決闘【後編】



「はははは! 今日がお前の『剣聖』最後の日だぜ!」

「……」


 おめでたいな、と思いながらも剣を抜く。

 司会が場を盛り上げ、最高潮なったところでヨルドが仕掛けてきた。

 思っていた以上に遅い。

 推定レベル50前後、といったところだろう。

 ふむ、普通ならば高い。

 右に避け、もう少し観察を続けよう。

 最後に戦ったのが約三年前。

 あの頃に比べ、格段に速さも剣技のキレも良くなっている。

 ただ、動きは単調なままだな。


「くそ! 逃げてばかりなら負けを認めろ!」

「いや、見ていただけだ。もういい」

「!?」


 俺のステータスは今、セレーナに封印され、半分になっている。

 元のレベルは158。

 だとしても、推定レベル50のヨルドでは、半分程度——約レベル70時代の俺にも敵わない。

 技を使うまでもなく、後ろに瞬歩で回り込み、首に剣先を押し当てる。

 ヨルドほどのレベルの者ならば、その時点で我が身に起きた事を理解出来たはず。


「っ……認め、ねぇ!」

「っ!」


 だが、俺が殺さないと分かっていたからなのかヨルドは振り返って剣を振りかぶってきた。

 背後に二、三歩跳ぶ。

 それをひとっ飛びで追ってくるヨルド。

 振りかぶっていた剣を振り下ろし俺が避けた方向へ、空中で軌道を変えてくる。

 このくらいは想定内。


「くそっ! くそぅ! 避けるなぁ!」


 などと無茶苦茶を言いながら剣を振り回す。

 仮にも『剣聖』の称号を賭けての戦いとは思えない。

 観客もさぞや興醒めだろうと思ったが、周りの歓声はさらに盛り上がっているように思う。

 というより、審判はなにをしているのだろう?

 俺は一度ヨルドの背後を取ったのだが……。

 気絶させなければ一本と扱われないのだろうか?

 それならば仕方ない……。


「俺が! この世界の『剣聖』だ! そう決まっているんだ!」

「お前がそう思うのなら、それでいいと思う。だがあまり時間をかけるつもりはない。やらなければならない事がある、俺には。だから——」


 誰も文句を言えないほど、一目で分かる勝敗を。


「火山岩突!!」


 一度距離を取り、床に剣先を擦ってからヨルドへ向かって突きで突進。

 魔力を伴ってそれは高熱の炎を放ち、地面を盛り上げながらマグマと化して剣に纏う。

 殺さないように、もちろん手加減はした。

 ヨルドを通り過ぎ、俺が剣に纏わせていたどろどろとしたマグマが瞬く間に固まって、ヨルドの動きを止める。

 急速に冷えたから火傷も負ってはいないだろう。


「ぐあああああぁぁ!」

「…………」


 雄叫びをあげながら、その溶岩石を外そうとするが無駄だ。

 本来の溶岩石は脆いが強度は増してあるし、なにより量が人の体でどうこう出来る量ではない。

 ヨルドの体を、五メートル近い黒い岩山が覆う。

 さて、これでも俺を勝者として扱わないのか、と審判を見ると半笑い。

 なるほど、さてはヨルドが金を握らせていたのは審判だな?

 まさか自分がここまで圧倒的に負けると思っていなかった。

 だから自分に有利な判決をくださせて、勝利すればいいと。

 甘い……甘すぎる……。


「……ん……」


 自力解除出来ないかとこっそり試行錯誤していたセレーナのステータス半減の封印も、今ちょうど解けたな。

 これで万全に戦えるが……まあ、もう勝負はついたし。


「まだ、だあああああっ!」

「!」


 審判が半笑いになりながら後ろに下がる。

 轟音と共にヨルドが岩の中から飛び出してきた。

 間違いなく魔法剣を使ったな。

 だが、これは……使った本人にもダメージが……。


「俺は! 『剣聖』だ! 俺がぁぁっ!!」

「…………」


 なんという『剣聖』への妄執。

 そんなに必要ならくれてやりたい気もするが、世界を救うために俺にもこの称号がまだ必要なのだ。

 仕方ない。


「気絶させねば勝敗がつかないようだな」

「うおおおおお!」


 ヨルドも大技の態勢に入る。

 ならば、その魔力を利用させてもらおう。

 あまり時間をかけるとセレーナに会う時間が減る。


「死ね! 大切断!」


 本気で殺しにきたな。

 決闘とはいえ、いいのかこれ。


「……秘技、技喰い」


 そのまま返そうかと思っていたが、危なすぎるのでこちらの技に変更した。

 吹っ飛んでくる断絶の剣圧を魔力で複数に分散。

 方向を変えて、ヨルドの周辺に分散した技の威力を跳ね返す。

 若干、「あ、これ床大丈夫だろうか?」と思ったりもしたが「まあ、コロシアムは魔力強化とかされてて、頑丈だろうし平気だよな?」と安易に考えたのがまずかった。

 俺の安易な予想は誤算だったらしく、床が吹っ飛んだ。

 割と、俺の想像を軽やかに超える勢いと量が。

 あ、これはちょっとやばい。

 ごめん。

 でもまさか俺もこんなに脆いと思わなかったんだ。


「ぎゃーーーーーーー!」


 という審判まで壊れた床に押し潰されそうになったので、とりあえず助けて、と。


「うおおおおおおお!」


 ヨルドなら一人でなんとかするんじゃないかなー、と思ったら案の定、迫り来る床の残骸を高速で切っていく。

 さすが神に予言された『剣聖』だが、こちらとしてはさっさと眠って欲しい。

 審判を客席に放り投げ、浮遊魔法で宙に浮かびながらヨルドへもう一撃入れる事にした。


「落葉斬!」


『落葉斬』。

 師匠に手解きを受けながら、俺が編み出した火と風の魔法を加えた魔法剣技。

 一振りで魔力を捏ね合わせ、火炎を落ち葉に見立ててゆっくり、大量に降らせる。

 見た目は小さな落ち葉だが、火炎の斬撃が降り注いでいると思えば威力は言わずもがな。


「ぐっ、ああああああぁ!?」


 もう一振りすれば落葉は火炎斬となり襲いかかる。

 不規則さと、百近い落ち葉サイズの火炎の斬撃。

 捌き切れる者は稀だろう。

 少なくとも、セレーナ並みの拳圧で吹き飛ばすなり、師匠のようにこちらの魔力も操作して相殺する力がなければ不可能。


「……!!」


 火炎の落ち葉が消えたあと、その場に倒れ込むヨルド。

 あちこち火傷で薄汚れ、意識もない。

 剣を鞘に収めて、観客席を見上げた。

 頰を引き攣らせながら、審判は震えた声で俺の名と勝利を宣言する。

 ああ……歓声がコロシアムを揺らすので、無事だったところまで崩れていく。


「…………」


 しまったなぁ、床大破させてしまって……。

 それに私的な決闘だから期待していた 八大型主町エークルーズの長たちは、来ていない?

 まあ、名が売れた事をよしとするか。

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