『大魔王』誕生


「ふむ。だが、効果は得られたな。ステータス値が少し上がっている。まあ、一日だけならこんなもんじゃろう」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「喜ぶのはよいが、地殻の魔力増幅の速度が上がっている。ここならお前たちにも感知出来まいか」

「え?」


 師匠から笑顔が消える。

 魔力の増幅速度が上がっている?

 集中して、感知を試みるが……ダメだ、俺にはよく分からない。


「あの、魔法石は指定の場所にすべて置いてきました。それでもダメなのですか?」

多嵐デッド・タイフーンの発生は阻害出来る。じゃが魔力増加は止められんよ。またさらに加速した。嫌な予感がするのう……自然の力ではないような……」

「ふむ、我の城が増幅装置に使われているようだ」

「は!?」

「ダーダン、お前の仕業だな?」


 ステルスが見た先にいたダーダンは、また笑う。

 今度は些か邪悪味の強い顔だ。


「世界を、滅ぼすのが、我らの仕事……」


 そう言って、突然がくりと白目を剥いて意識を失った。

 師匠の剣がなければ、その場に倒れたのではないだろうか。

 半笑いのまま気絶しているのが気味悪いな。

 いや、それ以前に……。


「気絶したんですけど! 師匠なにかしたんですか!?」

「う、うー?」

「儂はなんにもしとらんのだけど」

「ステルス、あなたの部下、なんだかおかしくない?」

「……あ、ああ……」


 駆け寄ってきたセレーナが、気絶しているダーダンを見てだんだん表情を険しくしていく。

 心なしか、震えている……?


「セレーナ様、あの、私が倒すべき敵ってあの人ですか? 魔王、じゃないんですよね?」

「ふむふむ、使命感が強い勇者じゃな。悪くはないが、敵を積極的に探すのもどうかと思うぞい」

「え、あ……そ、それもそうですよね。すみませんっ。……けど、自分がここにきた意味とか、考えちゃって……」

「なるほど?」


 アイカ殿すごいな。

 あんな規格外の力を見せつけられたあとだというのに、師匠に物応じせず相談するとは。


「責任感、正義感もあるのか。まあ今のところ及第点」

「え?」

「心配せずとも勇者というのは戦うばかり、敵を倒すばかりが役目ではない。勇者というのは当たり前の事が当たり前に出来る者をいう。当たり前の事を当たり前にする、というのがどれだけ難しい事なのかを、よく理解して行動するのだ。これはな、出来る者が存外少ないんじゃよ」

「……当たり前の事を、当たり前にする事……」


 さすが師匠、いい事を言う。

 だが、現状はあまり微笑ましい状況ではない。

 地核の魔力とやらは未だ俺にも感知出来ないが、魔王の城から流れ込む異界の魔力はひしひしと感じる。

 これをまず、なんとかした方がいいだろう。

 魔王の城を使って神がどのように魔力増幅を行なっているのかは分からないが、それを魔王の城が二箇所に影響を及ぼしているのならとりあえずこの空間を閉じるべきだろうか?

 しかし、他の空間とは違い、この場所は一種の異世界との境になっている。

 俺の空間魔法で太刀打ち出来る気がしない。


「ライズ……」

「どうしたんだ、セレーナ」

「……私、思い出したの……」

「?」


 顔色の悪いセレーナが、どこかおぼつかない足取りで近づいてきた。

 具合が悪くなる気持ちは分かる。

 異界の魔力どこの世界の魔力がせめぎ合うようなこの場所は、我々にはどこか重々しくて息苦しい。

 けれどセレーナが言っているのはそういう事ではないようだ。

 腕を伸ばして彼女の細い体を支える。

 セレーナは、大人しく俺の胸の中に頭を預けてくれた。


「世界の中心にある毒素の塊……ゲームではダーダンが取り込まれる事で『大魔王』になるのよ」

「!」

「この、気持ちの悪い感じ……もしかして……もしかして!」


 ダーダンの方へ、目を向ける。

 師匠の剣に絡め取られ気絶しているダーダンの後ろには、床と、その少し上に魔王の城への入り口——扉が浮いていた。

 扉は少しだけ開いている。

 そこからチロチロ、黒い紐のようなものが靡いていた。

 あれは、なんだ?


「お、落ち着けセレーナ。師匠に相談を……」

「おや」


 その師匠が振り返って微笑む。

 あの笑顔はヤバい。

 セレーナもすぐに俺と同じように気がついた。

 その嫌な予感に改めて魔王の城の扉を振り向くと、その紐が増えて——突然ダーダンの体に巻きつく。


「師匠!? ダーダンが!」

「おやおや、この気配は……」


 師匠の剣が外れていく!?

 いや、器用にあの黒い紐が巻きついて、剣を取り外してダーダンの体を持ち上げたのだ。

 紐のようなそれらはどんどん数を増やして、床や天井、そして、空間そのものに食い込むように伸びていく。


「ステルス! あれはなんだ!?」

「知らん! だが……あれは……! 我と同じく異界のモノ……! そうか、そういう事か……!」

「すてるす!」

「ならん、タニア! そこを動くな! いや、皆動くな! あれは近くにいるものを自動的に取り込もうとする、寄生幻虫きせいげんちゅう!」

「寄生幻虫……!?」


 虫!? あれは虫なのか!?

 ステルスの言葉に、体が自然に動きを止める。

 セレーナを抱き締めたまま様子を見ると、紐はゆっくり魔王の城の中へダーダンを取り込む事に注力し始めた。

 これは、まさか……セレーナがゲームのストーリーで出るというラスボス——『大魔王』とやらの、誕生の瞬間?

 まさか……!?


「し、師匠……寄生幻虫とは、なんなのですか……!?」

「寄生幻虫は我ら幻獣と同じく、それの虫バージョンだよ。幻虫とはいえ寄生幻虫は下位の、自我を持たない本能だけの生き物だ。食う寝る生きるしか頭にない。そして寄生幻虫はいわゆる“害虫”でな。その名の通り寄生して宿主をおかしくしてしまう。特に厄介なのはその寄生先があまりにも幅広く、寄生されても自我を得なければ寄生されている事に気がつかない場合が多いところじゃな。我らのような王獣種でも、あれに寄生されたら気づかんだろう」

「っ……」


 そんな危険なものが、なぜここに……!


「……しかし、この世界の創世神は。自我を持たぬ寄生幻虫がおのれを侵蝕して、おかしくなる事を危惧して我や勇者を呼び寄せていたのか。多嵐デッド・タイフーンが起こる前兆のような魔力の増幅は、奴の仕業!」

「ど、どういう事ですか、魔王さん!」

「勇者よ、お前は先ほど我以外の『真の敵』について王獣種に聞いていたな? アレがそうだ! お前をこの世界に呼び出した神は、アレを倒して欲しかったのだ! 我はそのために……異世界から呼び出された勇者を鍛えるための、試練だったというわけか!」


 勇者殿の真の敵。

 魔王は勇者殿を成長させるための試練。

 ステルスでさえ、神の真意に気づかなかったのか?

 神は、では……ずっと人知れず苦しんでいた?

 多嵐デッド・タイフーンは神が俺たちに送った、助けを求める声そのものだったというのか……!?


「だが困ったな、知性の高い生き物を取り込んでしまったぞい」

「知性の高い生き物を取り込むと、どうなるんですか?」

「知恵をつける。自我を持つ。そして今回寄生された宿主はこの世界の『神』。……これは由々しき事態じゃな」


 全然「由々しき事態」みたいな顔してないけれど、そこは師匠なので言葉だけは信用しよう。

 師匠が言うほどの「由々しき事態」。


「なにが起こるんですか!?」

「分からん。分からんからこそ気味が悪いし、事前の対策がなにも出来ん。溜め込んだ地殻の魔力に、神力を交えて使われたら、この惑星そのものがバラバラに崩壊する事も出来てしまうしなぁ」

「っな——!?」

「そ、それって世界が崩壊してしまうって事じゃないですかぁ!?」

「そうだよ」


 そうだよ、ってさらっと!

 さらっと!?

 師匠、そんな他人事みたいに!


「ふざけるな! 世界を滅ぼすのは魔王の特権だぞ! 我を差し置いて世界を滅ぼすなど許さん! 虫けらの分際で!」


 ステルスはステルスで、なんというか、あとでセレーナに殴ってもらわねば。

 ……あとで、があればいいがな。

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