翼をください

Lie街

翼をください

夜風を感じる。月はどの天体よりも強く輝いている。生ぬるい夏の夜は、ぬるま湯に使っているようだ。

覚悟を決める。フェンスを乗り越えて、靴を揃える。靴を持ち上げ遺書の上に乗っけると、胸から何かが込み上げて、すぅーと引いていった。波みたいに。屋上の端に立つ、首を曲げて下を覗くと、白いラインのひかれた校庭、ザワザワとざわめく木々が平坦で、2次元的で、絵に描いたようだった。

両手を広げて、息を吸い込み、目を瞑る。

「よし。」

体重を前かがみに移動させる。地面を踏む感覚が消えると、身体が少し軽くなった気がした。

スピードと風を感じる、それらと同じように記憶が脳内でめちゃくちゃにツギハギされる。もしかしたら、この走馬灯は今までの人生の分岐点だったのではないだろうか、ここで違う選択をしていたら…今更どうにもならない、少しずつ意識が抜けていく。


「…?」

はて、いつまでたっても地面に叩きつけられない。もしや、僕はもう死んだのだろうか。ここは、天国?

恐る恐る目を開けると、そこはさっきも見た校庭。しかし、さっきよりもずっと近い、手を伸ばせば砂を拾えそうだ。僕はどうしたのだろうか、わけも分からず動揺していると、背中にある翼に気づいた。影が揺れているのだ、翼の形に。

僕は着陸したあと、翼に触れた。ふわふわとしたそれは、鳥の羽そのものだった。

僕は飛べる気がした。それは、屋上から落ちるという意味ではなく、本当にあの雲を掴めるような気がした。いや、きっと今の僕には空も飛べるはずなのだ。

僕は校舎に背を向け、校門に向かって駆け出した。夜の闇を切り裂くように、さっきまでの自分を振り払うように。大きく翼を広げ、風を受けながら思いっきり羽ばたいた。地面を蹴るともうそこに踏みしめるものはない。身体が軽くなる気がした。

どんどん、街が小さくなっていく、空が近づいてくる。薄い雲をすり抜ける。お皿のような月が浮かんでいる。

僕は体を薄くして、飛び込むように地上へダイブした。速い、屋上から飛んだ時とは比べられないほどに。

地上スレスレで羽を広げ、飛行する。

僕をいじめるあいつの家が見える。カーテンが閉まっていて、僅かに漏れるあかりが、水面に映る月光にほんの少し似ていた。

飛び続ける。今の僕には翼がある、もうどこへだって行ける。学校?社会?いや、僕はそんなしがらみさえ通り越して、もっと遠くへ飛んでいける。

僕の好きなあの子の家が見える。微かなピアノの音が聞こえる。きっと、僕が死んでいたら、天国への階段を登っている時に、このピアノの音がしただろう、何となくそんな気がする。

あ、あれは。死んだそうすけの家だ。

どんよりとそこだけ闇につけたような空気がある。そうすけは良い奴だったな。気さくで、こんな僕にも声をかけてくれた。でも、左曲がりのトラックに巻き込まれた。巻き込み事故だったな。

もしも、俺が死んでたら、お前に会えてたかな?

このまま飛び続けよう。朝なんて来ない気がした。このままずっと、夜が続いて、草木や人は眠り続ける。

僕は何回もどこまでも飛んだ。誰も僕のことなど気にしてはいない。飛び続けた。遠くへここではないどこかへ、誰もいない空の彼方へ星々の傍らへ誰の目にも止まらない場所へ。

空が明るくなり始めた、太陽がのぼり始めたのだ。陽の光は凄まじい、翼があると言えど太刀打ちなど出来ない。私はその光に目をつかれ、ほとんど落ちるように地上に戻る。下に向かっているということ以外は今の僕に分かることなどない、陽の光が瞼の奥に焼き付いて目を閉じていても懐中電灯を向けられているように明るい。僕は目を塞ぎながら、いつまでも下へ向かっていた。


「は!」

汗をかいて目を覚ますと、そこはいつもの景色。散らかり足の踏み場もない部屋とその中に浮島のように佇んでいる勉強机とその隣にくしゃくしゃに丸めた遺書の下書きが突っ込まれひっくり返っているゴミ箱、全ては僕が嫌い続けた日常がそこにはあった。

「夢…?」

無意識に呟いたがすぐにそうではないことを悟った。僕の背中には本当に小さなものだが、羽がついていたのだ。

背中に手を伸ばしギリギリ触れるほどの位置に小さく2つ。僕はそれだけでなんだか勇気を貰えたような気がした。

僕は空も飛べるのだ、嫌なことからは飛んで逃げれるのだ。そして、この羽は逃げる僕のことを肯定してくれるように思えた。

僕は生きていこうと思う。また、辛く苦しい日々は続くかもしれないが、その時は僕はこの大空をどこまでも飛んで逃げてやるのだ。それでもダメだったら死ねばいい。そうだろう。

羽は小さく動いた気がした。

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翼をください Lie街 @keionrenmaro

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