一瞬

春嵐

1瞬目.

 一瞬。


 彼の姿が、見えた。


 そして。彼の隣にいる、女性の姿。


 すれちがっただけだから、詳しくは見えなかった。


 たぶん、大人の女性。


 それだけ。


 それだけなのに。


 ダメージが、大きすぎる。


 ずっと、一緒にいた。毎日一緒に登校して。毎日一緒に帰って。それだけしてても、結局、私は幼馴染み枠。


 恋愛漫画の、負けるほう。


「ああ」


 肚の底から声が出てきた。


「もうむり」


 久しぶりに、女子高生みたいな発言したかも。


「むりでしょ」


 相手たぶん女子大生よ。


 高校生が勝てる相手じゃないよ。


「おわった。ほんとうに、終わった」


「ひとりごとは自分の部屋で呟けって」


「我が妹、そう言うなって。たのむよお」


「小六の妹に恋愛相談する高校生がいてたまるか」


 妹。


 小六のくせに、すでに恋人というか、将来を約束した相手がいる。


 妹はしっかり者で、妹のこれと決めた相手もしっかり者。人生のロードマップが完成しており、家族への面通しも済ませてある。


「妹の彼氏さんはどうなの」


「まだ周囲に気取られるわけにはいかないので。通話とテキストだけのやりとりです」


「手を繋いだりはしないの?」


「ばかじゃないの?」


「ええ。ばかですとも。ばかだから好きなひとに、好きなひとに。あああ」


「小六はまだ身体ができあがってないので、身体的な接触は避けています」


「そうなんだ」


「さいきん開通したという連絡を受けました」


「なにが?」


「いえ。なんでもありません」


 生まれつき、ばかだった。勉強なんか、とてもじゃないができない。妹のほうが頭が良いんじゃないかというレベル。


 身体能力は高めに設定されていたらしく、そこそこ運動はできた。それでも、妹のほうがずっと運動もできる。


「いもうとよおおお」


「演歌か」


 ばかなので、妹にやきもち焼いたりとかはしない。妹はいつもかわいい。姉の私よりも優れている。すばらしい。


「部屋にかえるわ」


「おう。エアコンつけて寝るときは肚に何か掛けろよ」


「おす」


 自分の部屋には、エアコンがある。他にあるのは、両親の寝室とリビングだけ。妹の部屋にはない。

 リビングのエアコンを新調するときに、お鉢が回ってきた。


 妹が良い子なので妹の部屋に与えるべきだと両親に直訴したけど、妹が反発した。ちょっとびびるぐらいに反発して、どうしても姉の部屋にしろと言って聞かなかった。泣きべそをかきはじめたので両親も私も折れて、エアコンは私の部屋にある。あれは、妹が小四ぐらいのときか。


 部屋に戻り。


 エアコンをつける。


 妹に言われたとおり、おなかにタオルを敷いて、寝る。


 彼。


 だめだったか。


 彼の隣に。


 ずっと、いたかったな。


 でも、たしかに家が近いだけの、そういう、関係だからなあ。


 涙だけが、ぼろぼろと流れた。


 人を好きになる。


 そして、恋に破れる。


 つらいなあ。


 ひとりでいるときは、ひとりごとすら、出ないや。



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