青空とありんこ
空が近い。雲にも手が届きそうなほどだ。
排ガスと喧騒に溢れるこんなところでも、少し階段を登れば、やわらかな風がさやさやと吹いている。
足元へ視線を落とせば、遥か下ではアリんこみたいにせわしなく人が行き交って、行くあてがあるのか道の向こうへ消えてゆく。あんなにきゅうくつに生きていて、本当に生きている実感なんかあるのだろうか。
わたしには、ない。なかった。
空はいい。鳥は優雅に舞い、雲は緩やかに流れ、抜ける青さはどこまでも淀みなく続いている。
わたしもあそこへ、行けるだろうか。ほんの少しの後悔を引き換えに、タールのように重く纏わり付いた何もかもを振り捨てて、この身も軽く、飛び上がることができるだろうか。
怖くないと言えば、嘘になる。踏み出した先に待っているのは安息などではないのだと、頭のどこかが訴えている。泣いちゃうだろうな、痛いだろうな、そんな想像ができないほど妄執しているわけでもない。
でも、行きたい。あそこへ行きたい。躊躇いを飛び越えて光の中へ身を踊らせたい。
眩しいまでの太陽が行く先を照らしているのに、ふと後ろを振り返れば夕闇ばかりが広がって、不気味に手招きしているように見えるから。ここはわたしのいていい場所ではないと、空気が嗤い囁くから。
うん、行こう。誰の手も届かぬところへ飛んでいこう。行く手を阻む鉄柵も、わたしの自由を妨げられはしない。
ここはあれかな、靴を脱いでいくべきなのかな。添えるべき手紙はないけれど、何が理由かも知らないあの習慣に則るのもいいかもしれない。一緒に靴下も脱いでしまえば、ひんやりとしたコンクリートの感触が気持ちよかった。
縁に腰掛けて足を揺らす。足湯みたいに、ちょっとだけ青空の自由へ浸る。思わず頬が緩んじゃうくらい気持ちがいい。
ポケットで、ケータイが鳴った。
「もしもし〜?」
『アンタ今どこにいんの!?』
友人の焦る声。
素敵なところ、って答えたら、何バカなこと言ってんのちゃんと答えなさいハッ倒すわよと怒鳴られた。
ちょっと煩い。でもずびずびの涙声はかわいいと思う。我ながらいい友人を持ったものだ。
「ハルっちはそのままのいい子でいてね」
ほろりとこぼれる親心で言ってみた。アリんこに囲まれても、同じになったり食べられたりしないでね。わたしはアリんこ嫌いだから御免被るけれど。
まだワンワン吠えているハルっちにはスイッチ一つで黙っていただいて、ケータイをぽいっと投げ捨てた。んー、あら残念。アリんこには当たりませんでした。まぁ、小さいものだからね、当てるのは難しいよ、うん。
ほんじゃ、お次が本番。
あんまり大きいつもりはないけれど、ケータイより小さいなんて言うのは無理があるから、多分、当てられるんじゃないかな。
ではでは。ぽーいっとな。
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