『アクリファリア=シエルド』



 この世界——『アクリファリア=シエルド』……。

 魔物が闊歩し、八大主町エークルーズが結界の中で人々の安全を守っている。

 そんなこの世界に魔王が現れたのは十年前。

 鳥獣魔王ステルスは、鳥の魔物の頂点。

 その影響か、この世界にいた魔物さえ鳥獣系魔物に変えられ、俺たちは鶏肉以外の肉を食えなくなった。

 おかけで生態系が崩れ、別な意味でも人類が危機に陥った時、幼馴染のセレーナが突然「前世の記憶を取り戻した」と言い出す。

 それによるとこの世界はセレーナの前世の世界で『乙女ゲーム』という、女性が男にチヤホヤされて幸せに浸るものの世界で、俺は『攻略対象』というものらしい。

 ゲームの主人公は八年後……俺とセレーナが十八の頃に召喚される女勇者。

 女勇者は自身も前線で戦いながら、仲間となる十人の『いけめん』にチヤホヤ愛されながら魔王を倒す……らしい。

 セレーナ曰く——。


『この『アクリファリア=シエルド』が他の乙女ゲーと違うところはね! RPGゲームみたいに本当にフィールドを移動してストーリーやサブクエストをこなしながらバトルも行うところなのよ。しかも味方は旅の途中でスカウトして増やせるの! ストーリー上で必ず仲間になるのは、ライズを含めて四人! 剣聖ヨルド、弓士サカズキ、聖騎士ロニ、そして魔法騎士ライズ!』


 それはもう、いろいろな事をセレーナは知っていた。

 だが特に……その乙女ゲーム『アクリファリア=エシルド』の話には多弁になる。

 その乙女ゲームは仲間をサブクエストやサブストーリーというやつで、どんどん増やせるそうだ。

 ただし、男だけ。

 そうやって男の仲間を増やし、ちやほや褒められ、いい気持ちになりながら魔王を倒すと、魔王まで仲間になるらしい。

 その魔王を仲間にしたあとはなにをするのかと聞けば、魔王を操っていた巨悪の根源……大魔王を倒さねばならない……らしい……。

 まあ、とにかくその乙女ゲームにセレーナは『転生してしまった』と語る。

 にわかには信じがたい話だが、セレーナの『前世の知識』で、俺の母の病は治った。

 “インフルエンザ”というその病は、セレーナの前世では不治の病ではなく完治する病なんだというから驚きだ。

 ともかくそうして母を救ってくれたセレーナは、俺にとって最初から『聖女』だった。


 その後、十歳の時に受ける『神託』によりセレーナの未来は『聖女』と判明する。

 俺は——セレーナの言っていた通り『魔法騎士』。

 俺たちが十歳の頃にはすでに魔王がこの世界に現れていたため、俺はセレーナの『前世』の話をすっかり信じるようになっていた。

 そしてその話を鵜呑みにした時……俺はセレーナではなく、これから召喚される『女勇者』を好きになる……と。


 いやいや、いやいや。

 そんな事ありえないだろう。


 セレーナは幼馴染であると同時に俺の母の恩人だ。

 俺自身、優しく柔軟な考え方をするセレーナを好ましく思っていた。

 せまい地域だから、将来の伴侶としてセレーナを意識するのも当然。

 親同士も、俺とセレーナが結婚する未来を疑いもしない。

 だから十五の夏にセレーナに告白して、彼女と婚約した。

 十五で 八大主町エークルーズの一つ、『ルクシエスのタージェ』で騎士団に入団。

 年に一度 八大主町エークルーズの全町が参加する武闘大会で優勝し、俺は『剣聖』の称号を得た。

 本来ならヨルド、という男が得るはずの称号なのだが……。


「えっと、『賢者の森』はあっちね!」

「こっちだよ」

「あ、あれぇ?」


 地図を逆さまにして、自信満々に指差すセレーナの首根っこを掴み方向を正す。

 俺たちがこれから行くのは『賢者の森』。

 その森には、俺とセレーナの命の恩人がいる。

 セレーナ曰く、その森は古龍が住んでおり、召喚されし勇者はなにかのイベントだかストーリーだかで、その古龍を訪れる……らしい。

 しかし俺とセレーナはその森で八つの時に迷子になり、古龍とその友人である幻獣に救われた。

 以来、俺とセレーナはその幻獣の方に武術や勉学の指南を受け、セレーナはすっかり物理攻撃力特化の脳筋聖女に。

 俺は魔法騎士は魔法騎士なのだが、『剣聖』の称号を得るまでに育ててもらった。


「師匠に会うのも久しぶりだね。魔王元気にしてるかな」

「まあ、一緒にいるのが師匠だし……元気……? なんじゃないかな?」


 多分。

 そんな話をしながら適当に遭遇した魔物を狩り、てくてくと『迷宮魔法』の施された森を進む。

 見えてきた中心部の結界を潜り抜ければ、一軒の大木に建てられた家が見える。

 ふう、それにしても……大陸中心の泉議会室ドル・アトルから三日もかかってしまったな……まだまだ未熟だ……鍛え直してもらった方がいいだろうか?

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