガタガタと揺れる程立ったのだから、築十年のアパートならより一層激しいことだろう。
彼女はこういう自然現象に弱く、暴風域に入った朝から私にずっと抱きついていた。私は自然現象に対して平気な部類だったので別段怖がることも無く、抱きつかれながら家事をこなし、それが終わった後は寝室で彼女の頭を撫でながらぼおっとしていた。大学が休講になっていたので何もする事が無く、おまけに気圧が不安定だからだろうか、体調が悪いわけでは無いのだが、頭がぼんやりとして行動意欲が全然沸いてこなかった。
しばらく頭を撫でていたら、彼女の方から、「セックスしたい」と言われた。おそらく恐怖を紛らわしたかったのだろう。私もそれくらいの意欲は沸いたので、なるべく彼女の恐怖心を薄めるためににゆっくりとセックスをした。ゆっくりし過ぎたせいなのだろうか、お互いに疲れすぎてしまい寝てしまった。
目が覚めてからは何の音もしてこなかった。時計を見てもまだ台風が通りすぎるには早すぎる。窓をそうっとあけて外を確かめる。やはり雨も風も全くなかった。
ああ、台風の目に入ったのか。と私は気付いた。
ふと、外にでてみようと思いついた。それは単純な好奇心からだった。寝室に戻り服を拾って身につける。Tシャツにチノパンの室内着ではあったが、すぐ戻ってくるし、人に会うわけでも無いから別に良いだろう。彼女は熟睡している様だった。起こすのも悪いし、それにすぐ帰ってくるつもりだったので声を掛けずに外にでることにした。靴を履こうとしたが、少し考えてサンダルを履く。ドアを静かに空け、廊下を通り、階段を下る。私の部屋は三階にあるのでエレベーターを使うより階段の方が早かった。廊下や階段は雨によって所々浅い水たまりができていた。サンダルとはいえできれば足は濡らしたくないので水たまりをよけて歩く。だが一階についたところでその小さな努力は無意味だと気付いた。玄関の入り口、自動ドアを抜けて一段降りた場所が大きな水たまりになっていて、またぐのはおろか、ジャンプしたところで到底避けられないのが見てわかった。仕方ないのでズボンを少しまくり、水しぶきをあげないようにゆっくりと足を水たまりに入れてあるく。水たまりを抜けて少し歩き、目的地である公園に到着した。
やはりというか当然というか、公園には誰も居なかった。その公園はまあまあ広く、ここから五分程度の所にある保育園の児童の散歩や、犬の散歩に使われていた。遊具は申し訳程度に二つのブランコと滑り台があり、ベンチは二つの入り口に一つずつあった。公園の中央まで行き、ゆっくりと周りを見回す。
時が止まっているようだった。風が自らの呼吸、鼓動すらも止めてしまい、物体、噂はおろか、時すらも運ぼうとするのを拒否しているようだった。その時、唐突に自分の周りが明るくなった。見上げると、曇り空の中にぽっかりと穴ができており、私の真上にその穴はあった。今が丁度台風の目のど真ん中なのだろう。
……キィ、キィ。金属音が擦れる様な、そんな音がした。遊具がある区画から聞こえた。私はそちらの方を振り向いた。ブランコの一つが動いていた。呼吸を止めている風のせいではない。動かしている存在がいた。ブランコに座って足を浮かせぶらぶらとさせている。
私はブランコの方に向かって歩いていった。私が公園を見回した時には誰も居なかったはずだった。その後に入って来たにしては早すぎる。私が見回してからブランコの音を聞くまで三十秒も無い。
近くにくるとそれは女の子のようだった。年齢にして十歳程度だろうか。無地の桜色のワンピースを着ていた。髪の毛は少し長く、肩の辺りまでかかっていた。そしてなぜかはだしだった。私に気づいていないのだろうか、斜め前を見つめてぼんやりとしていた。
ブランコの周りを囲む柵の所に来てやっと、女の子は私に気づいた。
「あれ。」とちょっと驚いた反応を示した。
「こんなところで何してるの?危ないよ。」
「ちょっと好奇心でね。家はすぐそこにあるから大丈夫。」と私はマンションの方を指さした。「むしろ君の方が危ないと思うのだけれど。」
「私は大丈夫。」と彼女は言い放った。そういわれるとなんだか大丈夫な気がしたのでそれ以上心配するのはやめておく。
「んー、まあまだ大丈夫かな。もうちょっと時間はあるね、うん。」と勝手に女の子は納得していた。
「ね、お姉ちゃんはなんて言う名前なの?あ、私はすずめっていうんだ。」
私は自分の名前を告げた。
「へえ。にっぽんの人ってそういう感じの名前なんだ。」とまた独り言の様に言う。
「ねえねえ。この乗り物ってどうやって動かすの?」と聞いてきた。
「足を上下に動かして……やってみせた方が早いか。」と私はすずめの横のブランコに座り、軽く漕いでみせる。
「えーと、こんな感じ?」とすずめは真似して足を上下させた。ちょっと上げ下げするタイミングがずれていたがそれでもブランコは前後に動き出した。
「そうそう。コツはつかんだみたいだね。もうちょっとやればうまく漕げるようになれるよ。」
それから少しの間私とすずめはブランコを漕いでいた。なかなかすずめは上達するのが早く、教え始めて五分後には立ち漕ぎをマスターしていた。
「これおもしろいね!」と楽しそうに彼女はブランコを漕いでいた。そんな風に喜ばれると教えた方も嬉しくなる。
「あ!」と言って彼女はブランコから飛び出した。
「え?」と私は呆気にとられてそれを見つめていた。
すずめはふわりと柵を越えて着地した。着地する音もしなかった。
「はち!おかえり!」といって奥にいる犬に抱きついた。
そのはちと呼ばれた犬は白い大型犬だった。確かゴールデンレトリバーと言う種類だったはずだ。犬種には詳しくなかったので確証は無かったが。
「はち、次はどこに行くの?……そっち?うん、わかった。」そう言ってすずめははちの背中に跨ろうとした。
「あ、ちょっとまって。」そういっていったん降りて私の方へ来た。
「お姉ちゃん、もうそろそろ危なくなるから家に帰った方が良いよ。ブランコ教えてくれてありがとね。」
ぺこり、とすずめはお辞儀をした。
「どういたしまして。」と私は返した。
気づいたら風が深呼吸をし始めていた。今は深く息を吸っている様だった。この後思い切り吐き出す積もりなのだろう。
すずめは隣に来たはちに跨って公園の出口に向かった
「ばいばい。」とすずめは途中で振り向いて手を振った。
「ばいばい。」と私も手を振り返した。
彼女を見送った後、私は少し思考を巡らせ、ある仮定に至った。
その仮定を確かめるためと、これからくる暴風と豪雨から避難するために私はマンションの方へ向かう。
ぎりぎりだった。家に入ってドアを閉めたとたん、雨が窓を殴りつけるように降り始めた。
居間に行き、テレビのリモコンの電源ボタンを押した。適当にチャンネルを回す。アニメを流している局以外は台風の特集か、中継をしていた。台風の特集をやっている局にチャンネルを合わせ、しばらく眺めていた。
すると彼女が寝室から半べそをかきながらでてきた。
「なんで何も言わずどっか行っちゃうの!」といいながら私に抱きついてきた。
「ごめんごめん。」と抱きしめて頭を撫でながら私はテレビを見続けていた。
その局はほかの地域の台風の被害を流していたが、やがて台風そのものの情報を流し始めた。私は途中まで聞いて自分の仮定が確信に変わった。
「まだ怖い?」と彼女に訪ねる。こくり、と彼女は頷いた。
「じゃ、もう一度しようか。」と私は言って彼女と一緒に寝室に向かった。
テレビはまだ情報を流し続けていた。
「台風十九号、ヴォンフォンはもうしばらく関東地方で猛威を振るうことになりそうです……」
風の狭間にて 金魚屋萌萌(紫音 萌) @tixyoroyamoe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます