第11話 土下座

 ソニアの領地へ行く約束をしたその日、俺たちは夜中まで飲み明かした。

 酔っている状態は魔法で治すことが出来るのだが、俺はあえてそれをしていなかった。

 だって、気分が良いからね。


「ふわあぁ……」


 宿屋で目を覚ました俺は、んーっと身体を伸ばした。


「いててっ……昨日は飲みすぎたな」


 頭痛がした。

 完全に二日酔いだった。


「【サミヘル】──っと」


 二日酔いは辛いだけなので、回復魔法【サミヘル】を唱えた。

【サミヘル】は状態異常を治す魔法だ。

 二日酔いも状態異常に含まれるため、治すことができる。

 なので【サミヘル】を覚えておくと、何の気兼ねなくお酒を飲めるのだ。


「……ん?」


 腹部あたりに何か乗っていることに気付いた。

 俺は頭を起こして、何が乗っているかを確認した。


「……うぅん」


 すると、そこにはソニアの可愛らしい寝顔が。




 ──いや、なんで!?




 俺は昨日の出来事を思い出してみようと頭をフル回転させる。

 ……確か飲み終わった後にみんな自分の泊まっている宿屋に戻る流れになっていたんだ。

 それで何故ソニアがここに……?


 ふぅ……、落ち着け。

 ゆっくりと思い出していこう。

 俺とソニアの泊まっている宿屋とは逆方向の宿屋に泊まっていたラウルと別れて……そうそう、俺はソニアを宿屋まで送っていたはずだ。


「あっ」


 ……完全に思い出した。

 ソニアは宿泊の予定を前もって入れていたのだが、今日でちょうど期限が切れてしまっていた。

 そして、その宿はもう既に満室とのことで俺の部屋で一晩過ごすことになったのだ。


「ふぅ~~~~~」


 俺は一安心して、深呼吸をした。


 ……ソニアめ、ドジすぎるぞ。


 しかしまぁよかった。

 どうやら一夜の過ちみたいなことにはなっていなかったようだからな。


「……ん、おはよう」


 ちょうどソニアが目を覚ました。

 ソニアが身体を起こすと、若干服が乱れていた。


「……ああ、おはよう」


 俺は動揺を隠しながら言った。


「昨日は激しかった」


「ぶふっーーーーー!」


「ジョーク」


「……心臓に悪いジョークはやめてくれ」


「分かった」


 ソニアにも話を聞いてみると、本当に何事もなく俺たちは寝ていたようだ。

 1つのベッドに2人が寝ているという状況はいかがなものだが、酔っているときの俺は特に気にすることは無かったようだ。

 本当に何事も無くてよかった。



 ***



 宿屋を出た俺達二人は、ラウルと合流するために冒険者ギルドへ向かった。

 ギルドの前にラウルが待ち構えていた。

 顔色が悪くて苦しそうだった。


「やぁ、ラウル。待っていてくれたのか?」


「お、おお……アルマか。へへ、まあな。ここで待っているのが一番分かりやすいと思ってさ……」


「……お前、二日酔いだな」


「まったくその通りだぜ。……しかし、お前ら二人は何とも無さそうだな。うらやましいぜ、ちくしょう」


 ラウルは今にも吐き出しそうなほど、苦しんでいる様子だった。

 本当に吐き出されても困るからなぁ。

 ラウルにも【サミヘル】を使ってあげよう。


「──あれ? なんか急に気持ち悪くなくなったぞ」


 一気に顔色が良くなったラウルは、不思議そうにしていた。


「へへ、こういうこともあるんだな」


「よかったな」


 まぁ俺が無詠唱で【サミヘル】を使ったおかげではあるのだが、わざわざ言うこともあるまい。


 隣にいるソニアからジーッ、とした視線を感じた。


「……どうした? 何か俺の顔についてる?」


「べつになにも」


「そ、そうか」


 ……もしかして、ソニアは俺が無詠唱で魔法を使ったことに気付いている?

 仮にもしそうだったとすれば、ソニアは中々の魔法の才能を持っているだろう。


「よし、それじゃ朝飯でも食おうぜー」


 元気になったラウルは食欲が湧いてきたようだった。


「そうだな、ソニアの領地に向かうのはそのあとでいいか?」


 コクリ、とソニアは頷いた。


「はははっ、元気になったら腹が減ってきたぞー」


 そう言って、ラウルは冒険者ギルドの扉を開いた。

 中に入ると、冒険者達は依頼を受けるための列ができていた。

 昨日よりも長い列だ。

 あいつら、悪夢を見てまだ懲りてないのか?


 ……全員を救うのは中々難しいってわけか。





 ギルドの食堂で適当に朝食を頼んだ。

 そして食事中、何やら受付のあたりが騒がしい。


「ん? 一体何があったんだ?」


 ラウルは、普段と違う冒険者ギルドの雰囲気にいち早く感じ取った。


「気になるな」


「行く?」


 ソニアは、フォークを器に置いてからそう言った。


「行ってみようぜ」


「おし、そうするか」


 俺たちは朝食を一旦中断して、席を立ちあがり、受付の方へ向かった。




「俺たちは皆さんに本当にひどいことをしてきました……!」


「冒険者料金として奪い取っていたお金はお返しします……!」


「「「皆さん……! 今まで大変申し訳ございませんでしたァー!!」」」




 受付の列に並ぶ冒険者達に向けて、昨日の3人が並んで土下座をしていた。

 列に並ぶ冒険者達は困惑している様子だった。



「「「ほんと、申し訳ございませんッ!!」」」



 だが、プライドの高い彼らが何度も床に頭を付けているところを見て、段々と表情が明るく変わっていった。



「やったあああぁ! 俺達、解放されるんだ!」


「これで無理して毎日依頼を受けなくて済むぞ!」


「よっしゃああああああ! 金も返ってくるゥ!!」



 冒険者達は一斉に喜びの声をあげていた。

 ギルド職員達もその光景に困惑と驚愕を隠しきれていなかった。



 その様子を少し遠くから見ていた俺達。


「……アルマ、お前どんな悪夢を見せたんだよ」


「さぁ? 内容は俺にも分からないよ。でも、もう悪さをしないようにとびきりのやつを見せたね」


「ハッハッハ、まさか俺だけじゃなくここの冒険者全員を救っちまうとはな。恐れいったぜ」


「まあな。それであいつらあんなこと言ってるけど、お金、返して貰わなくていいのか?」


「はは、いらねえよ。あいつらには金なんかよりも大事なもんを貰ったからな」


「……そうか。じゃあ、とっとと朝食を済ませてソニアの領地に向かうとするか」


「それが一番いい」


 俺に賛同するようにソニアはボソリ、と呟いた。


「「──ぷっ、あははっ!」」


 どこかシュールで俺とラウルは顔を見合わせて笑ってしまった。



「……私、ジョークを言った覚えはないのに」



 笑っている俺たちをソニアは不思議そうに見つめていたのだった。

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