翼竜の巣【前編】


「料理を学びに行こう」

「突然どうしたの?」

「我が子の事を考えたら、俺も料理を作れた方がいいかと思って……」

「ライズ、料理は出来るじゃない」

「切って焼くくらいしか出来ないぞ。セレーナもあまり得意じゃないって言ってたじゃないか。なら、俺が毎食作れるくらい上手くなるべきじゃないか?」

「そ、そうね……師匠にも『聖女の称号があるのに、なんで毒付与スキル持ってるんだ』ってドン引きされたものね……いや、本当になんで『毒付与』スキルがあるのか、私にも分からないんだけど……」


 そうなんだよな、なぜかセレーナは生まれつき『毒付与』のスキルを持っている。

 セレーナに前世の記憶があるのが関係しているのかもしれないが……。


「だが、そんなセレーナの料理に鍛えられたおかげで俺の毒耐性は999まで上がったんだ。『ポーション効果半減』の効果まで取得してしまったのは予想外だったが……」

「本当よね……私もあなたもちょっとやそっとの毒では死ななくなっちゃったものね……。……どういう事なのかしら……この『毒付与』スキル……」


 毒が効かなさすぎて、薬も効きづらくなった。

 だがまあ、些細な問題だ。

 セレーナの料理が食べられれば、俺はそれでいい。

 ……まあ、不慣れな頃は十回くらい死にかけたが……今となってはいい思い出だ。


「でもさすがに乳幼児にセレーナの離乳食は致死量ではないかな、と思う」

「……そ、そもそも気が早いわよ、ライズ……私たち、一応まだ婚約者というだけで……け、結婚までは……」

「え、しないのか? 結婚」

「す、するけどぅ……やっぱり気が早いわよ……子どもの話だなんて」

「そんな事はない。結婚したら子どもを作るのは当然じゃないか。少なくとも俺はセレーナとの子どもを望んでいる!」

「ラ、ライズ……」


 もちろん、今の二人の時間もとても楽しい。

 だが、家族が増えたらもっと楽しいと思う。

 親にも孫の顔を早く見せたい。

 ……そんなわけで……。


「どうせ魔法石を置かなければならないんだ、行こう! 食の都『レティシアのフォブル』へ!」

「! そうね!」


 しかしずっと瞬歩で進むのも疲れるな……適当に魔物をテイムするか……。

 乗り心地のいい魔物といえば……翼竜だろうか?

 この近くに翼竜の巣があった気がするから、とりあえずそこに寄って翼竜をテイムしてくるとしよう。

 それにしても、行くのが楽しみだな……『レティシアのフォブル』。

 正式な町の名前は『フォブル』。

 町を治める者の名をレティシア……女性だ。

 彼女は自由冒険者協会を立ち上げ、そのトップに君臨している冒険者の頂点でもある。


「あ」

「? どうかしたの、ライズ」

「……そういえば勇者パーティーを抜けてしまったから……『タージェ』の騎士団に連絡を入れておかなければ。騎士団に戻ってこいと言われるかもしれないから、退団届けも書いておこう」

「え! 騎士団辞めるつもり!? あんなに頑張って入ったのに!?」

「セレーナとの旅を邪魔されるのは嫌だ。それに、騎士以外にも仕事はある。冒険者資格は持っているし、セレーナと結婚したあとにまた衛兵からやり直すのも吝かではない。あまり忙しくなりすぎても、一緒にいられる時間が減るし」

「ライズ……」


 そんなわけで、『騎士団辞めます。探さないでください』という手紙を書いて『フォブル』の運び屋に頼む事にした。

 しばらくはセレーナと冒険者を再開して、各地を旅しながら魔法石を置き、旅行を楽しむ……うん、これだ!


『誠心誠意、仕えさせて頂きます』

「よろしく」


というわけで翼竜の巣に立ち寄り、一番大きくて乗り心地の安定していそうな翼竜をテイムした。

師匠に「テイマー職のスキルは覚えておくと乗り物に困らぬぞ」と教わっていたが、まさにまさに。

やはり師匠は偉大だな。

俺とセレーナの子どもにも、修行をつけてもらいたいものだ。

はは、またセレーナに「気が早いわよ」と怒られてしまうかな?


「あれ?」

「どうした? セレーナ」

「あそこにいるの……まさか……人間の子ども?」

「!?」


セレーナが指さした方には、翼竜の巣。

その巣の中に、ボサボサの髪の人間の子どもが隠れている。


『ああ、それは何年か前に人間の男女が捨てていったんです。人間を意味する言葉……ヒュームと名づけて我々で育てておりました』

「なに……!?」

「人間が……捨てていったというの!!」

『ハイ。我々、割と雑食なんですけど人間は骨が多いし食べられる肉の部分は少ないしであんまり好きじゃないんです。しかも赤子とか、一飲みじゃないですか。マジいらねーってみんなえんがちょーってして、仕方なく姉貴が息子と一緒に育て始めたんすけど〜、あんまり弱い生き物だからすっかり過保護になっちゃって……』


こいつなんかどんどん馴れ馴れしくなってないか?

いや、こいつの話し方はどうでもいい。

問題は話の内容だ。

では、ここの翼竜たちはあの子を育ててくれていたのか?

群れぐるみで?

な、なんという事だ。


「セレーナ」

「ええ」


セレーナが空間倉庫からポーションを取り出す。

手分けして気絶させた翼竜たちを回復させた。

テイムが目的で、手加減して戦っていて良かったなぁ!


「ごめんなさい、あなたの家族を傷つけて……すぐ治すわね」

「…………」


巣を覆うように倒れていた翼竜にポーションをかけると、翼竜の怪我は瞬く間に治癒する。

そうして目覚めた翼竜に、その子は抱きついた。

だが一度敵対してしまった俺とセレーナに対する眼差しは、それはもうきついモノになっている。

参ったなぁ。


「もしかして、人の言葉が分からないのかしら?」

「! ……そうか、その可能性はあるな。えーと……『レトム』、通訳は出来るか?」

『! はい、お任せください』


がうがう、と俺がテイムした翼竜『レトム』が子どもに話しかける。

薄汚れ、髪も伸び放題。

服も着ていない……。

これは、なんというか……まずは洗うべきか……ん?


「セレーナ、あの子もしかして女の子か?」

「え? …………。……そうね、ついてない」


ついてない。


「…………こ、これを……」

「ありがとう、ライズ……あとは任せて」

「俺は野宿の準備をしておく」


今夜はここに泊まる。

なぜなら……セレーナがあの子を整えるのに間違いなく半日はかかる気がするからだ。

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