幼馴染の婚約者聖女が勇者パーティー追放されたから、俺も一緒に離脱する事にした。

古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中

離脱


「きゃあ!」

「セレーナ! ……なにをするんだ! ユイ殿! ……っ」


 幼馴染のセレーナを突き飛ばした、黒髪の少女ユイ……彼女の表情を見上げると、それはもう冷たいものだった。

 こちらの背筋が凍りつくかのような、そんな表情と……殺意。


「聖女なんていうから、どんなすごいもんなのかと思ったらヒールしか使えないんじゃない」

「そ、それはユイ殿がセレーナをパーティーに組み込まないからレベルが上がらなくて……」

「だってもう、パーティー人数最大まで入ってるんだもん」

「……っ!」


 ふん、と顔を背けるユイ殿は、本名をアマデラユイというらしい。

 彼女はこの世界を救う勇者として、聖剣を媒介にしてこの世界に召喚された者。

 周りには俺を含めて、彼女がパーティーメンバーとして選んだ三人の男が顔を見合わせて困り果てていた。

 弓士サカズキ、聖騎士ロニ、盗賊ジャディ。

 そして俺と彼女ユイ殿を含めて、五人がパーティーの最大人数。

 本来盗賊ジャディは、 八大型主町エークルーズが定めた勇者ユイ殿のパーティーにはいなかった。

 だが、旅に出る前に牢屋に寄りたいと言い出し、そこからジャディを引き摺り出してきたのだ。

「どうせいつか仲間になるなら早い方がいい」と、訳の分からない事を言いながら——。

 そして聖女の神託を受けていたセレーナは……俺の婚約者をいつも邪険に扱う。

 出会った時からだ。

 一体なんの恨みがあってこんな仕打ちを続けるのだろう。

 まったくもって理解出来ない。


「ユイ殿、セレーナをパーティーに入れましょう。彼女は神に『聖女』の称号を与えられた唯一無二の存在です。今はヒールしか使えずとも、レベルを上げればすぐに他の回復補助魔法を覚えてくれるようになりますよ」

「俺もそう思いますよ。回復役は絶対に必要です」

「剣聖騎士様の回復魔法じゃア、心許ねぇからなァ」

「えー……みんながそう言うなら仕方ないなぁー。……ライズがキスしてくれたらいいよ」

「は?」

「っ……」


 笑顔を向けるユイ殿に、セレーナが怯えた。

 セレーナのこの表情と、今の発言で俺は確信する。

 彼女とはまだ十日程度のつき合いだが、俺とセレーナは生まれた頃から……それこそもう十八年来のつき合いなのだ。

 そんなセレーナのこの表情……この人、ユイ殿はセレーナを俺たちの知らぬところで虐めている!

 なんという事。

 なんという人。

 これが勇者として選ばれた者だというのか。

 師匠の言う通り……勇者の資質は誰でも持っている。

 この世界に現れる勇者が、高い資質を持っていなければそれは凡人と変わらない——!


「…………。……いえ、俺とセレーナは今この時を持ってパーティーを抜けさせて頂きます」

「!? なんですって!?」

「行こう、セレーナ」

「ライズ……!? でも!?」

「君の表情を見て、分かったよ。……ユイ殿、ご武運をお祈り申し上げる」

「っ! ラ、ライズ! 待ってよ! なんで!? なんで急に……力を貸してくれるって言ったじゃない! そんな女と別れて、私と……!」

「セレーナを蔑ろにする人を、俺は信用出来ません。それに、俺はセレーナと婚約している! それなのにそんな事を言うなんて……そんな人に背中は預けられない!」

「ライズ……」

「ライズ! な、なんで! だってこのゲームは——」


 セレーナを抱き起こして、ユイ殿へ頭を下げると背を向けた。

 魔王討伐という崇高な目的の旅路だが、信頼出来ない相手と共に戦う事は到底俺には無理だ。

 それに俺が抜けた分、回復役をスカウト出来るだろう。


「…………ライズ、どうしてこんな……貴方まで……」

「仕方ないだろう。それに、やっぱり彼女は“違う”んじゃないか?」

「……そ、それは……」


 言い淀むセレーナ。

 やはりそうなのか……。


「なんにしても、俺は君の事を信じる。本当にユイ殿が違っていたとしても、聖剣がいつか必ず正しい勇者を選び出すだろう」

「う、うん……そう、そうだよね……。『アクリファリア=シエルド』は、滅びないわよね……」

「ああ」


 笑顔で断言する。

 そうすれば、セレーナはにこりと微笑んで安堵してくれた。

 ああ、滅びる事はないさ。

 この世界——『アクリファリア=シエルド』は。


「たとえ本当にこの世界がセレーナが前世で遊んだという……乙女ゲーム、とやらの世界だとて、俺が君を守るから」

「……ライズ……」

「さて、これからどうしよう? 結婚前の独身最後の旅行にしようか」

「や……ヤダー、もうライズったらぁー!」


 ドゴォ……!


 土煙が立つ。

 俺の顔面が、地面に埋もれる。

 マジ、息が出来ん。ので、勢いよく土に埋れた顔を両手で大地を押し、引っこ抜く。


「ご、ごめんライズ! 大丈夫?」

「ああ、大丈夫だぞ。それよりようやく素に戻った感じだな」

「……えへへ」


 えへへ、ではない。

 この…………物理攻撃力極振り聖女め……!


「でも旅行は賛成! 魔王軍は二年前に粗方片づけてあるし、ユイさんが本当の勇者なのかは、ゲーム中盤のイベントで覚醒の石を手に入れれば分かる事だし、師匠のところに報告しに行かない?」

「ああ、それはいい考えだな! じゃあまずは『賢者の森』に行こう!」

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