第10話 番外編 冴子とみちる

ようやく残暑も立ち去り、涼しい秋風が吹く晩に、私は同僚の冴子さえこと久しぶりに食事をすることになった。


 冴子とは大学時代からの付き合いで、学校は違ったが同じカフェでバイトしていた縁で知り合った。


 年も同じ、血液型も同じ、誕生日は二日違い。


 性格は全く違ったけれど、何となく馬が合い、偶然にも同じ会社に就職して三年前に同じ部署の配属になった。


 冴子は現在、同じ広報部の後輩である奈津なつちゃんと交際している。そのせいで最近は二人きりで食事に行くことも減ってしまった。


 今日は奈津ちゃんが家族とご飯を食べに行く約束があったらしく、一人つまんなさそうな冴子を誘った。


 場所は個室のある鍋料理店なので、周りに気兼ねなく話ができる。


「奈津ちゃん、最近短めのスカート履かないね」


「そう?」


「『冴子さんが似合わないと思ってるみたいなので』って言ってたけど、あんた本当に過保護ね」


「何その気色悪い喋り方。奈津の真似のつもり?」


「冴子の大好きな奈津ちゃんの可愛い声真似を気色悪い扱いしないで」


たちばなが可愛こぶっても薄ら寒い」


「はいはい、ごめんね。目の前にいるのが奈津ちゃんじゃなくて」


 冴子の恋愛対象が男性だけではなく、女性もだと聞いたのは大学生の頃だった。


 当時の冴子は通う大学の二十歳年上の女性教授と付き合っていた。


 どうも冴子は好きになったら相手の性別などどうでもいいらしく、打ち明けられた時も当たり前のことのように語っていた。


 まず同性以前に何教授とできてるんだという話だが。


 その後も男だったり、女だったり、大学時代は短いスパンで交際していたけど、相手は全て年上だった。


「前から聞きたかったんだけど、冴子って年上好きだよね。何で奈津ちゃんと付き合おうと思ったの? 守備範囲広くなった?」


「告白されたから」


「それだけ?」


「そうだけど?」


 そう言えば冴子はいつも自分から相手にアプローチしていたが、告白された話は今まで聞いたことがない。


「よく性格が悪い冴子に告白したね、奈津ちゃん。ああ見えてけっこう積極的なんだ」


「うるさい。合わなかったら別れればよかったし」


「でも付き合ってみたら思いの外可愛くて可愛くて、惚れ込んだわけだ」


 冴子が飲んでいた烏龍茶でむせた。図星だったようだ。


「ちょっと短いスカートくらい履かせてあげなよ」


「⋯⋯⋯藤川ふじかわが奈津の足ばっか見るから」


「藤川くんが? まぁ奈津ちゃんのこと気にかけてるとは思うけど」


 奈津ちゃんが入社してきた時から、藤川くんは彼女にはやたら優しいところがあった。言われてみれば気がありそうではある。冴子からしたら邪魔な存在になっても仕方ない。


「彼は奈津ちゃんにアプローチまではしないんじゃない。そこまで積極的なタイプじゃないし」


「絶対って言い切れる?」


「されても奈津ちゃんは振り向かないんだから、放っておけば問題ないよ」


 以前、奈津ちゃんからは同性にしか興味がないと聞いたことがある。


「彼女が狙われてたらいい気はしないのは分かるけど。ところで服選んであげてるの?」


「奈津が最近、一緒に選んでほしいって言うから⋯」


「本当に仲がいいね。でも会社ではもう少し先輩後輩らしくしなよ。まさか会社でいちゃついたりしてないでしょうね?」


 ピタリと冴子の箸が止まる。


「ねぇ、してるの? 一緒に住んでるんだから家で仲良くしなさいよ。誰かに見られたらどうするの」


 いつも隙がないくせに、奈津ちゃんにはとことん弱いらしい。


 しばらく無言のまま二人で鍋をつついていたら、冴子のカバンから着信音が流れる。


「ごめん、奈津から」


「いいよ、出ても」


 私はおとなしくご飯でも食べていよう。


 冴子が電話に出る。


「もしもし。⋯⋯そう。気にしないで。せっかくの家族水入らずなんだから、ゆっくりしてきなよ。⋯⋯うん。あんまり遅くなるなら電話しなさい。車で迎えに行くから。私? 今橘とご飯食べてる。⋯⋯⋯うん。分かった。またね」


 話している間の冴子は私も知らない優しい顔と声音で、見ているこっちが恥ずかしくなった。


 こんな冴子初めて見た。惚れ込んでるのは伊達ではないらしい。


「甘ーい。甘いねぇ」


「何がよ」


「何で今日はお酒飲まないのかと思ったら、そういうこと。後で車で奈津ちゃん迎えに行けるようにするためか」


「飲酒運転なんてするわけないじゃない」


「そういうことじゃないんだけど、そういうことにしておいてあげる」


 初めて付き合っていると打ち明けられた時から想像もできないくらい、二人の仲は深まった。


『橘に話しておきたいことがあるんだけど』


『何、仕事のこと?』


藍田あいだと付き合ってる』


『えっ、藍田って奈津ちゃんのことだよね?』



『そう』


『ふーん。冴子も社内恋愛するんだ。年下なんて珍しい。まぁ、こっそり応援してあげるから頑張って』


 その時はそれ以上のことは聞かなかった。


 何となく、すぐ別れるんじゃないかと思っていたから。今まで冴子が交際してきた相手とはタイプが違うし、そこまで奈津ちゃんを好きだとも感じさせなかった。


 気づけば奈津ちゃんはいつの間にか呼び方が高野たかの先輩から冴子先輩になり、今では「冴子さん」と呼んでいる。冴子も下の名前で「奈津」と呼んでいた。


 そして今では社内で唯一、二人のことを知っている者として、奈津ちゃんから相談されることもある。


「あーあ、私も彼女作ろうかな」


「橘、女と付き合ったことないでしょ」


「ないけど、二人見てたら女と付き合うのもありかなって気がしてきちゃった」


 冴子は警戒心露わに私を睨んでいる。


「奈津ちゃんには手出さないから、そんなに警戒しないでよ。人の物に手出したりしません」


「当然じゃない」


 全く冴子は嫉妬深いし、過保護だし、独占欲強いしで奈津ちゃんも大変そうだ。


 でもまぁ、上手く行っているのだから幸せなのだろう。


 この先も二人を見守っていくなんて大それたことは考えていないけど、できれば二人にはずっと幸せなままでいてほしい。


 そんなことを考えながら私はビールをあおった。

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