女王と5℃の凶器
桜河浅葱
第1話
「ああ…やり直しか…」
目の前の紙をぐしゃぐしゃと丸める。どんよりとした空模様を横目に美術室で私は独り、目の前の白い紙と格闘していた。コンクールの日は刻一刻と迫っている。上手く出来たと思っていても顧問には首をかしげられる。描いては何か違うと言われの繰り返しで何が正解かわからなくなり、いつの間にか納得のいく作品が描けなくなっていた。
「間に合わないかもな…」
高2の私にとって引退前の最後のコンクールだから出展したい。でもこの納得いかない作品を出すのは6年間美術部員としてやってきたプライドが許さない。さあ、どうしたものか。手元にあった紅茶を一口飲んだ。苦い風味が口に広がる。そんなとき、不意にドアが開かれ、声が聞こえた。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいますか?」
「星川先輩?!」
「水島さん、こんにちは。卒業してから会ってないから、4ヶ月ぶりくらい?久しぶりだね。」
ひょこっと端正な顔立ちがドアから現れる。彼は星川先輩。美術部のOBである。部長を務めていた彼は、絵がとても上手く、様々なコンクールで受賞経験があり、かつ後輩思いという、全てを兼ね揃えたような人であった。彼に憧れている美術部員は数知れず。かくいう私もひそかに尊敬の念を抱いている。
「水島さん、今年がラストだねぇ」
「ええ、来年は受験ですからね」
「悔いのないように描きなよ」
「…はい」
「…?何かあったの?」
私が浮かない顔をしていたのを見たのだろうか。彼は尋ねてきた。
「はい、ちょっとスランプといいますか。上手く描けた!って思っても顧問には何か違うって言われて。描き直してまた言われて、気がついたら納得のいく作品が描けなくなって。ここ最近、そんなことを繰り返してるんです。」
「そっかぁ。じゃあとりあえず一旦、息抜きしない?ずっとこの部屋にいても息が詰まるし。」
「え?あ、はい。」
「よーし、じゃ、休憩!冷たい飲み物でも飲もう!」
私と先輩は階段を降りて一階の自販機に向かった。
「どれがいい?」
「いいんですか?」
「うん、気にしないで。」
「あ、ありがとうございます。紅茶お願いします。あ、無糖のやつで。」
「わかった。紅茶か、水島さんっぽいね。」
「そうですかね?」
「うん。上品な感じとか大人しそうな感じとか。」
彼は一度言葉を切ると私の眼を見て言った。
「あと、人を惹き付ける力があるところかな」
自販機から紅茶が出てくる。それを拾い上げて先輩は言った。
「歴史上では、紅茶に関する事件とか争いとかも起きたりしてるんだよ。多分近代史で習ったんじゃないかな。紅茶って人を狂わせる魅力があると思う。君の作品にも通ずるところがあると思うんだ。一度見たら脳裏に焼き付いて離れないインパクトの強さがある。そして人の心を掴んで離さない。」
一度言葉を切ると少し微笑んで言った。
「安心しな、君の思った通りに描いたら上手く行くから。」
「…はい。」
私は微笑み返した。
「もうそろそろ行かなきゃ。じゃ、頑張ってね。」
先輩は手を振って外へ通ずる扉を開けた。いつの間にか晴れていたのだろう、扉から光が射し込んだ。私は先輩からもらった紅茶を一口飲んだ。心なしか、ほんのり甘い気がしたのはきっと気のせいだろう。
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